31話 アジェンテ

「その様子だとギルドにはまだ行って無いんだな?」


「ええ、街に着いてからすぐにこちらへ伺いましたので。何か問題でもあるのでしょうか?」


「いや、問題という事のほどでもない。…近年世界各地で魔物が増えている事は知っているか?」


 ボルツさんが不穏な事を口にする。


「いいえ、初めて伺いました。村付近ではそのように感じませんでしたが…それにここまでの道中、こちらから探さぬ限り、魔物や魔獣にはほとんど出くわしませんでした」


 実際そうだった。食料確保のために森に入って獣や魔獣を狩ったりはしたが、街道にそいつらが出てくることは一度も無かったのだ。


 ボルツさんは『それはそうだ』と続け、


「スルトは特別だ。そもそも魔素が薄いからな。それに、ここまでの街道もマイルズ騎士団の警戒範囲だし、スルトは陛下の直轄領だからな。マイルズ騎士団とアルバニア騎士団が目を光らせている以上、これほどの安全な街道は帝国内でも随一と言える」


「なるほど。そういう事でしたか」


 完全に納得。


「それで魔物が増えている件だが…」


「それは私から話しましょう」


 ボルツさんが言いかけた所で、エドワードさんが代わりに説明に入る。


「ジン君、ここ数年、世界各地で魔物が増えているとの報告があるんだ。帝都周辺、つまりマイルズも含まれる訳だが、この周辺は他の地に比べればまだマシで、帝都西部と北西部は特に魔物が増えているね。極北西の古都ディオス周辺は特に大変らしい。また山脈を挟んで西に接する同盟国のピレウス王国や、ミトレス連邦国も魔物被害が増えているとの事なんだ」


 引き続き話を聞いたが、結局未だに魔物が増えている原因は分からないとの事だ。魔物が増える最大の原因は魔素が濃くなっているからなのだが、なぜ魔素が濃くなっているのかが分からないから、結局はふりだしに戻る。


「そうでしたか…それで、冒険者がらみで当てはめると…冒険者がその地方に多く流れている、という推論でよろしいでしょうか?」


「その通りだ。冒険者は魔物を狩るのが主な仕事だからね。それで冒険者になって一山当ててやろうという人が増えているんだよ」


「…つまり、私が言うのははばかられますが、ならず者も一緒くたに冒険者を名乗り、冒険者の質が下がっている可能性がありますね。お金の為なら好き勝手に振る舞う輩が出てきてもおかしくありません」


「話が早くて助かるよ。私達騎士団は街の治安と領内の治安維持、それに敵国と戦になった場合に、先陣を切って戦うための組織です。だからこそよくわかる。街の治安がここ数年悪くなっていてね。冒険者は犯罪を犯すとギルドでの厳しい処分があるけれど、なまじ実力があるので証拠も残らないし、捕らえるのも困難なんだ」


「なるほど。ギルドはそれを分かりつつも、証拠が無いのでどうしようも出来ない、という事ですか」


「そう。なのでジン君。君にはアジェンテになってもらいたい」


 聞きなれない単語だ。


「アジェンテ?」


「アジェンテは、冒険者でありながら各国各都市に在する騎士団員と同様の権限を有する、秘匿権限を持つ冒険者の総称だよ。具体的に言うと、犯罪者を取り締まったり、指名手配を指示したりすることができる。もちろんその場で処断する事も可能だ」


 強大な権限では無いか…


「アジェンテになった者の直接的なメリットは主に2つ。各国各都市に在する騎士団への犯罪者や情勢の開示要求、冒険者ランクを上げるためのポイント加算だね。その他にも様々な優遇措置が適用される。もちろん実績次第という面もあるけれど、アジェンテはその土地に入国次第、冒険者ギルド、騎士団上層部やその地の領主に情報が共有されるから、どこへ行っても丁重に扱われる」


