第6話 風呂場でご主人さまと僕に囁いている 6
「そう言えば……。なんでこの平々凡々な男が、宇宙人と翻訳機なしで話せていたわけ? それも魔法?」
美也子は銀河を突っつきながら、ディディに質問しました。
「うーむ……。銀河はん、ちょっと頭を調べていいでやんすか?」
「ん? どうやって調べるの?」
「ナノマシンを使った検査やんすから、痛みもなんも無いでやんすよ」
「なら、かまわないけど……」
ディディは何事かをつぶやくと、自分の体から小さな緑色の粒子を、無数に飛ばしました。
その光の粒子がフワフワと銀河の両耳へと向かい、二人の間に、緑色の道がつながります。
つながった緑色の道の間を、白い光が忙しく行き交っていました。
しばらくすると白い光は消え、緑色の道も消えました。
道が消えた瞬間。ディディは大きく両目を見開きました。重要な発見をした博士のように。
「こっ、これは……!」
「どうしたの?」
「……テレパシー能力! ここの現地人にこの能力が備わっているとは……!」
「てれぱしー?」
ディディは、何事かを考えるような顔で銀河を見ました。
彼女でもわからないことがあるようです。
「要は、言葉を使わなくても話し合える能力でやんす。この種のテレパシーは、主にザウエニアやリブリティアなどの高級種族が持っているという能力でやんすね」
「テレパシー、ねえ……」
「このテレパシーを、臭いで表現する人種もいるでやんすね」
「フェロモンみたいなものねー」
「フェロモン?」
「動物や昆虫等が持つ、オスがメスを引きつける臭いのことよ。銀河がフェロモン持ちだったなんてねー」
美也子達の会話を聞きながら、銀河はうんうん、とうなずきました。
(モテる原因はこれだったのかな?)
そう納得した銀河のそばで、美也子達は会話を続けます。
「なんでこいつが、そういう能力を使えるようになったのよ?」
「説の一つとしては、銀河はんのの遠い先祖に、あっしらのご主人様と同じ種族がいたんじゃないか、というのがありそうでやんすね。しかし、うーん……」
しかしディディは、どうにも納得できないという様子で、首をひねっています。
美也子はそれを見て、尋ねました。彼女もまた、納得できなかったからです。
「まだ何かあるの?」
「銀河はんがテレパシーが使えるようになったのは、比較的最近のようにも思えるでやんすが……」
「どういうこと?」
「脳の一部の再構築が、比較的最近行われたような痕跡があるでやんすよ」
「誰が? 一体なんのために?」
「それはわからないでやんすよ……。この程度の検査では証拠が不十分でやんす。対検査用に隠蔽されたところも見受けられるでやんすからね」
「そこら辺は謎のまま、か……」
(自分は何者かによって脳を作り替えられた。それでモテたり宇宙人とテレパシーが通じるのかな。でも、そうでないという可能性もあるというし……。自分は一体何者なのかな……?)
銀河は腕を組み、窓から外を見ました。夕暮れの静かな住宅街の景色が、広がっていました。
しかし、銀河は景色を見ず、窓ガラスに映る自分の姿に、いや、心のなかにいる誰かに向かって呼びかけました。
それは、いつの間にか頭のなかに居着いた『彼』への呼びかけでした。
(アキト、今も起きているんでしょ? 黙ってないでなにか言ってよ。君はトレアリィと関係あるんだよね? 彼女と関係なくても、さっきトレアリィ達が言っていたどこかの宇宙の国と関係あるんでしょ?)
