第2話 襲われるイキり陽キャ
本屋に寄るという草壁と別れた後も、秋雨の足取りはふわふわと軽く、気分は軽かった。
「生徒会長、いい人だったなぁ……」
今までロクな出会いがなかった秋雨にとって、草壁守里との出会いはまさに奇跡だった。
チンパンジーレベルの倫理観しかない生徒がいる一方で、彼女のような聖女もいる。
十人十色、千差万別。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
――このまま仲良くなれたらなぁ。彼氏は釣り合わないと思うけど仲のいい友達ぐらいは、期待してもいいよな。
そうやって秋雨が胸を高鳴らせていると、前方のゲーセンの出入り口が開いた。
「おい庄司、今日これからどうする?」
「明日になんねーと金入んねーし、誰か奢ってくれる奴でも呼ぼうぜ」
――げっ、
秋雨は思わず顔をしかめた。
取り巻きたちと出てきたのは、くだんのチンパンジーだった。
小学校時代から秋雨をいじめている男子生徒だ。
ステレオタイプの戦闘系能力生徒で、魔術の強さイコール偉さだと思っている。
昔から自分に媚びを売らない生徒を暴力で従わせて、今では唯一媚びを売らない秋雨をイジメるのが日課の犯罪者である。
――なんでよりもによってあいつが。
せっかくの気分が台無しだと、秋雨は気分を害した。
絡まれる前に逃げようと、秋雨は背を向けようとするも遅かった。
コンマ一秒先に、内込は首を回して、吊り上がった眼がこちらを捉えた。
獲物を見つけた捕食者のように、内込は嗜虐的な笑みを浮かべて大股になる。
「誰かと思ったら浮雲じゃんか。いいところで会ったな」
「昨日の流星群、あいついたっけ?」
「いるわけねぇだろ。ボッチのハブられなんだから」
「マジウケるわぁ」
――最悪のタイミングだよ。
金の無心でもされるのかと秋雨は覚悟した。
今日は昼休みの終わりに攻撃魔術のマトにされ済みだ。
暴力を振るわれる可能性は低いだろう。
――商店街は他人の目がある。たぶんどっかに連れ込むんだろうな。
人の目を避ける以上、内込にもバレるとマズイこと、悪いこと、という認識はあるのだろう。
なら何故、悪いことをするのか。わざわざヒーローではなくヒーローに倒される悪役になるのか。
どうしてこんな連中がいるのか。
ぐちゃぐちゃと秋雨が考えながら、都合よく巡回中の警察官が来ないかなと周囲を見回すと、ソレが目に入った。
――なんだ、あれ?
下卑た笑みを浮かべながら近づいてくる内込とその取り巻き立ち。
彼らの背後数メートルの空間に亀裂が入る。
まるでそこに壁があるように、撮影用のかきわりを破くようにして、亀裂をかきわけて黒いマネキンのような人が這い出してきた。
「おいテメェどこ見てんだよ!?」
「いや、あれ」
「あん?」
内込たちは振り返るや否や噴き出した。
「ぎゃはは! なんだあいつ、全身タイツとかどういう格好だよ!?」
「でもなんか様子変じゃね? 誰かの魔法で召喚された使い魔的なのじゃね?」
「あー、そういう奴いるよな。命令通りに動く何かを構築する、みたいな」
「便利だなぁ。俺もどうせならそういう適性が良かったぜ」
取り巻きの推理に、秋雨も納得した。
黒い人からは、息遣いのようなものがなかった。
一切の感情、雰囲気、のようなものがなく、ロボットがリモコンで動いているようにしか感じない。
無感動に歩いてくるマネキンに、取り巻きの一人が対峙した。
「おい、用があるならこんな代理じゃなくて直接来いよ。それとも、ビビッてんのか? あ?」
取り巻きがスタンガンのように電撃をまとった拳を掲げると、黒い両手が取り巻きの頭を左右からつかんで回してゴキリと音がした。
「…………は?」
その声は誰かの、あるいは秋雨の口から洩れ出た。
取り巻きの一人がコンクリートに力無く倒れ込み、無防備に頭を打ち付けても無反応だったのが、彼の死をなまなましく物語った。
「な、なんだテメェ! がッ!?」
もう一人の取り巻き男子が怒鳴ると、黒いマネキンは彼の顔面をわしづかんだ。
途端に、男子が悲鳴を上げた。
――あいつ、何をやっているんだ?
それでようやく、商店街を歩く人たちもただ事ではないと気づいたらしい。
逃げる人、警察に通報する人、あるいはこんな状況でも図太くスマホで撮影をし始める人。
秋雨も、これが異常事態であることを察して、取るべき行動に迷った。
「がぁああああああやめっ、やめろぉおおおおお!」
――あいつ、魔力を吸い取っているのか!?
