5:臨時休業作戦

 夏の盛りを祝う――さすがは北地方、中央近辺よりはずっと涼しいが――盛夏祭の時期の忙しさと言ったらなかった。宿は毎日ほぼ満室、働いても働いても仕事は尽きない。この恐ろしいまでの多忙さを、これまで一人で乗り切ってきたノタナが超人に思えるほどだった。これでも白女神祭の時期よりはまだ空いている方だというのだから驚きだ。


 セトがノタナの不調に気づいたのは、その盛夏祭から五日ほど経って繁盛期が一段落してからのことだった。動きが普段よりも緩慢なのだ。翌日、予感は確信に変わった。明らかに顔色が悪い。それでも休まずノタナはいつものように早起きし、宿泊客たちに朝食を振舞い終えた。このまま今日も新しい客を迎え、一日働き尽くすつもりだろう。


「おかしいねぇ、客の一人も来やしない。もうすぐ昼だってのに」


「ノタナさん、今日は宿休みにしたらどうだ?」


 心配だから休めと、そう言えばノタナは微笑んで聞き入れただろう。分かっていたが、どうにも素直に言葉にすることはできない。だからセトは先にそのための手段を講じることに決めた。準備を残らずやり終えてしまってから、ノタナに持ちかける。


「休みが欲しいのかい? あんたはよく働いてくれてるからね、今日一日くらいは構わないよ。休むといい」


「休みが必要なのは、オレじゃなくてノタナさんの方だと思うけど。熱でもあるんじゃないか?」


「そういえば少しばかり身体が重いような気はするね」


 こめかみを押さえて火照った顔で答える様子は、どう見ても「少しばかり」という水準に納まるようには見えない。やはり先に動いておいてよかったとセトは思う。


「倉庫から長い間使ってそうになかった本日休業の立て看板出しておいたから、今日は客も来ないはずだし、残ってるのは隅の部屋に泊まってる一組だけだろ? 昼前までって話だったし、オレが追い出しとく。ノタナさんももう若くないんだから、調子の悪い時くらい寝てろって」


 早口で言い終えると、ノタナはそっとほんのり苦みを帯びた微笑を浮かべた。子供に気を遣わせて悪いと思っているらしい。


「一言余計だよ。だけど……そうだね、あんたの言う通り今日くらい休ませてもらおうか。まったく、よく気が付いたね。それにその手回しのよさ……あんたには本当に商才がありそうだよ」


「ノタナさんは色々強引だからな。これくらいしないと休まないと思ってさ。……はい、これ」


 続いて、先ほど仕事の合間に大急ぎで調達した紙袋を差し出す。他人を心配して他人のために動く――我ながら照れくさくて、半ば押し付けるような形になった。


「なんだい?」


「昼飯と風邪薬。先に言っておくけど、盗んでないからな。この間取っておけって言われた小麦粉代で――」


 驚いてから、ノタナは再び微笑んだ。今度は温かい優しさの染み渡った、なんだか懐かしいような微笑みだ。


「いちいち説明しなくても、疑っちゃいないよ、セト。……あんたは本当に優しい子だね。ありがとう」


 頭を撫でられる。こそばゆくて、そしてやはり照れくさくて、「寝てろよ」とぶっきら棒な返事を残し、セトは逃げるようにして仕事に戻った。

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