06

 冷加につかまった夬が、近くの別なベンチに連行されていく。

 いやいやながらも、まんざらではないらしい。


 ベンチに。


 ひとりで座る。


 やっぱり、夬は死んだ。

 その事実だけが、ここにある。


 本当の自分も。死んだ。もう、俺は、いない。


「抻毅」


 隣。モヒカンに、厚化粧の女がいる。


「真季」


 ばっちりと変装していた。


「女優。やめてきた」


「おい」


「わたし。あなたの、本当になりたい。一緒に、いさせて」


 遠くのベンチで、冷加が何かを夬に食べさせているのが見える。夬のほうも、困惑しているが、いやではなさそうだった。


「本当の俺は。死んだよ。もういない」


「いるわ。ここに。ここにいる」


 夬。


「泣いちゃだめだよ。ここで泣いたら、夬に見えちゃう」


「わかってる。わかってるよ。必死に耐えてんだけどな。耐えられそうにない」


 夬。


 なんで死んだんだ。


「泣いちゃだめなんだ。あいつは、夬じゃないけど、夬だから。もうあいつは、人の表情を読み取れる。ようやく、人の泣いたり笑ったりする顔を、理解できるんだ。だから、あいつの前で。泣いちゃいけない。わかってる。でも。俺は」


 耐えられそうにないものを、耐える。身体が、少し震える。


「俺は。つらいよ。つらい」


「じゃあ、わたしが、あなたの傘になる」


 目の前が。暗くなった。あのときと同じ。

 彼女に、抱かれる。


「これなら、夬には見えない。いま、冷加も、夬を抱きしめているから。大丈夫。泣いてもいいよ。大丈夫」


「うう」


 涙が。

 あふれてきて。

 止まらなくなった。


「夬。なんで死んだんだよ。夬」


 彼女の胸にすがりついて。泣いた。


「あなたは、死んでないわ。あなたは、ここにいる。夬のことを思って泣くあなたは、本当のあなたよ。つらかったね。くるしかったね。もう大丈夫。大丈夫だよ。泣いてもいいんだよ」

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