第5話 風呂場でご主人さまと僕に囁いている 5

「実は……。つきまとわれているんです」

「つきまとわれてる?」

 トレアリィは動かしていた手を止め、顔に影を落とし、話し始めました。

 その話は彼女にとって深刻なものでした。

「以前、イズー様という貴族が交際を迫ってきたので、断ったんです。けれどもイズー様は、その後もわたくしにつきまとってきて……」

「あちゃー……」

 彼女の言葉に、美也子は困ったわね、というような表情をしました。

 トレアリィは、話を続けます。

 その顔は個人的な問題よりも、国家的な問題を語るような表情でした。

「メールを何千通も送ってきたり。プレゼントを送ってきたり。私が住んでいる船の近くまで近づいたり……」

「ふうん……」

「そんな時、お母様達とともに来たこの星系で、わたくしは宇宙船の練習のため、わたくしとディディで小型宇宙船を操縦していたんです。そうしたら、その貴族の宇宙船が現れて、追いかけられて、仕方なく……」

「この地球に逃げてきた、というわけか」

「つまり、ストーカーというわけね……」

 美也子の言葉に、トレアリィは頭を小さく縦に振りました。

 銀河が、彼女に助けを求められた時に見せた表情と同じような顔で。

「はい、そうなんです……。美也子さま。……美也子さまも、助けていただけますか?」

「とーぜんよっ! 女の敵は、許しちゃおけないんだからっ! あたしに任せてっ!」

 美也子が、自慢気に胸を張ると、小さな山がこんもりと盛り上がります。

 そんな美也子に、銀河は小さな声で告げました。

「ミャーコ、偉そうに胸を張るなよ。もともとないんだし……」

「……なんですって?」

 銀河のツッコミに、美也子はじろりと彼の方を見ました。猫が怒ったような目で。

 彼は、慌てて視線をそらして言いました。

「いやあ、本当のことだし。エッチした時にいつも裸見てるし」

「お姫様の前でなんてこと言うのよ!!」

 美也子は、もう一度銀河の頭を叩くと、頬を大きく膨らませました。

 二人の様子を見て、トレアリィはわずかに笑顔を見せました。

 そして、その笑顔のままもう一度皿の上のお菓子に手を伸ばすと、再び食べ始めました。

 食べるたびに体が上下に揺れ、大きな2つの胸もたわみながら上下に揺れます。

頭部の頂点の髪が一本ピンと立ち、嬉しそうに左右に揺れます。

 トレアリィは何者にも代えがたいという顔で、お菓子を食べ続けました。

 その様に、部屋が暖かくなったような気がしました。

 美也子は銀河を一瞥すると、今度は異星のお姫様の方を見て、問いかけます。

「ったく……。ところで、あなた達はグライスというところからから来たらしいけど、どんな星なのよ?」

「はい。グライス星間王国は、ザウエニア星間皇国や、リブリティア帝國、ルーマー星間教国などとともに、銀河系の星々を統治する王国でございます」

「グライス? リブリティア? ザウエニア? もう、いっぺんに出てこられてもわからないわよ」

「これらの国は、アークシャードと呼ばれる惑星で生まれた我ら人類が、宇宙に進出して作った、星間国家群です。もとはシャード・フェデニアと呼ばれる星間連邦国家だったのですが、内戦の後、それぞれの民族ごとに、四大国や中小の星間国家に分裂したのです」

 トレアリィは、真剣な表情に戻ると、そう言いながら端末を指で操作しました。

 すると端末の上に、ホログラム映像の銀河系が浮かび上がります。

 それは宇宙の図鑑や本などでよく見かける、棒状型銀河の形をしていました。

 テーブルの上に浮かんだ立体的な銀河系ホログラムマップの中、太陽系とは銀河中心部を挟んで反対側のある一点が、ひときわ明るく、白く輝きます。

「この輝く点が、我らの祖が星、アークシャードです」

「君にも見える、故郷の星、ね……」

「ミャーコ、ぎりぎりのネタだぞ?」

「そうかしら?」

 さらにトレアリィが端末を操作すると、白、赤、黄、青、四色の領域と文字が、銀河系マップに重なります。

 まずトレアリィは、白の領域を指さし、

「ここがわたくし達の国、グライス星間王国です。先程も申し上げたように、本星はグライスプライム。ナノマシンなどを主体とした科学技術を主とする星間王国です」

 と言いました。

 続けてトレアリィは説明します。

 青の領域は、トレアリィ達人類の故郷、アークシャードを母星とするザウエニア星間連合皇国。皇王を中心とする様々な人種、種族、宗教などからなる皇国で、地球で例えるなら、宗教と術法が強いアメリカと言えばいいでしょう。

 黄色の領域は、シャード・フェデニア《アークシャード連邦》から分裂した国の一つ、リブリティア星間帝国。帝国と言っても、本星は連合王国で、他との構成国や植民地などによって帝国が構成されている、地球で言えばイギリスのような帝国です。

 そして最後に、赤の領域は、ルーマー星間教国。『ルーマー』とは彼の国の言葉で『救世』という意味です。この国は救世教と呼ばれる一神教を信仰しており、ザウエニアなどとは対立しています。