才能のある人は、魔力の流れ、大きさを肌で感じ取ることができる。
二人のことを注意深く観察していた秋雨は、男子の魔力が根こそぎ奪われていることに気づいた。
人は魔力を限界まで消耗すると回復するまでは魔術を使えなくなる。
そして限界を超えると廃人となり、完全に消滅すると死ぬ。
マネキンが手を離すと、男子は最初の男子同様、コンクリートに力無く倒れ込み、無謀に頭を打ち付けても無反応だった。
死んだ。
こんなにもあっさりと、二人の男子が死んだ。
その事実に秋雨は呼吸と胸の鼓動を乱しながら狼狽えた。
夢ではない。
こんなリアルな夢はない。
背中をびっしりと覆う冷たい汗が、濡れる靴の感触が、頬を撫でる空気の温度が、これは現実だと教えてくる。
テロだ。
これはテロなのだ。
おそらく、使い魔系魔術使いが引き起こした無差別テロ。
自分は、その現場に居合わせてしまったのだ。
「フザケんじゃねぇぞゴルァ!」
内込は右手を前に突き出して魔術を発動させた。
彼の適性は打撃力を飛ばすこと。
「――」
透明人間に殴られたように、マネキンの頭がガクンと後ろに揺れた。
学校で秋雨に打ち込んだものよりもずっと強力に見える一撃に、だがマネキンはたじろいだだけだった。
「――――」
反らした上体を無感動に跳ね起こすと、マネキンはぎょっとする内込との距離を詰めて鋭く腕を伸ばした。
「ッッ!?」
元から運動神経のいいこともあり、内込は体をひねって避けた。
けれど、もう片方の腕で胸板を地面に叩き落とされてしまう。
「げはッ!」
仰向けに倒れた内込みのみぞおちに、黒いカカトが深くえぐり込まれた。
そうして、魔力を吸い始めた。
「た、助けてくれぇ!」
手足をバタつかせながら、内込は情けない表情で最後の取り巻きに手を伸ばして助けを求めた。
だが、完全に腰の引けた取り巻きは二歩三歩と後ずさると、内込を見捨てて一目散に逃げ出した。
「逃げるな! おい! 待てよ! おい!」
仲間に見捨てられるいじめっこは惨めなものだと、秋雨は同情した。
けれど、悪党の友情など所詮こんなもんだろうと納得もした。
被害者の自分ならなおさらだと、秋雨は内込と目が合ってからすぐに踵を返した。
「おいテメェ何逃げてんだよ!? 殺すぞ浮雲! 状況分かってんのか!?」
――勝手に言ってろ。自業自得だ。
今の今まで傍若無人に振舞い、自己顕示欲を満たすために他人の心と体を傷つけ踏みにじり続けた悪党の末路だと、秋雨は内込を見捨てた。
「おい! おい待てよ! 助けろよ! 待て待て待て! ほんと、ほんとヤバイってこれ! 悪かったよ! オレが悪かったから! お願いします!」
内込は泣き叫びながらあっさりと謝罪し媚びながら哀願してきた。
――ふざけるなよ。今まで散々俺のことをいじめておきながら自分が困ったら助けてかよ。どんだけ都合がいいんだよ。俺だってお前にイジメられた時、助けて欲しかったんだぞ。
内込にイジメられた時の気持ちを思い出す。
辛くて、苦しくて、怖くて、惨めで、どうしようもない悲しかった。
なのに誰も助けてくれないことに絶望して、世の中に救いはないのだという最低な人生観が構築された。
だから秋雨はヒーローに憧れた。
こんな想いを誰にもして欲しくなくて、救いを求める全ての人を救う正義の味方になりたかった。
――………………。
「イヤだぁあああああああああああああ! 助けてぇええええええええええええええええええええええ!」
――ッッッッ……ッ!
秋雨の熱拳が漆黒の顔面に叩き込まれ、業火が唸りを上げた。
耳をつんざく爆轟の衝撃波が商店街のガラス窓にヒビを入れ、紅蓮の爆炎が熱波となり路上を駆け抜けた。
頬を炙る熱気に、内込は呆気に取られていた。
「おまえ……それ……は? お前それ、何だよ!?」
「あー、俺の魔術適正、ものを温めることって言っていたよな。あれは嘘だ」
苛立ちと葛藤を押し殺した声を漏らすと、内込が空を指さした。
「う、上!」
すぐ隣の店の屋根から、数体のマネキンがこちらを見下ろしていた。
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