26話 母の戦い
ガキンッ!
開始の一撃とは逆。
最後は父の縦一閃を、子の横一閃が受け止め、剣戟と共に父の剣が宙を舞ってその胴を打ち抜かれ、倒れる。子も父の胴を打ち抜くと同時に気を失い、木刀を握ったまま崩れ落ちた。
誰がどう見ても勝負は決した。
その瞬間、
―――
ジェシカが最上位回復魔法を唱え、訓練広場に光の帯が降り注ぐ。村人と騎士団員は決着の瞬間と二人の惨状、突如現れた光の帯に言葉を失って動けないでいる間に、即座にジェシカの指示が飛ぶ。
「エドガーさん! すぐにジンの左腕を切断面に密着させて絶対に動かさないようにして! オプトさんはジンの身体を暴れないように抑えて下さい! 切り離された体の一部は繋がる時にとてつもない痛みが走ります! コーデリアはそこにある増血剤を口移しで夫に飲ませて! 失われた血は魔法ではどうしようもありません!」
ジェシカの言葉を最後まで聞くまでもなく、指示された三人は即座に行動を開始する。
さらに
この魔法は
「アリア、お願いがあります。私は手が離せない上に、これ以上の力は難しいようです。ジンの左腕を力いっぱい
「お任せくださいっ! ジェシカお母様!」
治療中は決して
この場の
「ジン様! 必ず治して見せます!」
一方のコーデリアはロンに増血剤1本を飲ませ、次にジンの元へ駆け寄る。立ち上がると同時に、ロンも開いた胸が繋がり始めると痛みで暴れ出す可能性に気付き、様子を見守っている周囲の人間に助けを求めた。
「どなたかロンが暴れないよう押えて下さい! そろそろ痛みで覚醒してもおかしくありません! 暴れればまた傷が開いてしまいます! ロンは力が強いので複数人で!」
驚きから醒め、様子を見守る事しか出来なかった村人達がコーデリアの声で一斉に動き出す。
「任せろ!」
そう周囲に指示するとジェシカに目をやり、ジェシカが頷く。指示を待っている様では一流ではない。
同時に様子を見ていた騎士団員の一人に、訓練広場で何が起こっているのかと、祭りの見物人や村人達が押し寄せているとの報告が入る。
聞くとジェシカの
無理も無い。神獣が降り立ったと言われる日に神々しい光の帯が現れたのだ。誰も
二十人の騎士団員たちはその場を離れ、その中の一人が指揮官に報告。報告を聞いた指揮官は訓練広場の周囲を大幅に増員し、誰も近づけぬよう警備を強化した。
しばらくすると、ロンとジンがほぼ同時に覚醒して暴れ出す。
「ぐ、ぐっ! ぐあぁぁぁ!」
「うわぁぁぁ!」
「ロ、ロン! 暴れてくれるな! なんて力だ!」
「た、多分、意識下で制御できる力を超えている状態だ! 火事場の馬鹿力ってやつだろう!」
「本当に馬鹿なんだよロンは! 無茶しやがって!」
「おい! 肩と腰にもう一人ずつ! もう一息で胸が塞がりそうなんだ!」
「おぅ!」
オプトと増血剤を飲ませ終えたコーデリアは全身を強化し、二人がかりで暴れ叫ぶジンを押える。
「ジンっ、ジンっ! 頑張るのです! ジェシカとアリアが必ず治してくれます!」
「痛がっている今が治り時だ! 絶対に暴れさせねぇからな!」
エドガーはアリアの集中を乱さぬよう言葉を発さず、ジンの左腕を持ちながら切断面を凝視している。アリアは目を閉じこれまでに無い、最も深い集中に入っている様だった。
(いいぞアリア! さっきより格段に早く治ってる! そのまま頑張れ!)
一方で
(まだ…まだ…! ここで倒れては夫とジンに顔向けできません! 絶対に治し切って見せます!)
つまり、ジェシカは今二人の重症患者に対し、同時に大量の生命力を分け与え続けている状態なのである。魔力と生命力を同時に消費する魔法が
無駄に戦って体力を消費し、回復の源である生命力を減らしている場合ではないのだ。
その後もロンとジンは覚醒と気絶を繰り返しながら治療され、ロンの胸の傷とジンの左腕がほぼ繋がったと同時にジェシカは力尽き、その場に倒れ込んだ。極度の緊張と、夫と息子の殺し合いともいえる戦いを見届けて擦り減った心が、ジェシカに長く立たせる事を許さなかった。
「ジェシカ!」
コーデリアはジェシカに駆け寄って抱きしめ、伝える。
「貴方の愛する二人は貴方に救われました!」
これを聞いたジェシカは微笑み、一言『よかった』とつぶやいて気を失った。
ここに、母の戦いも幕を閉じた。
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