 そして、それらの国々の周りに、様々な色の小さな領域がいくつもあります。

「それらが、シャード・フェデニアから独立した国々なのです」

「ひとつの星から色々な国にわかれたのね」

「アークシャードは元々『神々』と『術力』、あなた方が言う、魔法が支配する世界だったのです。が、科学技術の発達や、宗教革命により、神々は、術力が集まってコンピューター的な振る舞いをしたものだと判明したのです」

「神様がいるの?」

「いるでやんすよ」

 ディディはそう答えました。その声は、当然でやんすよ。という色が含まれていました。

「まあ最近の研究でいうと、術力などが集まって生まれた人格を有する情報生命体っていうのが神格の定義のひとつでやんすね。それらが術法、あんさんらがいう魔法の発動を制御していたりするでやんすね」

「ふーん……」

「そして、グライスは術法を解析し、科学を伸ばし、平等を求め。ザウエニアとリブリティアは科学と神々と魔法を融合させ、自由を求め。ルーマーは神が虚構だと知っても、神を信じ、秩序を求めた。そしてアークシャード人は、新たな生活の地を宇宙に定めたのです。アークシャードの、宇宙大航海時代の始まりです」

「宇宙大航海時代、ねー。SFにはよくある設定だわ」

「四大国や元シャード・フェデニアは、銀河系のそれぞれ違う地域を支配しましたが、次第に他の異星人との勢力争いも始まりました」

「ふーん……」

「今現在、元シャード・フェデニア諸国家や他の異星人国家群は、銀河系の居住可能星系や、資源の多い星系を取り合う、植民地戦争グレートゲームの真っ只中なのです」

 トレアリィの言葉と共に、銀河系にさらに大中小のいくつもの色を持った領域が重なり、その上に文字が重なりました。

 それらの色と文字一つ一つが、銀河系に存在する星間国家なのです。

「ふぅん……」

 銀河が相槌を打ったところで、トレアリィの話にディディが割り込みます。

「あんさんらが住んでいるこの星系は、各星間国家の間で注目の的になっているでやんす」

「どうして?」

「まず第一に。この星系が、補給に便利な場所という理由からでやんす」

「つまり、この太陽系は休むのに適した場所というわけね」

「まあそんなもんでやんすね。第二に、それと関係あるんでやんすが……。この星は、近くにある央華帝国という星間帝国への航路上にも面しているでやんす。それで、各国はこの星に狙いをつけているでやんす」

「どうして?」

「現在、星間国家各国は、央華との戦争中でやんす。央華においてぼっ発した反星間国家諸国組織の蜂起を鎮圧するために、諸国家は軍を派遣中でやんすね」

「それって、アロー号戦争とか、太平天国の乱じゃあ……」

「なんじゃそれ?」

 美也子の漏らした言葉に、ディディは怪訝そうな顔をしました。尋問官のような顔です。

 その時、銀河は顔を美也子の右耳に近づけ、

(美也子、ディディには黙っていたほうがいい……)

(う、うん……)

 そう会話をささやき合うと、顔を元に戻し、

「ううん、なんでもない。話を続けて」

 ディディをうながしました。

「じゃあ、話を続けるでやんす。で、ここは央華に対して最適の補給点なので、各勢力はこの星の知的生命体と接触したがっていたでやんすが……」

「が?」

「接触制限がかかっているため、今の状態では不可能でやんすよ」

「「接触制限?」」

 その言葉に、二人は顔を見合わせました。授業で初めて聞く用語を聞いたような顔で。

 ディディは、首を縦に振って応じます。

「そうでやんす。ある一定以下の文明レベル、例えば、超光速航法を開発していない種族が住む惑星への降下、接触は、<協約>という条約により禁止されているでやんす」

「ふぅーん……。あたしらが一定以下のレベル、ねぇ……?」

「何怖い顔しているんですか、美也子はん?」

「いーえ、別に」

 続けてディディは、他にも<協約>はあり、例えば未文明種族への内政干渉の禁止。異なる知的生命体の住む惑星への入植禁止。上陸、入港地の法律遵守などがあると説明しました。

 そこまで説明したところで、美也子は彼女に手を上げました。先生に尋ねるように。

「はーい、三下メイド。ちょっと質問なんだけど」

「なんでやんすか、ぽっちゃり猫どの?」

「さっきの接触制限含め、あんたらものの見事にその<協約>とやらを破っていない?」

「……」

「……」

「……」

 美也子の的確なツッコミに、他の三人(なぜか銀河まで含めて)は、黙り込みました。

 見事なまでにです。

「……まあ、あのストーカーから逃げるための、避難措置というわけでやんすよ。ああいう手合いは、意外と物事を遵守するものでやんすからねえ。……遵守しすぎて、別のラインを踏み越えることは多々あるでやんすが」

「言い訳になってなーい!」

「まあ、ストーカーが去ってくれるまでの辛抱だ。我慢しろ、ミャーコ」

「ミャーコといちいち言うなっ!」

 それから美也子は、自分の両耳を撫で、不思議そうな顔をします。

 話が一段落したのを見て、トレアリィは再びお菓子に夢中になり始めました。

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