9話 星が瞬く夜

 落ち着きを取り戻したロン達は、感謝の言葉を伝えるべく改めて神獣の前に跪いていた。


 最初にジェシカが口を開いた。


「神獣様、二つもの奇跡をお授け下さり、感謝の念に堪えません。私は命を諦めておりました。病の為に子も成せず、夫に無為むいな時を過ごさせている自分を恥じておりました。何度早々に命の終わりを願った事か。神獣様のお力で再度頂いた生を、この子の為に使う事を誓います」


「私からも。神獣様、妻の命を助けて下さり、なんと御礼申し上げてよいか…さらには子まで授けて下さり、本当に感謝いたします。今後も命ある限り、妻と子の為に務めさせて頂きます」


「村の長として、神獣様には絶えなき感謝を申し上げまする。村の者達も御方おんかた御業みわざ、末代まで語り継ぐことでしょう」


 ロン、ジェシカとティムルは心の底からの感謝を伝え、三人を含め村人全員が平伏し、これから発せられるであろう神獣の言葉を静聴する。


「(よい。娘は我の頼みを成した。褒美は当然だ。人間は群れで暮らすものなのだろう。ならば共にる者も、ついでに褒美をやったまでだ)」


 神獣は、ロンとジェシカを見て言葉を紡ぐ。


「(もはやは我の加護を離れた。お主ら二人の血肉を糧に、紛れもないつがいの子として生をる)」


「(娘。すこやかに生き、育てよ。そして子に伝えろ。いつの日か頂きにて、再度まみえる事を楽しみにしている、とな)」


「はい。必ず」


「(うむ。十分にはねは休めた。行くとしよう)」


 神獣がその翼を再度広げると、


 ――ゴロゴロッ


 人間の頭大と、同じく赤子のこぶし大の石が地面に転がる。やや黒みを帯びた青色の、所々に淡い赤をたたえる石。


「(とっておけ。路傍の石だ)」


 そう言うと、飛来した時と同じ轟音を響かせながら、神獣は空に舞い上がり、一山もあろうかという大きさに戻りながら飛び立って行く。


 星のまたたく空に、青く輝くその姿は紛れもなく神獣。


 村人達はその姿を目に焼き付け、偉大なる存在に触れたこの日の夜を、後の数百年に渡って語り継ぐことになるのである。



◇ ◇ ◇ ◇



 帝都アルバニアの魔法陣監視員のテドルスは、突如魔力反応がオルロワス大火山の方向へ戻っている事に気が付いた。


通信士オペレーター! 魔力反応が大火山の方向に戻っている! すぐにパルテール団長に報告してくれ!」


「了解!」


「一体スルトで何が起ったんだ…村人全員喰われたりしてないだろうな」


 ブルッと身震いするテドルス。


 まさか神獣が人の子を連れ、恩恵として村人全員に祝福を与えたとは、夢にも思わない。


 アルバニアからの伝令を受けた魔法師団長パルテールは、ウィンザルフに報告し、先行するマイルズ隊に今後の方針を伝える。


「団長! アルバニア隊パルテール殿より伝令! 神獣はスルト付近を離脱。最初の魔力発生地点である、大火山方面に戻っているとの事です! 我らマイルズ隊目標は変わらず、スルトを目指せとの事です!」


「了解だ」


「とりあえず神獣と戦う羽目にならずに済んだか。だがスルトで何かあったのは間違いない…どう思う。コーデリア」


「えっ?」


 コーデリアは騎士団では珍しい女性団員だ。入団三年目で二番隊長を任されるほどの逸材だが、神獣と戦う必要が無くなったことに緊張がほぐれ、少し気が緩んでいた。


「おいおい、しっかりしてくれよ。まだ最大の脅威が去っただけで、何も解決しちゃいないんだぞ」


「も、申し訳ありません…そうですね、このまま神獣が何もせずに住処に戻ると仮定して、最悪なのは村が全滅していて、強力な魔素溜りが発生していることです。村人の死体が残っているようでしたら、強力な魔素に当てられ、我々の到着までに村人はアンデッドと化しているでしょう。魔素濃度によっては、高位のアンデッドも産まれます。そうなると、我々の隊だけでは対処しきれない可能性があります」


「本当に最悪だなそれ。で、最善は?」


「神獣の空中散歩だった、ですかね。……忘れてください」


「はっはっは! それは本当に最善だなコーデリア! だが、最悪を想定して進もう。気を緩めるなよ」


「はっ!」


 同様の会話がアルバニア隊でも行われていた事は露知らず。


 マイルズ騎士団スルト到着まであと二日。



◇ ◇ ◇ ◇



 神獣が去った後の村は、夜更けにも関わらず、飲めや歌えやのお祭り状態だった。


「いやーめでたい! めでたいなぁロン!」


「ジェシカに子が出来て、病気が治って、皆元気になって! 最高じゃねぇか! がっはっは!」


「ありがとう二人とも! こればっかりは俺も嬉しいさ。はっはっは!」


 エドガーとオプトは自分の事のように喜んでくれているし、ロンもジェシカの命が長らえたことの喜びをかみしめる。


「しかしなんだ、別の意味でよかったなロン。あの子供のだったら、村の男どもの嫉妬は買わねぇだろうさ」


「げ、下品な言い方するんじゃない! …でもまぁ、ごっそり命力持っていかれたからな。俺の子は間違いなく強くなるぞ! ふはははは!」


 自慢げに言うロンだったが、ふと冒険者時代のジェシカを思い出し、二人につぶやく。


「しかし、お前ら。ジェシカが回復したとなると、もう女神とは呼べなくなるかもしれないぞ?」


「ど、どういう意味だ?」

「俺は耳塞いどこうかな…」

「オプト、今後の為にも聞いといて損は無い。あいつ冒険者時代はな―――」


「私にも教えてもらえる?」


「げっ! き、聞いて…た?」

「はい。の」


 三人の会話を聞いてか聞こえてか、村のご婦人方の輪に居たはずのジェシカの右手に、聖魔法らしき光の矢が二つ現れている。


「下世話なエドガーさんもいかがかしら? 奥様の許可は頂いております。少しは心が浄化されるかもしれませんよ」


「まっ、待てジェシカ! それは物理ダメージもあるやつだろう!?」


「うおっ、ジェシカ! そんな魔法使えたのか!」


「夫の為に頑張りました。では、全身強化をおススメしておきますね♪」


 シュンシュン――――ゴッ!


 二つの矢がロンとエドガーの頭に命中する。二人は椅子から転げ落ち、頭を押さえながら悶えている。


「全く、無駄な魔力を消費しました。酔いが醒めるといいですね」


 頬に手を当て、二人を笑顔で見下ろすジェシカを見て、オプトは戦慄する。


「…お、おおっ! 女神ジェシカ様! 不浄な者共を討伐して頂きありがとうございます!」


「オプトさんも飲みすぎは厳禁ですからね」 


「はい」


 因みにジェシカの放った光の矢は浄化の矢オーバーレイという聖属性魔法で、治癒魔法ヒールの応用版である。回復魔法とも呼ばれ、対象の回復容量を超えた回復を一瞬で行うという、神々しい見た目に反して力業な魔法である。


 物理ダメージの通りにくい、中位までのアンデッド系の魔物を一撃で倒せる代物であり、治癒術師ヒーラーが憧れる魔法だ。一矢で治癒魔法ヒールの何倍もの魔力を消費するので、ある程度の魔力出力を持ち、魔力操作を持ちえないと使えない。


 そんな魔法を二つ同時発動できるジェシカは治癒術師ヒーラーとしてかなり優秀な部類に入る。

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