26話 母の戦い


 ガキンッ!


 開始の一撃とは逆。


 最後は父の縦一閃を、子の横一閃が受け止め、剣戟と共に父の剣が宙を舞ってその胴を打ち抜かれ、倒れる。子も父の胴を打ち抜くと同時に気を失い、木刀を握ったまま崩れ落ちた。


 誰がどう見ても勝負は決した。


 その瞬間、



 ―――極光回復魔法オーロラヒール



 ジェシカが最上位回復魔法を唱え、訓練広場に光の帯が降り注ぐ。村人と騎士団員は決着の瞬間と二人の惨状、突如現れた光の帯に言葉を失って動けないでいる間に、即座にジェシカの指示が飛ぶ。


「エドガーさん! すぐにジンの左腕を切断面に密着させて絶対に動かさないようにして! オプトさんはジンの身体を暴れないように抑えて下さい! 切り離された体の一部は繋がる時にとてつもない痛みが走ります! コーデリアはそこにある増血剤を口移しで夫に飲ませて! 失われた血は魔法ではどうしようもありません!」


 ジェシカの言葉を最後まで聞くまでもなく、指示された三人は即座に行動を開始する。


 治癒魔法ヒールは傷の単体治療を行うことができ、その上位魔法である回復魔法エクスヒールは傷と体力を同時に癒すことが出来る。


 さらに極光回復魔法オーロラヒール回復魔法エクスヒールを広範囲に展開する魔法であり、二人以上の全てのダメージ部分を同時に回復することが出来る。


 この魔法は治癒術師ヒーラーの上位職である神聖術師プリーストでも扱える者は少ない。ジェシカは冒険者ではないので神聖術師プリーストとは呼ばれないが、その力は紛れもない。


 極光回復魔法オーロラヒールにより、ロンとジンの傷はみるみる回復してゆくが、両者とも傷が深すぎて全快にはまだ時間がかかる。特にジンの左腕はまだジンが暴れていない事から、繋がる速度が他の傷が塞がるよりも遅いようだ。


「アリア、お願いがあります。私は手が離せない上に、これ以上の力は難しいようです。ジンの左腕を力いっぱい治癒魔法ヒールをかけて頂けますか? ジンが暴れても、叫んでも、決して止めてはいけません」


「お任せくださいっ! ジェシカお母様!」


 治療中は決して治癒術師ヒーラーの邪魔をしてはいけないと、アリアは口酸っぱくジェシカに教わって来た。


 この場の治癒術師ヒーラー役はジェシカであり、アリアはジェシカの指示が無い以上、事を見守るしか出来なかったのである。しかしその状況から一転、自分に回ってきた重要な局面に涙を拭い、彼女は治癒術師ヒーラーとして戦いの場に参戦する。


「ジン様! 必ず治して見せます!」


 一方のコーデリアはロンに増血剤1本を飲ませ、次にジンの元へ駆け寄る。立ち上がると同時に、ロンも開いた胸が繋がり始めると痛みで暴れ出す可能性に気付き、様子を見守っている周囲の人間に助けを求めた。


「どなたかロンが暴れないよう押えて下さい! そろそろ痛みで覚醒してもおかしくありません! 暴れればまた傷が開いてしまいます! ロンは力が強いので複数人で!」


 驚きから醒め、様子を見守る事しか出来なかった村人達がコーデリアの声で一斉に動き出す。


「任せろ!」


 そう周囲に指示するとジェシカに目をやり、ジェシカが頷く。指示を待っている様では一流ではない。治癒術師ヒーラーは回復に専念させねばならない。村人全員がロンに駆け寄り四肢、頭、肩、腰の7か所を抑えにかかる。


 同時に様子を見ていた騎士団員の一人に、訓練広場で何が起こっているのかと、祭りの見物人や村人達が押し寄せているとの報告が入る。


 聞くとジェシカの極光回復魔法オーロラヒールが遠くからでも見えている状態で、その神々しい光の帯に祈り出す巡礼者や野次馬が押し寄せているとの事だった。


 無理も無い。神獣が降り立ったと言われる日に神々しい光の帯が現れたのだ。誰も極光回復魔法オーロラヒールの事は知る由もない。戦場でもお目にかかる事は滅多にないのだ。


 二十人の騎士団員たちはその場を離れ、その中の一人が指揮官に報告。報告を聞いた指揮官は訓練広場の周囲を大幅に増員し、誰も近づけぬよう警備を強化した。


 しばらくすると、ロンとジンがほぼ同時に覚醒して暴れ出す。


「ぐ、ぐっ! ぐあぁぁぁ!」

「うわぁぁぁ!」


「ロ、ロン! 暴れてくれるな! なんて力だ!」

「た、多分、意識下で制御できる力を超えている状態だ! 火事場の馬鹿力ってやつだろう!」

「本当に馬鹿なんだよロンは! 無茶しやがって!」

「おい! 肩と腰にもう一人ずつ! もう一息で胸が塞がりそうなんだ!」

「おぅ!」


 オプトと増血剤を飲ませ終えたコーデリアは全身を強化し、二人がかりで暴れ叫ぶジンを押える。


「ジンっ、ジンっ! 頑張るのです! ジェシカとアリアが必ず治してくれます!」

「痛がっている今が治り時だ! 絶対に暴れさせねぇからな!」


 エドガーはアリアの集中を乱さぬよう言葉を発さず、ジンの左腕を持ちながら切断面を凝視している。アリアは目を閉じこれまでに無い、最も深い集中に入っている様だった。


(いいぞアリア! さっきより格段に早く治ってる! そのまま頑張れ!)


 一方で 極光回復魔法オーロラヒールを放ち続けているジェシカには、だんだん疲労の色が見え始める。


(まだ…まだ…! ここで倒れては夫とジンに顔向けできません! 絶対に治し切って見せます!)


 治癒魔法ヒールとは他の魔法と違い、使用される魔力は相手に自分の生命力を分け与えるパイプ役に過ぎない。魔力出力の大小で相手に送ることが出来る生命力の総量が決まり、それで対象の回復速度が決まる。


 つまり、ジェシカは今二人の重症患者に対し、同時に大量の生命力を分け与え続けている状態なのである。魔力と生命力を同時に消費する魔法が治癒魔法ヒールであり、治癒術師ヒーラーが戦闘に極力参加しないのはこれが理由である。


 無駄に戦って体力を消費し、回復の源である生命力を減らしている場合ではないのだ。


 その後もロンとジンは覚醒と気絶を繰り返しながら治療され、ロンの胸の傷とジンの左腕がほぼ繋がったと同時にジェシカは力尽き、その場に倒れ込んだ。極度の緊張と、夫と息子の殺し合いともいえる戦いを見届けて擦り減った心が、ジェシカに長く立たせる事を許さなかった。


「ジェシカ!」


 コーデリアはジェシカに駆け寄って抱きしめ、伝える。


「貴方の愛する二人は貴方に救われました!」


 これを聞いたジェシカは微笑み、一言『よかった』とつぶやいて気を失った。


 ここに、母の戦いも幕を閉じた。

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