第1話 特別でない日常

「あーら、いらっしゃい。いつもご贔屓に」

「どうも」

と頭を少し垂れながら、彼はいつもの席に着く。ナビゲートされても居ないのに店の左奥のカウチソファに勢いをつけて持たれ掛かる。

彼は決まって開店時間の18:30きっかりに訪れる。しかも毎木曜日である。何故金曜日ではないかの理由は木曜日にしか出勤しないキャストが居る為であり、その目的でこの店に通い詰めているからである。

この時間帯の来店は、客とはいうものの店側にとって少々迷惑に感じるが、そういう行動をとっても彼にとっては特に問題はない。と言うか、勇ならしょうがないかという店側の了解でもあった。

「Club Passage of Life」

 ここは店名の「Passage」つまり「航路」という和訳が表す、赤坂にある外国人主体のクラブ。だが、イメージする程高額な料金は設定していないようだ。

 彼の名は武藤勇。父親が苗字と新選組かぶれであることによる合わせ技で名付けられた単純な理由の名前だ。彼の職場は外務省。ごく普通の国家公務員である。

 この店には外国人女性が各国の多数所属している事が売りの一つで、東南アジアはもとより、ロシアやハンガリー等の東欧諸国、北南米のキャストも存在する。おそらくキャストの人数は延べ20人は居るようだ。

 「いつものあの子を御指名でしょ?」

 この店のママが多少皮肉を含めて言う。

 「ああ。いつもだけ余計だ」

 「りんちゃん、御指名よ」

 「はぁーい」

  いかにもと言ったら語弊があるが、日本女性には無い声紋である事は間違いない。いつの間にか勇の隣に綺麗な長身の女性が佇んでいる。

 「いらっしゃいませ。いつもご指名頂きありがとうございます」

  ネイティブな日本語では無いものの、それに近い口調で「りん」なるキャストは勇の傍で膝突いている。

 「うん」

常連客である故、特別な会話のやり取りは無くこの頷きが単なる常套句となっている。


 キャストである「りん」はフィリピン出身の年齢は30~35くらいで、年齢をカバーする程の細見でドレス映えする体型である。人相も綺麗系の顔立ちで肌は多少浅黒い。

  勇が「りん」を常時指名するのは外見だけのみならず、そのトークがざっくばらんであるギャップが気に入っていた。

 「あら、マイダーリン。今日も早いのね」

 「いつもそうだろ」

 「そうだったかしら」

 りんはわざと惚けてみせる。それもこの業界の掴みの常套句であろう。

りんに対して特別な恋愛感情的なものが無い、と言ったら嘘になるが殆ど客観的に接している。それが或る意味、こういう場所のルールだという事も暗黙の了解である。勇にとって「りん」に「癒し」的な感情に包まれ、仕事の事を忘れられる存在である事は必至であった。


 「今日お仕事どうだったの?」

 「特に変わらない」

 「あら、つまらないわね。そんな仕事楽しい?」

 「仕事に楽しいも何も無いさ」

 「わたしはこのお仕事、楽しいわ」

 「そうか。そりゃ宜しい事で。だったら木曜以外出勤すればいいのに」

 「それはいろいろあるじゃない?」

 「なんだよ、いろいろって」

 「いろいろよ」

 りんは勇のキープボトルのウイスキーである「バレンターイン」を大きな球状の氷の入ったグラスの中に注ぎ、マドラーでからからとかき混ぜ完成したロックを勇の前にすっと差し出した。

  勇にはこの店での自己流儀的なものがあり、2時間又は次の客が来出したら帰ると決めていた。この日は次の客が2時間経過しても現れず、20:30きっかりにりんとの日常のひと時を過ごし店を後にした。

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