(……)
しかし、帰ってくるのは沈黙のみ。銀河は、首を静かにうなだれました。
彼の様子を見て、美也子は猫のように目を細めました。
(──銀河が時々人が変わったようになって、高等部の女子とか小等部の子をナンパしたりして、また元に戻るのって、この異星人達が言っているテレパシーが関係しているのかしら……? まさか、銀河の頭のなかに異星人がいるとか……? ははっ、まさかね)
彼女は、頭をよぎったものを心のなかで振り落としました。
その時でした。銀河のスマホが震えました。どうやら電話の着信のようです。
「こんな時に……」
と言いながら銀河が電話に出ると、彼にとって聞き慣れた、綺麗な声が聞こえてきました。
「もしもし、天河くん?」
「あ、うん……」
その声は、銀河の彼女の一人である、天宮綾音でした。
地元の名家天宮家のお嬢様である彼女は、銀河とは親密な仲です。
しかし今はこの場にトレアリィ、さらに美也子もいます。
(なんでこんな時に綾音が……。こんな状況、知られたら修羅場確定だ)
銀河は、とりあえずその場をやり過ごそうと、声を整えて言いました。
「ちょっと今立て込んでいるんだけど……」
「わかっておりますわよ」しかし、綾音は何もかもお見通しという声で言いました。「その上で申し上げますが、これからそちらの方にお伺いいたしますわ」
「え……?」
銀河は、その言葉で衝撃を受けました。
(こっちに誰か居ることを既に知っている……? やっぱり、さっきのは……)
その時、銀河は気が付きました。スピーカーから流れる、車の走行音や鳥が鳴く音。
銀河は、綾音に矢継ぎ早に質問しました。
「今外にいる?」
「ええ」綾音は、気がついてほんとうに嬉しいというような声で答えました。「今、外でございますわ。すぐにそちらに向かいます」
「あ、ああ……」
「じゃあ天河くん〜。後で会おうね〜。じゃあね〜」
綾音が最後の挨拶を、別人のような可愛らしい声ですると、そのまま電話は切れました。
銀河は、静かにスマホを机の上に置きました。
トレアリィのコップが、汗をかいていました。
「どうしたの? 誰から?」
美也子が、猫のように目を細めながら言いました。その視線は厳しいものです。
「いや、友人から。ちょっと遊びに行かないかって誘われたんだけど、忙しいって言ったらわかったって」
「ふーん……」
彼女は、銀河の言葉を少しも信じていませんでした。
(どうせまた彼女の誰かから誘われたんでしょ? まったく、このハーレムモテ男が。またいつものこと。いつものことだけど……。なんか、悔しい)
ただ一つ、美也子はため息をつくのでした。
そんな二人の会話に、トレアリィはお菓子を食べながらちらりと顔を向け、一瞬何かを考える顔をしましたが、またさっきの楽しそうな顔に戻り、お菓子をほおばるのでした。
それから美也子は、銀河から視線を移し、テーブルの上に置いてあるトレアリィの黒い端末に目を向け、質問します。
「そういえば、そのスマホ、一体どうなってるのよ? ホログラム出せたり、メイドを呼び出せたり……」
「さっきも言ったように、最新鋭の量子コンピュータに、様々な機能がついているでやんすね」
「とにかく小さくてすごいコンピュータと考えればいいわけ?」
「あんさんがそう思うんであれば、そうでやんすけどね……」
「なんかバカにされてる気が……」
「そうでやんすかね?」
「……」
美也子の抗議をディディは見事に受け流しました。彼女は一枚も二枚も上手のようです。
「あと、これには転送能力も備わっているでやんすね。人数とかは限定されるでやんすが、結構遠距離まで転送できるでやんす」
ディディの説明を聞いた瞬間、美也子の片目が、キラリと光りました。
それはまるで獲物を見つけた猫のようでした。
「ははーん……。ねえ」
「なんでやんすか、美也子はん?」
「それで母船へ転送すればいいじゃない? みんなも心配しているし、帰ったらどう?」
「追っている相手に傍受されて、横取り転送される可能性があるやんすよ。なので、安易な転送は危険でやんす」
とディディは間髪入れずに回答します。美也子はそれを聞き、小さく舌を一つ打ちました。
そのとき、ソファの近くに立っていた銀河がお菓子を食べているトレアリィの横に座り、
「……わかった。僕がそのストーカーから守れるだけ守ってあげるよ。何ができるのかはわからないけど」