「そのような権限を、十五の私に与えてしまっても良いものなのでしょうか」


 素直な疑問を、エドワードさんは即座に肯定した。


「構わない。アジェンテに年齢や冒険者ランクは関係ないよ。なるべき者がなるものなんだ。因みにアジェンテの指名権は、冒険者ギルドのマスターと騎士団長にしか与えられていない権限なんだ。領主にさえ与えられていない。世情に疎い領主は山ほどいるからね。それに自身に有利な人選をするかもしれない領主を排除するための規則でもある」


 エドワードさんは一呼吸置き、改めて俺に問うた。


「どうだい?」



 そして、俺の答えは――――



「私は世界を見て回りたい。行く先で何を成したいと思うのか、何を成せるのかが知りたい。アジェンテは、より世界を知る事が出来るようになる気がします。ぜひ、やらせて下さい」


「そうかありがとう! 君なら引き受けてくれると思っていました! すぐにこの街のギルドマスターへ紹介状を書くから、少し待っててくれ!」


 街に着いて早々とんでもない事になったが、引き受けた以上期待には応えねばならない。

 そう思い、肩に力が入っているのを見透かされたのか、ボルツさんがポンと、俺の肩に手を置いた。


「ジン。力を抜け。確かに冒険者登録もしてない、ましてや十五歳の少年がアジェンテになる例は過去にない。しかし、そんな事を気にする必要は無いぞ。別にノルマがある訳じゃないし、はっきり言って普通の冒険者と変わらない。ただ、上の人間と馴染みになる機会が増えるってだけだ。これからも、お前のやりたい様にやればいいさ」


「ボルツさん…ありがとうございます。あ、でもこの事は制度的に家族にも言えませんよね?」


「んー? 別にいいんじゃないか? ロンとジェシカなら問題ないだろ。『俺の息子はアジェンテだー』なんつって、言いふらす事もしないだろ。コーデリアにはその内知られることになるが。あいつは一応領主夫人だからな」


「一応って…叱られますよ? でも、そうですか! さっそく手紙の内容が出来てしまいました! でも…少しはお役に立ててから報告することにします!」


「ふっ、好きにすればいい」

(こういうところはまだ子供っぽさが残っててまだ安心するな。)


 少しボルツさんとの会話を楽しんでいると、エドワードさんがギルドマスターへの紹介状と、お茶持って部屋に戻り、要件は済んだと言って、色々話を聞かせてくれた。


 十五年前に神獣がスルトへ飛来したとき、自分は一番隊長としてマイルズの治安維持に回っていたこと。その後、ボルツさんの後任として団長に就任し、コーデリアさんが入れ替わりで一番隊長になったはいいものの、その時の全団員にどちらが団長か分からないとはやされたこと。敵国の侵入で戦争になり、コーデリアさんが軍神のような働きを見せたなど、俺の知らない事を沢山話してくれた。


 そして、話の最後に、冒険者登録をする際の登録者説明会の話になる。


「そういえばエドワード。登録者説明会って毎日やってるのか?」


「あっ! そういえばそんな制度ありましたね…ギルド職員の手が足りないらしく、去年から週一回に減らしているらしいです。調べさせましょう」


 その冒険者登録説明会なるものの日程を調べてもらったところ、昨日終わったばかりで、次の開催は来週になるとの事だった。


「という事は、来週まで冒険者登録は出来ないという事ですか」


「こればっかりは仕方ないな。別に急ぐ旅でもないんだろ?」


「ええ、まぁそうですが。急に肩の力が抜けたと言いますか。街でもゆっくり散策して時間を―――」


 最後まで言いかけて、ボルツさんに肩を掴まれる。


「付き合え」


「はい?」


「いいよな、エドワード」


「もちろんです。団の刺激にもなります。宿舎を用意させましょう」


「えっ、えっ?」


 勝手に決まってしまった騎士団体験入団。困惑する俺をよそにボルツさんとエドワードさんは楽しそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る