66話 塔のダンジョンⅢ

 先を歩く年若い黒髪の青年ジンは、遭遇する魔物を次々に倒しドンドン進んでゆく。時には剣を、時には魔法を繰り出し、一人にも関わらずまるでパーティーの如き戦力だ。


 持ち物も殆どなく、防具も装備していない。両腰に下げた二本の珍しい武器と、襟の高い少し長めの外套を羽織ったまま、息一つ乱すことなく私達を次の帰還魔法陣まで導いてくれている。


 タイチとミリィはジンの後ろを一定の距離を保ちながらついて行く。


「ねぇタイチ。こんな人いるんだね」

「ああ。俺も単独ソロでここまでの人は知らない」


 そうしてしばらく歩くと、三本の分かれ道に遭遇する。するとジンは迷うことなく中央の道を選んだ。ダンジョンの構造は帰還魔法陣周辺を除き、時と共に変化する。以前に同じ階層まで来ていたとしても、分かれ道では躊躇ためらうのが普通だ。


「ジン君。参考までに教えて欲しんだけど、なんで真ん中の道を選んだの?」


「迷う意味が無いからです」


「え?」


「…え?」


「ご、ごめんちょっと意味が…」


「ああ、言葉足らずでしたか。えーっと、どの道を選ぼうが行き着く先は帰還魔法陣で、距離が長いか短いかだけの差です。魔物の位置しかわからない探知魔法サーチでは、道が真っ直ぐでない限り、その長短は測りかねます。なので何も分からない以上、曲がるという動作を省いた結果が直進というだけの事ですよ」


「な、なるほど…」


 要するに迷うのも道を曲がるのも無駄、と言いたいのだろう。


「…ぷっ! あっはっはっは! 変なひと~!」

「お、おいミリィ! 失礼だぞ!」


「大丈夫ですよ。仲間にもよく言われます」


 仲間がいたのか。その仲間もジン君の様に強いのだろうか。もしそうならAランク…いやSランクパーティーと言われても、疑いようがない。


 そんなやり取りもつかの間、奥の方から大きな足音が聞こえてくる。


 ドン…ドン…ドシン、ドシン!


「この足音はゴレムス!?」


「こんな深い所に出るのですね」


「えっ?」


 ゴレムスはC級指定の魔物の中でもかなり厄介な部類に入る。頑強な身体は武器を弾き、巨大な拳は地面をもえぐる。拳の一撃を食らえば、強化した身体でも致命傷となりうるのだ。ゴレムスを相手にする時は、遠距離から魔法を当て、身体を脆くしてから打撃系の攻撃で砕いてゆく、というのがセオリーである。


 タイチが警告を発する間もなく、ジンは地面に手を突き相手を待っているのだろうか、ジッと曲がり角を見ている。


『ズモォォォォォ!』

「――地の隆起グランドジャット!」


『モ゛ァァァァァ!』

「――流気旋風バーストストリーム!!」


 セオリーも何もあったもんじゃない。会敵するや否や、突如現れた二枚の土壁に挟み込まれたゴレムス。身動きが取れなくなったゴレムスは、ジンの固有技スキルらしき斬撃で袈裟懸け三つに分かれ、早々に跡形も無く消え去った。


 まさに瞬殺。唖然とする私達などどこ吹く風と言った様子で、ゴレムスの魔力核を拾い、声をかけてくる。


「帰還魔法陣ありましたよ」


「あ、ああ。ここまでありがとう。助かったよ。しかし君の戦いぶりには驚かされてばかりだ」


「そうですか? ずっとこんな感じなので…まぁお二人共ご無事で何よりでした」


 にっこり笑うジンにつられ、私達も一緒に笑ってしまう。


「ありがとうジン君。その様子じゃまだ進むんだよね? 宿はどこ取ってるの? お礼したいから教えてよ」


「お礼なんて結構ですよ。大したことはしていません」


「そうはいかない。命を助けてもらったし、色々勉強させてもらった。何かさせて欲しい」


「そうですか…では宿にいるメンバーに、戻るのは遅くなると伝えて頂けますか? ミリィさんの言う通り、もう少し進みますので」


「引き受けた」

「お安い御用よ!」


 そう言って、ジンは宿の名前とリーダーの名前を教えてくれた。


 私達は再度感謝を告げて帰還魔法陣で地上に戻ると、その足で教えられた宿へ直行する。冷たい空気がダンジョンから生きて出られたことを実感させてくれる。


「不思議な青年だったな」

「また会えるかなぁ…」



◇ ◇ ◇ ◇



 八つ目の帰還魔法陣で俺は食事をする事にした。収納魔法スクエアガーデンからパンとスープを取り出すし、スープを火にかけて温める。


「はぁ…美味い…」


 帰還魔法陣の周辺に魔物は現れない。そしてなぜか入ってこない。俺は魔法陣自体が継続的に原素を消費していて、魔物を生み出す濃度までには至らない空間である事、加えて魔法陣自体に何か魔物を寄せ付けない効果があると勝手に思っているが、真偽は定かではない。


 とにかく、帰還魔法陣周辺はダンジョン唯一のセーフティスポットである。ここまで来ると、他の冒険者の姿は見当たらない。外はもう日が落ちているだろう。


 一時間ほど休憩と瞑想をし、九つ目の帰還魔法陣に向けて進んだ。


 ◇


 キンキンキンッ! ガキン!


『オ゛オ゛オ゛ォォォォ……』


「ふぅ」


 進むにつれ、魔物もかなり手応えのあるものになって来ている。今倒したリビングメイルはこれまで戦った事のあるアンデッドで最も厄介だった。死霊戦士とはよく言ったもので、戦い方が完全に人間のそれだった。


「魔法師系の魔物とセットだったら面倒だぞ……いや、出てくると思っておかなければ」


 低層や中層と違い、量より質と言ったところか、魔物の量は減ってきているがやはり段違いに強い。


 その後もトロールやジャイアントビーといったC級の魔物、そして案の定、リビングメイルとその同格の魔法師系の魔物であるブラックマジシャンのB級コンビに遭遇するも何とか引け、九つ目の魔法陣に到達する。


 到達した瞬間、奥から異質な気配を感じる。


「この気配…もしや…」


 気配の先へ進む。ここまで魔物には遭遇していない。という事は、それを集約した魔物がいるかもしれないという事だ。


 遠視魔法ディヴィジョンにはとっくにかかっている、感じたことの無い魔力の形。


 躊躇いなく歩みを進め、広場に入るとその魔物はこちらに気付き振り返る。


 目の前には巨大な顔が空中に浮かび、不気味な目と口を大きく開いてこちらを凝視していた。髪は無数の蛇で出来ており、これまでの魔物で最も不気味な容姿をしていた。



『ホアァァァァァ!』



 ビリビリビリ! と耳をつんざく悲鳴のような声を上げ、それが開戦の狼煙となる。


「やっと会えたな。ゴルゴノプス! 糧となってもらうぞ!」


 ―――獅子の心ライオンハート


 二本の舶刀を抜くと同時に大地魔法を掛ける。


 ふっと息を吐き、ゴルゴノプスに剣を向けた。


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