67話 対 ゴルゴノプス
頭の無数の蛇が襲い掛かってくる。蛇の身体の長さは自由自在のようで、余りもの数にこっちは
だめだ。躱した所で数が多すぎて、本体に切り込む隙が無い。戦闘開始から本体は全くその場を動いていないし、俺と頭の蛇だけが縦横無尽にこの広場を舞っており、完全に踊らされている。
『アーッヒャッヒャッヒャッ!』
ゴルゴノプスの笑い声が広場に響き、その顔は不気味にニヤけている。
「おぞましい奴め!」
回避と受け流しに専念するために逆手に持っていた舶刀二本を順手に持ち替え、蛇を斬り、活路を見出す作戦に切り替える。
シュパパパパンッ!
襲い来る蛇の頭を素早く四匹斬るが即座に再生されてしまう。このまま蛇を斬り続けて相手の魔力が尽きるのが先か、俺の体力が尽きるのが先かの賭けに出るか?
いや、やれる事はまだある。
「―――
本体は即座にその場を動いて風刃を躱した。反応速度は速く、やはり見えない刃も魔力反応で見破られるようだ。地魔法で壁を作った所であのスピードでは躱されるし、浮いている相手にあまり効果は見込めないだろう。
その間も蛇の猛攻は続き、斬れる範囲で頭を切り落としていくがやはり再生スピードは変わらず早い。
こうなれば、蛇の動きを強引にでも止めるしかない。
「来い!」
俺は舶刀を腰に収めて全身強化を全開にする。それを見たゴルゴノプスは不気味な叫び声と共に、すべての蛇を一直線に俺に向けた。
『ホアァァァァァ!』
ドドドドドドドドドド!
「ぐあっ!」
体中に蛇が噛みつき激痛が走る。キィンという音と共に
無数の蛇の頭に埋もれて動かなくなった
『アーッヒャッヒャッ…ヒャ!?』
「うおぉぁぁ!」
『ギョ、ギョエェェェェェ!』
蛇の牙を強引に引き抜きまとめて両わきに抱え、全力で本体ごと振り回して遠心力全開で地面に叩きつけた。
バガン!
痛む身体を無理やり動かして瓦礫に埋まる本体に瞬時に駆け寄り、埋まった顔面を目掛けて
「隙ありだ!―――
ズババン!
『ギィェェェェェェ!』
「くそっ! 浅いか!?」
紙一重で両断を回避したゴルゴノプスは、頭の四分の一と半数の蛇を失いながらも、俺との距離を取り空中で
即座に頭と蛇を再生させるが、こちらを見たまま襲ってこない。警戒しているのだろうか。蛇は空中でうじゃうじゃと
魔物に怒りや警戒心があったとは驚きである。ゴルゴノプスは特にそれが分かりやすく、何といっても表情豊かな顔がある。圧倒している時は笑い、今はこのように怒りと警戒の狭間のような表情。ある程度の強さを備えた魔物は、魔獣に近い知能を持つのかもしれない。
「はぁはぁ…だがその表情は弱点だぞ! ――
俺はもう一度大地魔法を掛け蛇の毒に備える。直後に地魔法で土壁を作り、階段状に足場を作って空中へ駆け上がった。
空中で警戒していたゴルゴノプスは突如接近してきた俺に驚くが、放った斬撃を持ち前の反応速度で躱し、距離を取る。
再度蛇を操り攻撃を仕掛けてくるが、また掴まれるのを警戒しているのか、ごく一部の蛇しか襲ってこない。
他愛もない攻撃だとそれを軽くいなしていると、本体が口を大きく開け、まるで大砲で狙いを定めているかのようにこちらに向けられている。
まさか…陣魔法を放とうとしている!?
「そんなものが使えるのか!」
『アアアアアアアア!』
ビュゴォォォ!
途轍もない冷気の波動が押し寄せる。その効果範囲は広く躱し切れるものではなかった。
「ぐはっ!」
たったの一撃で
危なかった。対毒で使用していた
蛇の攻撃を減らしていたのは、蛇の巻き添えを減らす為と、俺に本体との距離を取らせるための牽制だったのだ。空間の大きさを把握し、発射される口からの距離を測った上で、俺の逃げ道が無くなるように飽和攻撃を行ったのだ。
これまでの魔物とは一線を画す強さと狡猾さに、敵ながら舌を巻くしかない。魔物の分際で考えていやがる……
『アーッヒャッヒャッヒャッ!』
相手が凍傷を負っていない事には気が付いていないのか、衝撃波のダメージを受け、壁に打ち付けられて身動きが取れない俺を見て大笑いしているゴルゴノプス。
笑ってないで今止めを刺せばお前の勝ちなんだがなぁ…
体が動かぬなら頭を働かせるしかない。必死に勝機を見出そうとする最中、そこである事に気が付く。
こいつ、陣魔法を使って強烈な氷魔法を放つという事は、魔力の集積中と魔法発動中はその場を動くことができないのではないか?
そして氷魔法を使うという事は、対極にある属性には弱いかもしれない。
試してみるか…どの道、いつまでも死んだフリをして居られまい。
俺はもぞもぞと身体を動かし、壁にもたれる体勢を維持しながら大声で挑発した。
「おい! まだ死んでおらんぞ、もう一発放って来い!」
『アーッヒャッヒャッ…アアアアアッ!』
不気味な笑い顔から一変、怒りの顔に変わったゴルゴノプスは再度大きな口を開け、魔法陣が浮かび上がる。止めの一撃を放つべく魔力を集積し始めた。
これぞ正念場だ。
両手を前にかざし、ありったけの魔力を火属性に変換した。
今なら避けられまい!
