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Rinora

01話.[勉強がしたい!]

「あ、おい、またやってないじゃないか」


 突っ伏していたら前に人が来たことがわかった。


「南波、たまには真面目にやろうぜ?」

「……永峰くんがやっておいて」


 放課後になったら部活動組以外は帰るだけなのにどうしてかこうして残されることが多かった、なんか不安だとか言っていたけどなんでだろう。

 とにかくこの永峰くん、永峰仁志ひとしくんはお節介焼きだった。


「ほら、教えてやるから」

「別にテスト週間というわけでもないのによくない?」

「よくない、いまからやっておかないと南波の学力がやばい」


 失礼な、そこまで不安なところはない。

 その証拠に、現在高校2年生だけど赤点を取ったことはなかった。

 それどころか聞かれたら教えられたりもする。

 なのに永峰くんの顔は真顔だった、冗談とかそもそも言わないけど。

 こうなったら逃げられないからとりあえずやる。

 なんでもそう、不満があっても従っておいた方がいい。

 赤点を取らずに済んでいるのは彼のおかげでもあるからだ。


「そうだ、南波は真面目にやればできるんだから頑張ろうぜ」

「うん、じゃあそうする」

「おう。さて、俺はもっとやばそうな奴のところに行ってくるかな」


 こちらは急いで帰っても仕方がないから時間つぶし。

 ちなみにこの学校、女の子がひとりもいない。

 だから格好いい子なんかは影で彼女を作ったりしている。

 先生も同性だからか襲ったりしないようにな、ぐらいしか言わない。

 なので、いくら永峰くんがここで頑張っても意味はないわけだ。


「だからさ、ここはこうだって!」

「えー、もうちょっとわかりやすく説明しろよ!」

「さっきから丁寧にわかりやすく言っているだろ! 栗原もわかったって言っただろうが!」


 栗原文一ぶんいちくんはよく永峰くんに迷惑をかけている。

 そのため、帰り道にこれを言ったりすると、


「いや、南波も同じようなものだからな?」


 と、言われるまでがワンセットだった。

 何故か彼の中では自分も同類にカウントされてしまっているのだ。


「それは心外なんですが」

「だったら注意される前にやってくれ」

「大体、永峰くんがみんなにお世話をしてなにかメリットがあるわけ?」

「ある、自分が教えて相手が理解できて嬉しそうにしてくれていたらこっちも嬉しいからな、単純に教える立場として自分がしっかり――」


 赤点を取らないぐらいにと適当にやっている自分にはわからない次元の話だった、それでも困ったことはないから別にいいのかな?


「まー、あんまり無理しないようにね」

「しないよ、それで自分のことが疎かになったら本末転倒だしな」

「うん、それならいいけど」


 途中で別れて続きを歩いていく。


しずか

「あ、ゆき姉」


 いつも帰ってくるのが遅いのに今日は早かった。

 姉弟なのにわざわざ別々に帰る意味もないから一緒に帰る。


「女子校ってどう?」

「どうと言われても、女の子だけしかいない以外は変わらないわよ」

「そーなんだ」


 どっちも偏りが激しいから混ぜても問題はないと思う。

 いや、どちらかと言えば女の子が学校にいてほしかった。

 なんか気づいたらここを志望することになってて、気づいたらここに何故か受かっていたという形になる人間としてはいますぐにでも中学生時代に戻ってやり直したい。


「静?」

「あ、入るよ」


 家の中はお節介焼きの永峰くんがいないからいい。

 適当にお菓子を食べたりゴロゴロしていたら部屋に現れて驚いたけど。


「雪さんに呼ばれた」

「それならなんで俺の部屋に?」

「いや、南波に勉強を教えるよう雪さんに呼ばれた、が正しいな」


 ゆ、雪姉からしても不安だと言いたいの?

 こっちは学校を休まずに通っているし、授業中は静かだし、休み時間でも騒いだりしないし、提出物だってちゃんと提出しているのに。


「でも、ちゃんと相手をしてくれるところは好きだよ」

「ちゃんと相手をしておかないと南波はやる気を出さないからな」


 失礼な、突っ伏していることで無駄に体力を消費しないように省エネモードでいるだけ。

 俺だって真面目にやらなければならないときはきちんとやる、その証拠に授業中は寝たことなんてないんだ。


「ほら、早くやるぞ」

「うん」


 ふたり分ぐらいの範囲があるテーブルを挟んで勉強開始。

 とはいえ、何回も聞いたりするわけではないから基本無言だ。

 わからないところがあったら聞いて、やるの繰り返し。

 その間、彼も自分のことに集中しているから良かった。

 だってこっちが勉強をしているときに携帯をいじられたり、本を読んでいたり、ゲームをされたりなんかしたくないでしょ?

