第32章 羽田での別離

「なに?羽田ですって?」

リサは驚きを隠せない。

「ええ、そうですよ。もう十分日本を満喫されたでしょう?」

タクシー運転手はにやにやしながら答える。

「ふがふが」

勇は口封じされている為何を言ってるかわからないが、必死に抵抗し同乗の黒服に体も抑えつけられている。

「何言ってるのよ!わたしは勇と日本に居続けるのよ」

「お嬢様、無理を言ってはいけません。紛いなりにもロマノフ家の末裔なんです。

祖国ロシアに帰って何時もの生活に戻るのです」

「もうあの暮らしには飽き飽きよ。新鮮さが無いもの。何時も同じことの繰り返し。もう嫌なの」

「それはなりません」

5人を乗せたタクシーは都心方向に逆走する形で大井南ICから首都高速湾岸線で一路羽田空港のターミナルに向かっている。リサは観念したのか、急に無口になり後部座席の窓からぼーっと外を眺めている。方や勇は、ふがふが言いながら押さえつけられたままである。 羽田空港のターミナルまでは1Kmちょっとなので数分で到着した。

タクシーが羽田に着くと同時に勇は口封じは解けたが、黒服に羽交い絞めのままである。第二ターミナルにモスクワまでの便がある。

「いきなり何するんだよ!リサを返せ!」

「いひひ、そんな事はできかねます。お嬢様は祖国ロシアに帰国するのです」

タクシー運転手はにやにやしながら答える。

「いやよ!私は勇と日本で暮らすのよ!離して!」

勇は体をよじって逃れようとするが、黒服は全く動じない。

「ナスチャ!」

その叫びは虚しく周囲に響いた。リサは別の黒服に連行され、ターミナルへと吸い込まれていく。

「勇!サンクトペテルブルクで待ってるからね!」

「何言ってんだ。黒服から逃げろ!俺と日本で暮らすんだろ?」

しっかり掴まれている状態の為、それは不可能である。その声は届かない。リサと黒服はターミナルへと消えて行った。

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