トレアリィを見つめました。その視線には優しさがあふれていました。
その時美也子は気が付きました。銀河の雰囲気が変わったことに。
(またいつもの、モテ癖が出たわね……。こういうクサイセリフを言う時は、ああいう感じになるのよね……)
それを知ってか知らずか、トレアリィの手が止まり、銀河の方を向くと目が潤みました。
「本当、ですか……?」
「うん」
「ありがとうございます、ご主人さま……」
トレアリィは銀河にすり寄りました。
彼女の姿は、まるで可愛がってもらったあとの犬のようです。
「うわ、犬みたいに銀河にすりよるな!」
「?」
「どうもあんた、犬っぽいのよねぇ……」
「犬って……。それって、ザウエニアにいるブリンク・ドッグですか? それともダイア・ドッグですか? それともハデスにいるケルベロスですか?」
その言葉に、美也子は顔をしかめました。
「ケルベロスって……? あの三つ首のでっかい犬?」
「そうですよ? あの大きな三つ首の犬です。警察犬や軍事犬としてよく使われる」
そう聞くなり、銀河と美也子は顔を見合わせました。
「あ、ああ……? トレアリィ?」
そう言いながら、銀河はソファから立ち上がり、リビングの本棚にしまってある百科事典を取りに向かいました。
「えっと、犬は……っと。あった」
大きな百科事典を開いて持ってきた銀河は、トレアリィに犬の写真を見せました。
すると彼女は嬉しそうな顔で、笑いました。
「あ、これですかー。私達の星やザウエニアにも、こういう犬は一杯いますよー。レンジャーとかドルイドの人達とかがよくペットにしていますよー」
「レンジャー? ドルイド……? なんでファンタジー……?」
美也子の疑問を打ち消すように、
「そんなあんさんがいう<ファンタジー>とやらがあっしらの現実でやんすけどね」
ディディはこれだから地球人は、という顔をしました。
その時銀河が、トレアリィの皿を見ると、彼は心底から驚いた顔を見せました。
「あ、トレアリィもうお菓子食べちゃったの!?」
見れば、お菓子の山ができていたお皿は空っぽです。
何という食べっぷりなのでしょうか。
「だってこのお菓子が美味しかったものですから……」
トレアリィは年相応の顔に満面の笑みを浮かべると、体を嬉しそうに上下に揺らしました。胸の双丘が上下にぽよん、と揺れ、頭頂部の立毛も左右に揺れます。
銀河は彼女の嬉しそうな顔に、
(お菓子を気に入ってくれてよかった)
とホッとした顔を見せると、立ち上がりました。
「お菓子を食べたところだけど、ごはん食べようか。ミャーコが夕食持ってきたしね」
満面の笑顔で、異星の姫様に告げました。
トレアリィは、餌を見つけた猫のような表情で、はい、と一つ首を振りました。
胸と髪が嬉しそうに揺れます。
すると美也子も、銀河の言葉に、昔見た景色を再び見た時のような顔をして言いました。
「そうだった。冷蔵庫に入れたままだったわね。ごはんや味噌汁も作らないと」
そして、広く小綺麗な台所へ向かうと、あれこれ料理の支度をはじめました。
炊飯器のスイッチを入れ、味噌汁を作り、持ってきたおかずや惣菜などを一通り温めたりするなどしたあとで、
「銀河—、聞きたいことがあるんだけどー?」
と銀河を呼びました。
「なに? ミャーコ?」
銀河がなんだよ、という顔で近づくと、美也子は怪訝な顔で問いかけます。
「あんた、ナチュラルに異星人と仲良くしているけど、その子人間じゃないのよ? それでもいいわけ?」
美也子の問いに、銀河は人には二本の脚があると同じだろというような顔で、
「え? そんなもの決まってるじゃない。可愛いからいいんだよ。それに、よくわからないけど、困っているらしいから助けるのは当然でしょ?」
美也子は、顔を大きくしかめました。
男らしいといえばそうなのですが、彼女からしてみれば心配で仕方がありません。
「あんた、騙されても知らないわよ……? と言うか完璧に恋愛商法に騙されてる人のそれよ、あんたの発言……?」
「騙されてもその時はその時さっ」
「どうなっても知らないけどね……。さて、ごはんにしましょうか」
美也子は表情を無理やり変え、袖をまくって食器棚に近づこうとした、その時です。
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