25話 見守る者達

 エドガーの開始の合図と共に親子勝負ならぬ子の試練が始まった。

 

 見守るのはジェシカ、エドガー、オプト、コーデリア、アリア、村長のティムル、商店主ニットに加え、ロン達と懇意の村人が十名程、そこに非番のアルバニア騎士団員二十名が加わり、計四十名程が子の試練を見届けようと固唾を飲んでいる。


「なぁオプト、ロンのこんな戦い方見た事あったか?」


「いんや初めて見る。あれは戦士ウォーリアじゃなく剣闘士グラディエーターの攻撃スタイルだな」


「俺達にも隠してやがったのか」


「どうだろうな。隠すというより、この村に来て必要なくなったって感じだろう。ロンあいつの身体能力、お前も気づいてたんだろ? 武闘士ファイターとしてもやってたんだろう、とは思ってたぜ」


「まぁそうだけどよ。完全にあの域だとは思わなかったぜ」


 エドガーとオプトが話していると、ジンが突如地面に手を付いたと思ったら、ロンの目の前に土壁が現れてロンの行く手を塞ぐ。


「地属性魔法!?」


と来て次はか! それにあの発動までの速度と威力! 間違いなく相性を持ってるな。がっはっは! ロンとは大違いだ!」


「マジかよ。大地の三属性持ちだなんて…あの時神獣様は『なんの力も無い』って言ってたよな?」


「ああ。神獣様が言ったんだから間違いないし、神獣様が俺たちに嘘を付く意味はない。だから病気を治したり、金の代わりに石置いて行ったりして、人間にも育てやすいように配慮されたんだ。だがなオプト。ここ数年ジンの鍛錬を見て来ただろう。その時になんていうかこう―――」


「愛されてる気がする。だろ?」


「よく言えるなお前…まぁそうだ。俺はこそばゆくて言えやしないが、一つ一つ積み上げて行くってやつか? アイツの鍛錬はとにかく濃い。今の実力は鍛錬の賜物なのは間違いない。だが…なんだかジンは魔素自体と相性がいいんじゃねぇかと思った」


「なるほどな。魔素との相性か。魔法の師匠も無しに、よくあそこまで自力で辿り着いたもんだぜ。の相性はジンには無いってジェシカが言ってたけど、大地の三属性がありゃ、超レアな大地属性もいけるかもしれないな」


通信魔法トランスミヨンの陣もすぐに覚えやがったし、陣魔法師キャスター魔法術師ソーサラーどころじゃねぇ、魔導師マギアも目指せる」


「すげぇなぁ、ジンのやつ…剣闘士グラディエーターとやり合えてるだけでも十分なのに、ほんと楽しみなやつだ」


 エドガーとオプトがジンの戦力分析を行っている最中、ジンがロンに致命とも思える一撃を加える。


「深いぞ! 勝負ありだ!」


「なっ、反撃!?」


 だが、ロンはそんなジンの一撃も意に介さず即座に反撃している。両者全く戦意衰えず、もう打ち合いに入っている。


 二人の攻防はさらに激しくなり、騎士団の訓練広場が血で赤く染まる。二人の血は、周囲の顔や衣服をも赤く染めていった。


 ここまで凄惨な戦いになるとは思っていなかった村長ティムルや、商店主ニットを加えた他の村人は思わず目を反らしている。騎士団員も血や戦いには慣れているとはいえ、さすがに本当に親子の決闘なのかと身震いし、親子の闘志に当てられ、熱くなる者もいた。


 エドガーは二人の戦いに目を背けることなく見守るが、徐々に勝負の行き着く先に不安を覚え始める。


「これは…まずい! 決死戦になる! どうするオプト! 止めるか!?」

「エドガー、あれを見ろよ」


 オプトがジェシカを見てエドガーに視線を促すと、ジェシカの身体が白く光り聖魔法の準備をしていた。


 だが、その目には涙が溢れていた。


「ジェシカが止めない限り、俺達は二人を止められねーよ」


「ぐっ、ジェシカ…」


 一方のコーデリアも戦いを片時も見逃すまいと冷静さを保っているように見えるが、その心中は震えて涙を流している。極端に言えば愛する息子とその父が”殺し合っている”のだ。


 彼女もエドガー達と同様に親子が決死戦に入っている事には気が付いている。だが、止める事は出来ない。決闘とはどういうことなのか理解しているし、ここで止めれば二人の覚悟を踏みにじる事になる。


 だが、娘のアリアにはまだ分からない、大泣きしてコーデリアの裾を掴む。


「お…おか、お母様っ! ジン様とロンおじ様は何をされているのです! 御止めになって下さい! このままではお二人共死んでしまいます!」


「…アリア。これが父と子の決闘と言うものです。ロンさんは、ジンにこれから大切になるものを教えている最中なのです。アリアはジンが大好きなのでしょう? ならば邪魔をしてはなりません。これがあの親子の覚悟なのです。それに見なさい」


