第40話 知識は邪魔にならないんだから


「わぁ、すごいよ草薙くん、じゃあ次、鉄を鍛えた、鋼の作り方だよ」


 鉄を鋳型に流して固めたモノは鋳造品といい、意外と脆い。けれど、刀のように熱して金鎚で打ち、不純物を取り除きながら圧縮したモノは鍛造品と呼ばれ、これを鋼と呼ぶ。


 折れず曲がらず良く切れ、世界最強とも言われる和刀は、全て鍛造品だ。


「もう? 早くないか?」

「知っておく分にはいいでしょ? 知識は邪魔にならないんだから」


 人の役に立つのが楽しいと言わんばかりに、望月の声は軽くはずんでいた。


 ――そんなもんか?


 大和が口をつぐむと、望月はまた、先生口調になって説明を始めた。


「鋼は刀鍛冶のイメージだよ。赤く焼けたやわらかい鉄を叩いて、造りたい形に形成していくのを思い浮かべて」

「それ、凄く時間かからないか?」


 頭の中で、高速連打する金鎚を想像しながら、大和は声を濁らせた。


「だいじょうぶ。慣れてきたら、真白先生の言う通り、造ろうとするだけでできるよ」

「よ、よし」


 騙されたと思って、大和は指示に従った。

 さっきと同じように、まずは主成分が鉄のマグマを作り出した。


 それを、刀匠がハンマーで叩いて、薄く延ばすシーンを想像した。けれど、マグマはいつまで経っても棒状で、なかなか薄く延びない。


「草薙くん、頑張って」


 言いながら、望月は両手に金鎚を握って振りながら、謎の応援ダンスを踊り始めた。

 月白色のツーサイドアップヘアーが小気味良く揺れて、べらぼうに可愛い。


 昔、ネギを振って踊るアイドルキャラが流行ったけれど、それと同じ、アンバランスな魅力がある。


 最初は気が散って集中できないかとも思ったが、踊りに合わせて望月が鉄を叩き延ばすイメージが割り込むと、マグマがみるみる薄く延びて、白銀の輝きを帯びていく。


「おおできた、じゃあ」

「待て大和、鉄像では物足りないだろう。私で試せ」


 言われて、大和が躊躇ったのは一瞬だった。


 勇雄の自信に溢れた、むしろ挑戦的な眼差し相手に、気を遣う余裕なんてない。むしろ、体が自然と臨戦態勢を取ってしまう。


 大和は奥歯を噛みしめると、大木を伐採するつもりで、裂ぱくの気合いを込めて踏み出し、全力でマチェットソードを横一文字に薙いだ。


「破ッ!」


 勇雄も気合いの一喝と共に、四肢を唸らせた。


 マチェットソードは上下から肘と膝の挟撃に遭い、運動エネルギーを殺されてしまった。

 バックステップで距離を取り、マチェットが歪んでいるのを確認して大和は舌打ちをした。


「ちっ、やっぱ勇雄は凄いな。接近戦で勝てる気しねぇよ」

「いや、今のは私の負けだ」


 肘と膝を上下に開いて、勇雄は不完全燃焼気味に言った。


「今のは【真剣白刃取しんけんしらはどり】ではなく【刀殺し】という技だ。肘で剣身上部を、膝で剣身下部を打ち、テコの原理でへし折るのだが、歪めるのが精一杯だった。貴君の魔術が、私の技に勝ったのだ。悔しいよ」


 その割には、口元が嬉しそうだった。


 15歳とは思えない大人ぶりに、大和は別の意味で敗北感を味わうと同時に、勇雄みたいな男に会えて良かったとも思った。


 まだ会って数時間だけど、勇雄になら戦場でも背中を任せられる気がした。


「良かったね草薙くん。本当に凄いよ、1回で成功しちゃうんだもん。でも、あんまり強くなられると、金属属性のわたしの立場ないかも」


 望月は頬をかきながら、自嘲気味に笑った。


「いや、俺はマグマの中に含まれる金属しか作れないからな。金属属性の望月ほどの汎用性はないよ。それに成功は望月のおかげだよ。正直、魔術の解説ユーチューバーよりもずっとわかりやすかった」

「そ、そうかな?」


 うつむきながら、望月は可愛く照れ笑った。


 ――でもこれで、武器はそろった。真白先生の言う通り、砲撃や文字通り鉄壁の防御もできるし、戦闘手段は大幅に増えた。1組のエースも、なんとかなるんじゃないか?


 そうして大和が自信を付けると、何故か望月も得意になった。


「うん、そうだよね、わたしのおかげだよね? 草薙くん、わたしに感謝している?」


 望月は、妙な自信に溢れながら、1歩近づいてきた。


「おう? 当たり前だろ?」


 妙な言い回しに、大和は首を傾げた。

 また、望月が1歩迫って来る。


「うんうん、じゃあ草薙くんはこれでわたしに恩ができたわけだよね? それこそ、わたしの名誉を守るために口が堅くなるくらいの恩が」

「あ……」


 彼女の言わんとしていることに気が付いて、大和は苦笑いを浮かべた。

 望月は笑顔でプレッシャーをかけながら、また1歩、迫って来る。

 そのプレッシャーたるや、臨戦態勢の勇雄クラスと言っても過言ではなかった。


「そ、そだな……うん」


 大和が頷くと、望月はふっふーん、と満足げに胸を張った。


 ――そんなことしているとまたブラのホック壊れるぞ。

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