 ただ真面目なだけかもしれないけど、こちらのやる気をどう削がないようにするかを考えてくれている気がしていい。


「そういえば永峰くんはよく栗原くんにも教えているよね」

「まあな、あいつの方が本当にやばいからな」

「それなら栗原くんのところに行ってあげなよ」


 やる気があっても30分ぐらいしか続かないのだ。

 そして冷静になると駄目になる、放課後だってやったというのにまたやらされているのはおかしいと。


「あいつは放課後にやらせたうえに家でやったりはしない」

「それは俺もそうなんだけど……」


 当然のように言うことを聞いてくれなかった。




 何故か栗原くんと一緒にいた。

 正直に言って逃げ出したい、俺はこの人が苦手だから。


「おい南波! 仁志はどうした!」

「し、知らないよ、永峰くんは困っている人を見つけたら放っておけない人だからね」


 関わりたくないから省エネモードに移行しておく。

 そうしたら永峰くんが来たのか栗原くんが向こうへ移動していった。

 何故見ていないのにわかるのかは大声を出していたから。


「おい仁志っ、今日こそ俺に付き合ってもらうからな!」

「了解、それでどこを教えればいいんだ?」

「勉強じゃない! 真面目にやったらバッティングセンターに行くという約束だろ! んで、実際に俺は真面目にやった!」


 ……バッティングセンターになんて自分ひとりで行けばいいのに。

 どれだけ永峰くんのことが好きなんだろうか。


「よし、それなら今日行こう」

「よっしゃ――」

「勉強をしてからな」

「だと思ったからもう広げてるよ!」


 なるほど、勉強をやるかわりにどこかに連れて行ってもらうのか。

 なかなかひとりじゃ行けないところに……ひとりじゃ行けないところってどこだろうか? 用があったらふらりと寄れる人間だからなあ。


「仁志、ここは?」

「はぁ……ずっと教えているのになんでだ」

「仁志ー」

「だからこうしてだな……」

「ま、わかっていたけどな!」


 うん、この人よりはマシだということがわかった。

 って、なんで放課後になってもまだ残っているんだろう。

 今日は一緒に帰れないってわかっているのに、帰ろうか。


「ちょっと待て南波」

「うん?」


 なんか嫌な予感がする。


「南波もたまには運動をした方がいい、だから一緒に行こう」


 え……野球経験なんてないんだけど。

 下手をしたら速いボールが腕や胴体や足に当たって怪我したり……。

 はっ! もしかしたらそれを狙って誘っているのでは!?

 けど、約20分後ぐらいにはそこにいた。


「ひぃっ、速すぎ!?」

「はははっ、だせえな南波!」

「わ、笑ってやるな栗原、南波だって真面目にや、ってるんだからよ」


 そういう笑い方が1番こちらの心を傷つけるんだけど……。


「次は栗原な、俺は130キロのところに行ってくる」

「わかったっ、それならそれで勝負だ!」

「いいぞ、元野球部の俺が負けるとは思わないがな」


 こちらはこのベンチで休んでおこう。

 ただボールを打ち返すだけでお金を使わなければならないシステムはおかしいと思う。

 永峰くんも元野球部なら普通に投げてあげれば無料で済んでいいのではとしか考えられない。


「よっしゃあ! 俺の勝ち!」

「ふっ、それじゃあ勝ったご褒美に勉強を教えてやろう!」

「え゛……」


 彼にとっては無敵すぎる。

 なにをどうしても勉強へ持っていけるんだから。

 それもある程度発散させておくことで集中力も高まると。


「言うことは聞いただろ? バッティングセンターで楽しめたよな?」

「はい……あなたの言う通りです」

「よし、帰ろう!」


 いつだって彼が勝者になるようになっている。

 だから俺たちが真面目にやるのも、文句を言うのも、なんでも彼が計算した通りになっているだけなのかもしれない。


「南波は弱っちいな」

「あんまり得意じゃなくて……」

「俺は勉強より運動の方が得意だからなー」


 それは見ていればわかる。

 彼はじっとしているのが苦手そうだから。


「でも、仁志が教えてくれるおかげでやる気が出るんだよなって」

「うん、ひとりだとどうしても最低限しかやらなくなるしね」

「そうそう!」


 永峰くん的には30以内を狙ってほしいらしい。

 ただ、どう頑張っても40位ぐらいしか取れないから困る。

 なかなか難しいんだ、己の頭が悪いのではなくみんなの学力が高いだけ。


「けど、南波を見ていると不安になるんだよなー」

「なんで?」

「だってお前、絡まれたら抵抗できずにボコボコにされそうだろ?」


 人に絡まれるということがこれまで全くなかった。

 基本的に時間さえあれば永峰くんに勉強を教えられている身だから?

 それともこれが絡まれていると言うんだろうか?


