第4話王の饗宴
見よ。今、命をかけて川を上っている鮭たちの群れがいる。産卵の時期を迎えた脂がとてもよく乗った鮭たちである。
今、脇の草むらからぬっと大きな影が現れた。腹を空かせた大きな茶色い熊。その腕には王冠の模様が刻まれているではないか。
彼こそ、熊の王。キンググリズリーであった。その姿は、かつて激弱悪魔と呼ばれた1体の悪魔が転生を経て手に入れた王たる力。
その鋭い眼が1匹の鮭を捉えた。瞬間、キンググリズリーはその巨体を川の中へ躍らせた。そして、右手に持つ鋭い爪を空気を切り裂き大きく振りかぶる。同時に水から1匹の鮭が飛び上がった。
熊と鮭の鋭い眼光が火花を散らす。狩るか、狩られるか。
熊の爪が、今まさに鮭の腹を抉ろうとした瞬間、足元を大きな衝撃が襲った。王たる熊らしからぬ落ち度であった。体勢を崩された熊は咆哮をあげながら川の中に倒れ伏した。
牙をギリギリと音が出そうなほど噛み締めながら、熊は横を泳ぎ去っていく難を逃れた鮭を見逃すしかなかった。
そんな熊の王に背後から声がかけられた。
「爪が甘いぜ」
「くっそ」
一回りも二回りも大きい鮭。その尾びれにはキンググリズリーと同様に王冠の模様が刻まれている。
彼もキンググリズリーと同様に転生した元・激弱悪魔であった。キングサーモン。熊に勝てる鮭など、彼以外には考えられない。
そして、その脂の乗りも並みではないのだ。
ゴクリ、とキンググリズリーが喉を鳴らす。
熊の王は自らの誇りにかけて誓うのである。
いつか必ず、その腹を引き裂いてやるぞ。と。
様々な種族に転生し、尚且つ王として生を受けた元・激弱悪魔たち。
キンググリズリー、キングサーモン、キングクラブ、キングタイガー、キングホーク、などなど。彼らは各々の支配する領地を護り、争いを鎮めてきた。悪魔であった頃の力を失っても尚、有り余る程の種族が持つ特化した性質、能力。それらは全く個性を見出だすことのできなかった転生前とは違い、彼らを「個」として確立させた。
俺は俺。お前はお前。あれはあれ。それはそれ。種族が違うのだから違って当たり前。違うが、それを言い訳に強弱を決めつけるべきではないのでなないだろうか。
彼らは王となった。
王となり、その種族の頂点に立つことで他種族を侵略しないという取り決めを交わしたのである。
熊は鮭を食べる。鮭は熊に食べられる。そうしなければ生き物として生存していけない。
だが、友になってはいけないということではない。
熊が困っていれば鮭も助けるし、鮭が困っていれば熊も助ける。
鮭と熊が困っていたら鷹が手伝い虎が力を貸す。
魔界はそんな世界となったのである。
全ては、サタンというくだらない上司の下で馬車馬のごとく命が尽きるまで働かされた悪魔たちの絆であった。
自分達は下の者の、部下であるものの気持ちがよく解る。だからこそ、上司がどうあるべきか解る。
自分は王だ。民を傷つけて何になる。
あいつは王だ。あいつも王だ。かつて隣で生気のない目で肩を抱き合い、頑張れ、頑張ろうと励まし合った同僚だ。苦労も、抱えているものも、理解し合える同志だ。
自分は王だ。自分達は王だ。世界をおさめなければならない。
より良い国に。より良い世界に。
今日も頑張って、素晴らしい魔界にしていきましょう!
王として。王だからこそ。
激弱悪魔という前世から、王へと転生したその身だからこそ解ることがあるのではないだろうか。
彼ら王は手を、あるものはヒレや翼を、取り合い魔界を変えていったのである。
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