「――
『アアアアアアアア!』
辺り一面を氷漬けにする程の冷気と、一閃に収束された炎の柱が衝突する。
ドゴォォォォォ!
「燃え尽きろぉ!」
吹雪の如き氷の波動を突き破り、ゴルゴノプスを炎閃が包みこむ。
『ヒィヤァァァァァ! ァォォォォォ………』
断末魔と共に真っ黒に焼け焦げたゴルゴノプス。
浮力を失って地面に落ちると、ぐしゃっ、という音と共にバラバラに砕け散り、灰となって消えていった。そこに残ったのは、深紅に光る
竜の一撃はこんなもんじゃないぞ…
立ち上がり、脚を引きずりながら魔力核を拾いあげる。
なけなしの魔力で
程なく魔法陣に辿り着き、
戦闘終了時から眠くて仕方がない。体力も回復させておきたいし、とりあえず今日はここで休息をとって明日地上へ戻ろう……
◇ ◇ ◇ ◇
ガタガタガタガタガタ
レオ達四人は今、宿の食堂に居る。
四人が座るテーブル席は先程からレオの貧乏揺すりの音が響くが、他の三人も珍しく注意しない。
カンッ! とコップの水を飲み干し、テーブルに叩きつけたのはミコト。
「遅いっ!」
………。
レオは引き続き腕を組んだまま脚を揺らし、ケンも同様に腕を組み天井を見上げている。オルガナは落ち着かない様子でソワソワしていた。
「こんな事なら…いや、ついて行っていた所で足手まといか…」
「だな…」
「わたし様子見て来るよ!」
―――行ってどうなる
と、他の三人の言葉が見事に合わさり、オルガナはシュンと肩を落とし、立ち上がりかけた腰を再び椅子に沈めた。
暗く近寄りがたい雰囲気を隠そうとするどころか周囲にまき散らしているレオ達は、宿の食堂の雰囲気を完全に悪くしている。
そんな彼らに不意に話しかける冒険者二人組が現れた事は、主人にとって店の救世主に見えたかもしれない。
「あの…もしかしてレオさんのパーティーかな?」
突然声を掛けてきた男女二人組に、レオ達は振り向きその姿を見るや否や一斉に立ち上がった。その二人はどう見ても戦闘を終えたばかりの身なりで、装備は損傷し、体中のあちこちに怪我を負っていた。
レオ達の血の気が引いていく。
この状況は、命からがら仲間の死を知らせに来たようにも見えてしまうからだ。くらりと頭を抱えてよろめいたミコトは、ケンに支えられる始末である。
「俺がレオです! お二人はもしかしてダンジョン帰りですか!?」
「ジン君の事ですよね!?」
名乗るや否やたたみかける様に身を乗り出すレオとオルガナに、話しかけた男は彼らに思わぬ勘違いをさせてしまっている事に気が付く。
「お、落ち着いて下さい! ジン君は無事です!」
その言葉を聞いて四人は力なく椅子に落ちる。まずは落ち着こうと何度目かの水を勢いよく飲み、心配を払拭させようとした。
話しかけた二人も席に着き、それぞれ自己紹介を済ませて本題へ入る。
「驚かせてすまなかったね。こちらの配慮が足りなかった」
「ごめんなさい皆さん。私達はジン君に命を助けて貰って、その見返りとして皆さんに伝言を頼まれたんです」
「そうです。伝言は『まだまだ余裕があるから先へ進む。戻るのは遅くなる』との事です」
―――はぁ~っ…
魂ごと出ていきそうな深い溜息が食堂内にこだまする。
伝言しておくというジンの気配りが、一瞬とは言え、逆に仲間を絶望に陥らせた事は当の本人はつゆ知らず。そもそも怪我人に伝言を頼むのは非常識だと、皆ジンの愚痴を言い合った。
タイチとミリィは助けられた経緯を事細かく話しつつ、六人で色々と情報交換を行った。
◇
「タイチさん、ミリィさん。怪我をしてらっしゃるのに色々話して頂いてすみませんでした。伝言助かりました」
「いやいや、これぐらいの怪我なんて事無いよ。早々に君達に会えてホッとしたよ」
「そうそう! 怪我治すよりこっちが優先でしょ! また縁があったらその時はよろしくね! ジン君にも帰ったらありがとうって言っておいてね!」
「はい、必ず伝えます。ありがとうございました!」
レオ達はタイチとミリィを見送り、もう一度テーブルに着き食事を取る事にした。心配で食事も喉を通らないと注文もせずに水だけで席を占領していたが、二人からの伝言でようやく落ち着いたからだ。
「八個目の魔法陣であの二人が出て来たって事は、もう九個目とか行ってるのかねぇ…」
「ジンの獲物ってゴルゴノプスだっけか? 入口見張ってる騎士団員さんがA級の魔物っつってたな」
「そいつ二年くらい討伐報告無いんだって。A級指定の魔物に
「ミコトちゃんそれは可哀そうだよぉ…でも、今日はもう帰ってこないかもねぇ。あの人ダンジョンで寝てそうだもん」
ありうる……
心配、安心、呆れ。
ジンと旅をする者は、もれなく溜息が付きまとう。
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