32話 マイルズ騎士団体験入団

 勝手に決められてしまった騎士団への体験入団。


 最初は困惑したが、食事も用意してもらえるらしいし、寝床の確保、それに鍛錬までつけてもらえるのだ。よくよく考えたら有り難い。その日はとりあえず旅塵を落として食事して休めとボルツさんに言われたので、訓練は明日からになる。


 俺はそのまま騎士団宿舎の風呂に案内された。


「うわぁー!」


 既に入っていた団員たちが驚く。


 なんだこれは風呂か? 風呂なのか?


 真っ白な石で囲われた、屋内にある広々とした風呂に驚いて声を上げてしまった。前世では湯気で身体をこするのが普通だった。スルト村の家々に風呂はあったが、大きな桶に湯を張って一人で入るものだった。


 家の風呂は母上だけのもの、という刷り込みが出来上がっていた。俺か父上が入ってしまっては、一発で湯と桶が汚れて使い物にならなくなってしまう。ならばと先に母上に入ってもらい、後から入るという選択肢もあるのだが、それはそれで湯を沸かし直すのが面倒と来た。なので、基本的に川まで行って水浴びで済ませていたのだ。


「す、すみません。これは…入っていいのですか?」


 俺の第一声に皆が笑う。


「はっはっは! いいんだよ、どーんと入っちまいな。風呂は初めてか?」


「ここまで広くて綺麗なのは初めてです」


「そうかそうか。宿舎に居るのは全員が貴族子弟だからな。宿舎は豪勢に作られてるんだよ。お前さんはボルツ教官に勝った男だ。貴族だろうが平民だろうが関係ねぇ。ここでは強いやつが上なんだぜ」


「あはは…恐縮です。ありがとうございます」


 恐る恐る湯船に浸かる。その瞬間、旅の疲れが一気に抜けていく感覚になり、大きなため息が無意識に出てしまう。


「気に入ったか?」


「はいぃぃ…とても気持ちいいです…」


 最高だ。信じられない。こんなものがこの世に存在するとは…


 前世で言う湯治場と言う所にも行った事が無かった。もう少し年を取れば、その記憶も蘇るのだろうか。


「それはそうとお前さん、綺麗な顔してるくせにすげぇ身体してんな。それになんだよその左腕の痕」


 この方は人の身体をジロジロと見て男色か? と思ったがここは素直に答える。


「幼い頃から父上やボルツさん、それにコーデリアさんに剣術のご指導を頂いておりましたので。この痕は父上に腕を切り落とされた時の物です」


 何気なく答えたこの言葉に周囲はざわつき始めた。


 驚かせてしまったか?


「ああ。もう治ってますし、全く運動能力に問題は無いのでお気になさらないで下さい」


「いや違う、そこじゃないぞ少年。教官は知ってるからいいとして、さんって。まさか…元一番隊のレイムヘイト隊長の事か? それに父に腕切り落とされるって、どーゆーこった?」


 目を丸くしながら団員が聞いてきて、周囲はその内容を聞き逃すまいと聞き耳を立てている。


「そうです! やはり皆さんコーデリアさんをご存じなんですね。私のお義母上ははうえとも言える方なのです。腕は、正確には父と決闘をしたときに骨まで斬られてしまい、その後に私が引きちぎってしまったらしいです。よく覚えてないんですが」


 ――――は?


 一同唖然。


「怖い怖い怖い! お前の半生地獄じゃねーか! 引きちぎるって意味がわからん!」


「?」


「『?』じゃねーよ! あのレイムヘイト隊長にしごかれて育った上に、父と決闘? それ完全に殺し合ってるよな!? 引きちぎってどうした? まさか自分の腕を掴んで武器にしたとか言わないだろうな!」


 混乱極まる団員さん達に、コーデリアさんの名誉を守る為と、父との決闘は村を出るための条件で、勝つ為に自分でそうしたんだろうという経緯を必死に説明した。


 ちぎった腕で殴りかかるなんて狂気は起こしていない事もしっかり添えて。


「―――はぁ~、なるほどねぇ…そりゃ教官とやり合える訳だ。それにしても、あの隊長にそんな母性があったとは。正直驚いた」


 そこが驚くところなのかと、俺が逆に驚く。綺麗で優しくて強い。むちゃくちゃ素敵な方ですからね? コーデリアさん。


 そんなコーデリアさんの意外性が、周囲の団員達にも飛び火してゆく。


「確かになぁ、そりゃ綺麗な人だったけど、方々からの結婚の申し出を断りまくってたらしいから、その気は無いんだと当時は思ってたぜ」


「ははは…凛としてらっしゃいましたし、そう見えるのかも知れませんね」


 そんなこんなでコーデリアさんの名誉をなんとか守った俺は、その場にいた団員達と仲良くなって風呂を楽しんだ。その後の食事も肉に野菜に果物にと豪勢で、なんと調理専門の人がいるらしい。毎日こんなものを食べているのかとこれまた驚いた。


