第12話 合宿です!
15分後。
荷物を置いた秋雨は、中庭のテニスコートにいた。
ただし、ネットは外している。
「あの……これは……?」
「では秋雨、今日から夏休みの間、君は毎日ボクとウチで戦闘訓練だ。安心してくれ、その間の衣食住は全て草壁家が持つ!」
「あ、そういうこと……」
――そりゃいきなり同棲なんてねぇよなぁ。付き合ってもいないわけだし。
どうせこんなことだろうとは思っていた。
それでも、もう少し色気のある話を期待しなかったと言えば嘘になる。
「なるほど、君は同棲とかもっと色気のあることを期待していたんだね?」
「読心系魔術使えるんですか!?」
「なんと、本当にそんなことを考えていたのか?」
「冗談で当てに来ないでください!」
秋雨は恥ずかしくて手で顔を隠しながらうずくまった。
無神経にいじめられ尽くした14歳のハートを抱えたまま動かなくなる秋雨に、草壁はコロコロと笑いながら近づいてきたようだ。
眼は見えなくても、足音がじょじょに大きくなる。
それから、彼女もしゃがんだらしい。
耳元に、温かい息がかかった。
「ならボクと付き合うかい? 君はボク好みだし、OKだよ?」
「え?」
ちょっと顔を上げて指の隙間から彼女の顔をうかがうと、草壁は楽しそうに笑っていた。
「今まで多くの男子がボクに告白してきたけど、ボクの好みは君みたいに恥ずかしがり屋の可愛いけど正義感に熱い子なんだ」
草壁がニッコリ笑うと、秋雨は顔どころか頭の奥まで熱くなってくる。
仮に遊ばれていたとしても、今は騙されていたい。
そんな想いすらわいてきてしまう。
「ほら立って、さっそく模擬戦と行こうじゃないか」
「……はいっ」
気を取り直すように、秋雨は語気を強めて返事をしてから立ち上がった。
「ところで守里ちゃん、これってやっぱ、将来アポリア対策チームに入るためですか?」
「おいおいちゃん付けで敬語とは斬新だな。一年早く生まれた程度で敬意を払ってもらおうとするほどボクは傲慢じゃないよ?」
――いや、こっちがやりにくい。
秋雨が困った顔をすると、草壁は楽しそうに笑った。
「ボクの夢は女性警察官になることだったんだ。でも、今の夢は防衛大学を卒業してアポリアの対策チームに入って、日之和国民をアポリアの脅威から守ることだ」
――すげぇ、言い切った。
中学三年生にして、堂々とヒーロー願望を口にする草壁に、秋雨は呆気に取られてしまう。
でも、それ以上に憧れた。
受験生なのに、ではない。
受験生なのにハッキリと言い切るからこそ、子供の夢ではなく本気なのだと、彼女の真剣さを感じ取れた。
自分の夢を胸を張って他人に宣言できる。
その自信は、羨ましいことこの上ない。
――俺とは大違いだな……。
「じゃあ秋雨、ボクに思う存分攻撃してくれよ」
距離を取りながら、草壁は自身の両手にバリアを展開した。
「ボクのバリアを一枚でも壊すことができたら君の勝ちだ」
挑戦的な笑みを浮かべる草壁に、つい秋雨もその気になってしまう。
「言いましたね。俺のヴォルカンフィストの威力、ナメてもらっちゃ困りますよ」
戦意を煽られた秋雨は、両手に紅蓮の炎を滾らせながら、両肘から熱気を上げた。
「昨日、見せてくれたドッカンジェットと火山空手だね?」
「変な名前つけないでくださいよ。ジェットはヴォルケーノブースター略してヴォルスター、それを利用した格闘術はイラプションアーツって昨日決めたんですから」
「ほぉ……変な名前、ほぉ……」
――なんだ、先輩の視線に殺意がこもっている!? まさか気に入っていた!?
絶対零度のジト目を崩さない草壁からなかなかの重圧に身震いしつつも、秋雨は思い切って突撃した。
魔術使いは魔力で運動能力と耐久度を強化できる。
加減すれば、ケガはさせないだろう。
ヴォルスターの推進力で草壁までの距離を突き抜けながら、ヴォルカンフィストを放つ。
案の定、コンマ一秒の早業で展開されたバリアに防がれる。
予想外だったのは、バリアに傷一つ付けられなかったことだ。
「思った以上に頑丈ですね。なら!」
左ひじを噴火させて、イラプションアーツの勢いをのせたヴォルカンフィストをバリアに叩き込んでやる。
続けて、イラプションアーツの連撃を切れ間なく叩きこんでやった。
上段中段下段の突きと蹴り、ボクシングのフックの横からも打ち込んでから地面、下から上に向けて爆炎を噴き上げてやる。
けれど、草壁は全ての攻撃を敏感に察知しながらバリアを展開して、華麗に防いでしまう。
――ジャックは先輩のバリアを砕いていた。絶対無敵の防御力じゃないはず。
冷静に分析しながら、秋雨は彼女のアドバイス通り【工夫】する。
「なら、噴火力と爆発力に位置エネルギー、落下スピードも加えたらどうですか?」
秋雨はカカトからのヴォルスターで、空高く飛び上がった。
「ほぉ、なかなかの高度だね」
感心する草壁の視線を受けながら、秋雨はさらに高度を上げていく。
「よし、この高さから落ちれば、ん?」
視力を強化した視界の端、草壁家の塀の外に、見知った顔を見つけた。
今まで秋雨をいじめてきた男子、内込庄司が、挙動不審な様子でウロチョロしているかと思うと、こちらを見上げて驚いている。
――あいつの家が先輩の近所? なわけないよな。
「先輩、ちょっと」
「?」
草壁に断りを入れてから、秋雨は外に向かって降下体勢に入った。
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