「ま、もし見つけたら俺が代わりにやっつけてやるよ!」

「ぼ、暴力は駄目でしょ」

「それなら南波も強くなればいい、そのための作戦を考えなければならないから今日はもう帰るわ! それじゃあな!」


 確かにある程度強くなれば永峰くんに従うばかりの毎日は終わる……か?


「南波が強くなるイメージが湧かないな」

「俺は強くなるよ! 永峰くんに負けないように!」

「そうか! それなら勉強を頑張ろうぜ!」


 あれ……? なんか勉強で勝負みたいなことになっているぞ。

 ちなみに彼は学年で2位の実力、勝てるわけがない。

 もし勝てたら隕石が降ってきて地球が壊滅すると思う。


「今日は俺の家でやろうぜ!」

「はい……あなたの家でやります」


 まあでも、上を目指そうとするのは必要だろう。

 そうすれば雪姉からも不安そうな顔で見られなくて済むからいい。

 それでも休憩とかもらえなくなったら栗原くんに守ってもらおうと決めた。




 今日も栗原くんは落ち着きない感じだった。


「静はどういう鍛え方がいいんだー?」

「厳しいのはちょっとね……」


 既存の筋肉を壊すというだけでも筋トレは怖い。

 それを治す過程で強くなるということはわかっているけど、その間は凄く痛い思いをするってわかっている、なんならいまバッティングセンターで無理させられたせいで筋肉痛だし。


「腕立て伏せ、何回できるんだ?」

「1回かも」

「え……それじゃあ腹筋とかも期待できないよな……」


 ある程度の筋力は人間に備わっているんだから問題ない。

 きちんと前にふらふらせずに歩けるなら支障もないだろう。


「静! これはお前のためなんだぞっ」

「なんだっけ、ぷ、プラクン……だっけ?」

「あ、プランクか、あれは全身の筋肉を鍛えられるからいいかもな」


 実際にやることになってしてみた結果、


「む、無理無理っ、このまま維持とか無理だから!」


 5秒ぐらいで体勢が崩れた。

 正しくないフォームでやったり、初心者が無理してやろうとしたら逆効果になってしまうことぐらいは俺でも知っている。


「頑張れ静、1回はたった30秒でいいんだ」

「そう言われても……」


 というか、なんで俺は苦手なはずの栗原くんといるんだろう。

 流石に永峰くんだってここまでは言ってこなかったのに。


「しょうがない、じゃあちょっと尻を上げてもいいから」

「こ、こう?」

「そうだ、慣れてきたら平行に戻せばいい」


 先程のあれよりは辛さも減った気がする。

 それでもただ生活しているのとは違って辛いけど。

 汗だってかいてくるし、息もなんか吸いづらいし。


「あ、腹筋を膨らませておけよ?」

「もう無理っ……」

「情けねえなあ……」


 ただ姿勢の維持だって大変なのに力を入れるとか……。

 優しいような優しくないような、それとも自分が弱すぎるだけ?


「なにをやっているんだ?」

「静を鍛えようと思ったんだ」

「いきなり30秒は無理だろ。5秒からでもいいから、本人が自分でもできるんだって思えながらじゃないと駄目だ」

「5秒とか甘すぎだ」

「寧ろ無理してやらせると怪我にも繋がる、段々と増やしていけ」


 ……鍛えることは確定なのか。

 永峰くんの中では学力で戦うという話になっているはずなのに。


「それより南波、それが終わったら勉強だからな」

「勉強がしたい!」

「おぉ、そうかそうか、なんたって俺に勝つつもりなんだからな!」

「そ、そうだよっ、俺は永峰くんに勝つ!」


 それでも栗原くんがこちらのことを考えてしてくれていたことを割とすぐに知る。


「く、栗原くん……」

「知らねえ、お前は裏切ったからな」

「そ、そんな……」


 いつまでも解放されない。

 もう19時を越えているのに帰ろうとしない。

 少しでも集中していないところを見せれば地獄の時間追加だ。


「静、あんまり無理すんな」

「うん……これなら体を鍛えた方がマシだったよ」


 頭を使いすぎると後はただ疲れるだけ。

 けど、先程のプランクをやった後はなんかすっきりとしていた。

 なのに俺は解放されたいがために裏切ってしまったことになる。


「ごめん」

「いや、少しずつ時間を伸ばしていこう」

「うん」


 にしても、同じようなことを口にしていた永峰くんがあそこまで暴走するなんて思わなかったんだ。

 もしかして努力すれば自分に勝てると思われているのが嫌なのかな?

 元々勝てるだなんて考えてはない。

 彼に勝てるのは学年1位の人だけで、それは俺じゃない。

 それでもある程度は頑張らないと。

 雪姉にも不安そうな顔をされたら困るから。


「それじゃあな」

「じゃあね」


 ちなみに真面目な永峰くんはまだ居残り中だった。

 これで今日は家にまで突撃してこなさそうだから安心できる。

 でも、教えてもらったプランクも、勉強もちゃんとやっておいた。

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