パンドラの箱に星を集める
一初ゆずこ
希海
流星群の夜に、祈りの丘で願いごとを唱えたら、神様が叶えてくれるという言い伝えがある。強い祈りの言葉だけが、星空の海を超えて、神様に聞き届けられるのだ。
――なんて、心から信じているわけじゃないけれど。
マフラーを巻き直した
この世界では制服なんて、ただ様式美を守っているだけの、無意味なものかもしれない。けれど退廃に抗う戦闘服みたいで、希海は結構気に入っている。幼馴染に言わせれば、「私服通学は面倒だから有難い」とのことなので、感じ方は人それぞれだ。
駅前の時計台を見ると、時刻は二十三時の五分前を指している。麻の肩掛けバッグには、ホットココアの缶を二つと、卵のサンドイッチを準備した。後は、相手の到着を待つだけだ。頭上の流れ星を五つ、六つと見送った時、舗道から足音が聞こえてきた。
「
ぱっと振り返った希海は、思い切り眉根を寄せた。
「
「そこまで嫌そうな顔をすることないだろ。失礼な奴だな」
「なんで、あんたも制服なの? 今が何時だと思ってるのよ」
「お前が逃げるからだろ。こんな時間まで探してやった幼馴染に、ひでぇ言い草だな」
「ひどいのはどっちよ。おかげで、着替えも満足にできなかったんだから!」
「希海」
急に真面目な声で呼ばれて、希海はどきりとする。
「学校でも言ったけど、祈りの丘に真生と二人で行くのは、よせ」
「やだ。一年ぶりの流星群だもん。真生に……聞いてほしいこともあるし」
精一杯の勇気を込めて、希海は言った。二月の寒さで凍えた頬に、緩い熱が巡っていく。だが、そんな覚悟や情緒を汲んでくれるほど、希海の幼馴染は細やかな神経をしていない。腕組みをした漣は、不遜な声音で言ってのけた。
「希海がそこまで失恋したいなら、もう止めねえよ。さくっと振られて帰ってこい」
「ちょっと、どうして失恋前提なの!」
「だって、希海と真生って合わねえだろ。全然」
「何が?」
「価値観が」
頬が、カッと熱を持った。さっきとは名前の違う感情の火照りを振り切るように「それでも、私は」と希海は啖呵を切りかけて、黙った。
漣の後ろから、歩いてくる痩躯が見えたからだ。
漣も気づき、「よお」と片手を挙げて挨拶し、へらりと笑う。濃い灰色のコートを着た少年を、希海はぽつりと呼んだ。
「真生……」
「漣も来てたんだ。星は、三人で見に行くんだね」
「俺は行かねえよ。ただの見送り」
漣は希海のバッグをひょいと奪うと、「あっ、こら!」と叫んだ希海に構わず、ココアの缶を一つ抜き取った。取り返そうと伸ばした手にバッグを押し付けた漣は、「ほら、行った行った」とだるそうに言って、枯葉が載ったベンチに座り、缶のプルトップを開けている。その蛮行を見守っていた真生が、苦笑いで「希海、行こうか」と言った。
「できるだけ早く帰ってくるよ。漣に心配かけないようにね」
真生の言葉に、漣は返事をしなかった。「うめぇな、これ」と呟いて、ココアの缶を見つめている。希海はいよいよ腹が立ってきたので、野蛮な幼馴染に背中を向けて、先に舗道を歩き始めた。真生が、隣に追いついてくる。
「希海。流星群は一年ぶりだね」
落ち着いた響きの低い声が、ささくれだった心にふわりと寄り添う。漣と違って短く整えられた黒髪と、青いマフラーが夜風に靡いた。希海よりも頭一つ分高いところにある表情は、何だか思い詰めているように見えた。
「そうだね」
相槌を打つ間にも、流れ星はきらきらと零したビーズのように落ちていく。怖いくらいに
この町は、どこもこんな有様だ。さっき漣に言いかけた文句を、希海は頭の中で反芻する。――それでも、私は。
一度は滅びかけたこの世界で、真生に想いを伝えないまま、生きていくのは嫌だ、と。
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