 アリアはコーデリアに促され、ジェシカを見上げる。


「ジェシカお義母様かあさま…」


 アリアはジェシカの教えの下、既に治癒術師ヒーラーの域に入っている。村人のどんな怪我でも見逃さず、治癒の力を惜しげもなく発揮してきた、あの優しいジェシカが涙を流しながら、重傷を負っている夫と息子の姿を見守っている。


 聖魔法を放つ準備をしながら、一言も発さず今の状況に耐えているジェシカ。


「今だけ…今だけは、耐えなさい」


 アリアは、肩を震わせ自身も必死に耐えている母を見上げる。


「…わ、分かりましたお母様…私も最後までお見届けします」


 アリアはとめどなく溢れる涙を拭うのを止め、戦いの顛末を見届ける覚悟を決めた。


 ◇


 父と子の壮絶な打ち合いのように見えていたが、ジンは先程から受けてばかりで攻撃する気配がない。


「ジンのやつ、すごい連続回避だが攻撃する気配が無いな。何かを狙ってるのか?」


「どうだろうな。回避に専念して体力を回復してるのかもしれない」


「なるほどそうかもな。明らかに出血の量が多いのはロンだ。いくら体力があるからと言っても、あれじゃジンより先にバテてもおかしくない。ロンが倒れるのを待っている可能性もあるか。しかしロンのヤツも、いくら息子の為とは言え無茶苦茶しやがる」


 するとロンが連撃を止め、エドガーとロンが何度も見た事がある固有技スキルの構えに入った。


「あれをやるのか! どっちも死んじまうぞ!」



 ゴギャン!



 周囲に凄まじい衝撃と粉塵が広がり、剣戟の音は止み、辺りは静寂に包まれた。


 視界が晴れ、現れた二人は満身創痍だった。


 ロンは剣を支えに片膝を突いて血を吐き、ジンは折れた両刀を握りながら両膝を突いて天を仰いだまま、ピクリとも動かない。


 この状況を見てジェシカが聖魔法の発動に入り、コーデリアはジェシカに合わせ、誰よりも早く親子に駆け寄る。続いてエドガー、オプトが続き、アリアも必死に駆け寄ろうとするが、全員がロンの言葉に動きを止められる。


「まだ、ゴフッ…背負ってる、みたいだが…はぁっ、はぁっ…そいつも折って、やろう」


「うげて…だぢま、す」


「馬鹿かお前らっ! もうやめろっ! 死んじまう!」

「ロンっ! ジンっ!」


 エドガーとオプトは立ち止まると同時にそう叫んで止めようとするが、親子には届かない。


 ジンが背中の木刀に手を伸ばそうとしているが、届かずに顔を歪めていた。


 これを見たコーデリアがジンに声をかける。


「ジン。武器が無くなったのならもう戦えません。なのでこの勝負は―――」


 途中までコーデリアが言いかけたところで、ジンは咆哮を上げて体をひねり、左腕を背中の木刀に回す。



 ブチッ――――



 筋が切れる嫌な音を立て、木刀と左腕が地に落ちた。


「なっ、なんてことを! ジンっ!」

「ジンさまの…う、腕が…いやぁぁぁぁっ!」

「あなたっ! ジン!」


 だが、ジンは事も無げに右腕で木刀を拾うとフラフラと立ち上がり、ロンを迎え撃とうと構える。


 コーデリアとアリアの悲鳴が響く。


 そして夫と息子の明らかな致命傷を見て、これまで自分を抑えていたジェシカがとうとう声を上げたが、決着はついていないと言わんばかりにロンがジンに語りかける。


「ジン…ほ、本当の戦いは、はぁっ…ここ、からだ。絶対に諦めるなっ! ぶっ! ごぼっ!」


「ロンさん…っ!?」


 コーデリアがロンの方を見ると、胸の傷は受けた時よりも大きく開き、肉が割れ、胸骨が見えていた。ジェシカは崩れそうになる脚を必死に支え、夫の言葉通りに身を引いた。泣き叫ぶアリアをコーデリアは抱き上げ、泣く泣く親子との距離をとる。


 エドガーとオプトはジェシカが下がっていくのを歯を食いしばりながら見届け、自身らもその場を離れた。


(ありえねぇ! 馬鹿どもがっ!)

(ジェシカ…止めてくれよっ!)


 強く握りしめたエドガーの拳は血が流れ、オプトは地面を叩き、拳を赤く染めていた。他の村人や騎士団員達も、もう目を反らす者はいない。涙を流しながら最後まで父と子の勝負を見届ける。


「うお゛ああああっ! 行くぞジン!」

「はい゛っ!」


 ロンの咆哮にジンが応え、最後の激突が始まる。

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