 聞くところによると、マイルズを含む帝都周辺は帝国内でも豊からしい。マイルズは交易地として重要な拠点なので、その傾向が強いとの事だ。


 マイルズ騎士団恐るべし。


 俺はいつか広い風呂を母上にお贈りせねばと誓い、その夜は早々に休む事にした。



◇ ◇ ◇ ◇



 翌日、騎士団員の前で改めて自己紹介し、訓練に参加した。基礎体力をつけるための走り込みから、木剣を使った実践訓練。強化魔法の訓練など、内容は昨日少し見たものと基本的に同じだった。


 違ったのは集団戦法の訓練。小隊、中隊、大隊、連隊など隊の規模によって異なる戦場での役割や基本的な陣形を、復習がてらにと皆も参加して基本的な事から教わった。俺は用兵術に関しては前世の記憶は無い。今後思い出すのかもしれないが、今は聞いていてとても為になるものばかりで楽しくなっていた。


「ベンジャミン隊長様、よろしいでしょうか」


 俺が隊長様と呼んだのはマイルズ騎士団三番隊長のイワン・ベンジャミン。二メートル近い体躯たいくを持ち、いかにも豪傑然とした立ち居姿だが、戦略、戦術に詳しく、彼の分かりやすい説明は俺を引き込むのに十分だった。聞けば彼は『重装歩兵隊』と言う隊の隊長も務めているという。


「なんだ」


「はい、今のご説明ですと戦争の開始陣形は『横陣』が基本のようですが、それはなぜですか?」


「うむ。それはこの帝国の仮想敵国であるリーゼリア王国との戦を想定しているからだ。これでお前はどこまで推測できる?」


「そうですね…先程帝国は大陸最大の版図をもつ国家であると伺いました。つまり、その帝国と事を構えることが出来る国家が相手という事になりますので、その仮想敵国であるリーゼリア王国は相応の軍事力をもっていると想定されます。すると戦は毎回大規模なものになると思われます。(そして陣形が決まっているという事は…)」


 ぶつぶつ言いながら、頭の中で今持ち得る情報を駆使して横陣の理由を推測していく。


「そうか、陣形が決まっているという事は毎回同じ場所で戦が行われている、という事でしょうか。そして大規模な戦闘にも関わらず、横陣を敷くことが出来る戦場は草原のような広い場所という事になる。つまり…」


「うむ。」


「広い草原が戦場になるので、最も臨機応変に部隊を展開できる横陣が最初の陣形に相応しい。だから横陣からの戦術訓練が基本となる、という事でしょうか」


 そう答えた瞬間、周りから驚きの声が上がる。


「完璧だ! その通りだ。我々帝国はリーゼリア王国との戦は必ず、広大なラングリッツ平原で行われるのだ。なぜならそこしかないからだ。この大陸は北から南にそびえるクテシフォン山脈を中央に、西大陸と東大陸に分かれている」


「なるほど。山脈の終わり目、もしくは途中の切れ目にその平原があり、そこからでなければ西と東の軍の往来は出来ない、という事ですね」


「そういう事だ。山脈の終わり、つまり大陸中央南部にラングリッツ平原は広がり、平原のさらに南には大陸が切れるまでサントル大樹海という化け物だらけの森がある。だから南からの迂回も出来ない」


 つぶさに実際の地形を例に挙げ、ベンジャミン隊長は教えてくれる。


「それにしてもだ。お前は本当にスルトから出て来たばかりなのか? 誰かから国家間の戦争について学んだ事があるのか?」


「いいえ、ありません。ですが幼い頃から父上に、いかに持ちうる情報で即座に最善を選び続けることが出来るかが、戦いでは生死を分ける。と教わってきました」


「なるほどな。それは戦だけではない、俺はすべてに通じる事だと思うぞ。素晴らしい父君だ。是非ともお会いしてみたいものだ」


「はい。そう言って頂けると父上も喜ぶと思います!」


 その後もいろいろ質問攻めをし、ベンジャミン隊長を困らせたが俺にとってはとても有意義な時間だった。


 座学だけではなく、一人対複数の戦闘訓練も難なくこなし、団員たちを唸らせた。これに関してはエドガーさんやオプトさんの教えも大きい。あの二人は牽制や誘導、隙を突くタイミングなど、卑怯とも思える程熟練していた。全ては戦いにおいて生き残るためだ。


 魔獣に囲まれる事なんてしょっちゅうあったし、殺意の無い相手は全く怖くは無い。戦闘訓練は少し退屈な部分が多少はあったのが正直なところだが、十分充実した騎士団生活を送ることが出来た。


 ボルツさんとエドワードさん含め、皆に感謝したい。

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