第41話 それは今、この場この瞬間でいいのか?


「ていうか望月はいつまで金鎚を握ってんだ?」

「え? ふゃっ!?」


 望月は小さく悲鳴を上げると、慌てて金鎚を背中に隠した。

 どふ、と音がして、望月は背中を押さえて前かがみになった。

 金鎚で背中を打ってしまったらしい。


「ちょっ、だいじょうぶ?」


 すかさず蜜也が声をかけた。彼は要介護の祖母をいたわる孝行孫のように心配そうな声をかけると、望月に右手をかざした。


 きっと、彼女に回復魔術をかけているのだろう。


 左手は相変わらず勇雄に向けられているので、2人の人間を同時に治療していることになる。


「お前の魔術センス凄いな。天才ってやつか?」

「そんなんじゃないよ。僕は肉体強化は得意だけど魔術が苦手でさ、総合力は普通だよ」


 自嘲気味に声を落として、蜜也は息を漏らした。


「だって僕の魔術なんて蜂蜜とローヤルゼリーとプロポリスと蜜蝋と蜂絹糸を作るだけだし、指先から毒針を出せるけど、アポリアにどれだけ効くか」

「生きた鉱山かよ」

「イタタ。あ、蜂道くんの焼いた蜂蜜クッキー、おいしかったよ」


 背中をさすりながら望月が姿勢をただすと、蜜也は微笑する。


「そう言ってくれると嬉しいよ。また作るね」

「いや、おいしいけど、それは……」


 ――まぁ、何度も作らせるのは気が引けるよなぁ。


 望月の気遣いに大和が共感していると、蜜也は頭を振った。


「僕の作った蜂蜜は魔力に戻らないから栄養補給になるけど、胃袋に入ったら魔力に戻るよう調整もできるから、カロリーの心配はしなくていいよ」

「え、あ、じゃ、じゃあお願いしちゃおうかな♪」


 ――暗黒面に落ちたな。


 とはいえ、女子のカロリー事情は男子禁制の領域なので、大和は口をつぐんだ。


「では蜜也、毒耐性をつけたいのだが、これから毎日毒を打ってもらってもいいか?」

「え?」

「サプリ感覚で言うなよ!」

 戸惑う蜜也の代わりに、大和がツッコミを入れた。




 高飛車な声が割って入ってきたのは、大和のツッコミに望月が和やかに笑った時だった。


「獅子王勇雄というのはアナタですの?」


 振り返ると、人目を引く金髪碧眼の美少女が腕を組み、胸を反らしながら仁王立ちしていた。


 腰まで伸びた長くボリュームのある金髪はお嬢様然としたゆるふわロールで、気品に溢れたサファイアブルーの瞳からは凛とした強い意志を感じる。


 その背後には、取り巻きらしき生徒たちを5人、引き連れている。

 よく見れば、朝、勇雄に負けた連中だった。


 ――ということは、こいつも1組か。


 真白から、1組のエースに勝てたら秋雨に会わせると言われていることもあり、大和は彼女のことが気にかかった。


 いかにもボス風だが、彼女がエースなのか。


「獅子王勇雄は私だが、何か用か?」

「アナタ、魔力が無いというのは本当ですの?」

「本当だ」


 勇雄の即答に、金髪の女子は観察するように目を細め、興味深そうに喉を鳴らした。


「いいですわ。ワタクシと戦っていただけるかしら?」


 突然の決闘に大和は動揺するも、当事者の勇雄は依然変わらず、明鏡止水の落ち着きぶりだった。


「承知した。それは今、この場この瞬間でいいのか?」

「ええ、構いませんわ。ワタクシは1年1組アメリア・ハワード。いずれ、この国のシーカーの頂点に立つものですわ!」


 彼女の自己紹介が呪文の詠唱であるかのように、アメリアの両手から水が溢れた。


 ――水属性? 戦闘向きの能力じゃないな。


 ホースの水でダメージを受ける人はいない。水の弾丸も、同じ高速でぶつけるなら、岩や金属の方が強い。事実、水属性が強いのはフィクションの中だけで、現実の水属性で活躍しているシーカーの話は聞かない。


 大和が分析する間に、アメリアは両手を前に突き出した。


 彼女の手から、バスケットボール大の水球が5発、連続して放たれた。


 勇雄は落ち着き払い、素手で迎え撃つつもりだ。その構えに、大和は今朝の光景がデジャヴした。硫酸瀑布をかき消した最強の防御技【廻し受け】だ。


 ――勝ったな。硫酸も無効化できる勇雄に、ただの水が勝てるわけがない。


 そう、楽観的に確信したからこそ、大和は耳をつんざく爆轟と白い視界に絶句した。


 衝撃波がビリビリと大和の肌を叩いて、髪と白ランが熱く濡れていく。


 ――何だ、何が起こったんだ?

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