第3話 風呂場でご主人さまと僕に囁いている 3

「銀河ー。ご飯持ってきたよー……、って、ええええええ!?」

 廊下の端には、銀河と同じ年頃の、茶色のセーターと女性物のジーンズを着た少女が立っていたのです。

「な、なななな……!?」

 その少女は、赤毛にかわいい三毛猫のような顔で、体つきは比較的良い……、というかややぽっちゃりとした体型です。

 彼女は銀河の幼なじみで、猫山美也子と言います。

 美也子は、海外で共働きしている銀河の両親や、就職して家を出ている銀河の姉達に代わって、銀河のご飯を作ったり、家を掃除したりしている、世話焼きの幼なじみです。

 彼女の顔は真っ赤でした。活火山が噴火したかのように。

 一方、肩を組んだ二人は、美也子の顔を見据えていました。氷河期がそこにはありました。

「ああああんた、なにしてんのよ! また女を連れ込んだのね!?」

 銀河達に走り寄りながら、声を震わせて叫びました。

 その後に、この泥棒猫! と言わんばかりです。

「み、ミャー子……!?」

「ミャー子言うな、美・也・子!」

 銀河の顔には、恐怖と諦観が入り混じったような表情が浮かんでいました。

「面倒なのに見られた……!」

「面倒なのって何よ! 説明しなさい! この女誰よ! いつ連れ込んだのよ!?」

 美也子は、銀河を寝取られたような声で責め立てます。

 銀河は、なんとか声を絞り出し、言いました。容疑者の弁解よりははっきりした声で。

「う、宇宙人だけど……」

「……う、宇宙人!? たしかに変な格好しているけど、そんなバカなことあるわけないでしょ! さあ、どこでこの女ナンパしてきたの! 吐きなさい!!」

「ちょ、本当だって……!」

(うーん、どうすればわかってくれるんだ……?)

 やっぱり厳しく追及されて、銀河は防戦一方です。

 その時でした。二人のやりとりを見ていたトレアリィが、言葉を発しました。

「☆○◎×△〜〔本当です! わたくし、宇宙から来たんです!〕」

 突然、見知らぬ言葉で呼びかけられ、美也子は目を丸くしました。明瞭な驚きとともに。

「……えっ、何語!? 今の英語!? フランス語!? 中国語!? それともエスペランサ!?」

 エスペランサって、またマイナーな言語だな、と思いながら、銀河は美也子の質問に、言い訳をする子供のように答えました。

「宇宙語だけど……」

「宇宙語って馬鹿な話あるもんですか! ……でも、そうと言われれば、それっぽいわね?」

 美也子は考えるような顔をしました。

 そして、こう問いかけます。

「何か証拠はないの? 証拠は?」

 さらなる美也子の問いに、銀河は苦し紛れに銀髪の美少女に言いました。

「そうだ。トレアリィ、だっけ? なにか見せられる?」

〔はい、ご主人さま〕

 トレアリィは宇宙服のポケットから、黒い携帯端末を取り出しました。

 見た目は、銀河のスマートフォンと似たような感じです。

 彼女の指が画面に触れると、裏側についたレンズから光を放ち、空中で立体的な動画を形作りました。まるで魔法のように。

「……!?」

 立体動画には、青黒く染まった空に様々な色の星、星雲が輝く光景が映しだされました。

 宇宙の景色です。

 その立体動画の中の宇宙には、数個のキノコのような大きな何かが浮かんでいました。

 そしてその物体の周りに、船にも似た小さな物体が沢山浮かんでいました。大きな何かを守るような形で。

「な、なにこれ……。宇宙が広がってる……、宇宙船……?」

〔わたくし達の艦隊です。わたくし達は何隻かのステーションシップに、多数の護衛艦艇が随伴して銀河を旅するのです〕

 銀河が、その説明を訳して美也子に伝えました。その後、動画が切り替わりました。

 そこには、天井が見える大きな街と、そこに住むトレアリィに似た人々の姿がありました。

「なんかSFアニメで見たような街……」

〔これがステーションシップの中です。わたくし達はこの船で、星々を旅するのです〕

 そして、さらに立体動画が切り替わりました。

 次の動画は、地球の大都市を空から見たような風景でした。

 しかし、空中にビルが浮かんでいたり、車に似た物体が、空を飛び交ったりしています。

「地球の風景に似ているようにも見えるけど、これ地球じゃないの?」

〔これがわたくし達の惑星、グライスプライムです。ここで、わたくしは生まれました。……これで、信じていただけたでしょうか?〕

 トレアリィが携帯端末を操作すると、立体動画はすうっ、と消えました。

「この子と同じ服装の人……、なんか人間じゃない人もいたわね。宇宙人……?」

 美也子は首をひねりました。先程より顔の表情は白みが戻っていました。

 銀河、は美也子に向かってうん、と一つうなずきます。

「……だろ? 彼女は宇宙人だよ。たぶんね」

「まだ信じられないけど……。ま、あんたが言うからとりあえずはそうしといてあげるわ」

 幼馴染の言葉に、銀河は胸をなで下ろしました。

 しかし、まだちょっとあるんだけどなー、という顔をして、美也子に頼みました。

「……それはともかく、彼女を運ぶのを手伝って欲しいぞ、ミャーコ」

「わかったからまたミャーコと言うんじゃない! 美・也・子! 小学生の時あんたにつけられたそのあだ名、大っ嫌いなのよ! まったくもう……」

「だって『猫山』に『美也子』ときたらそうつけるしかないじゃないか。ミャーコ」

「だからいちいちそう呼ぶなっ!!」

 ぶつくさ文句を言いながらも、美也子はトレアリィを銀河と一緒に支えました。

 そのさまは運動会の三人四脚のようにも見えます。

 そして、リビングに向かって歩き出しました。怪獣のような歩みで、ゆっくりと。

 その途中、銀河はとある疑問を思い浮かび、トレアリィに尋ねました。

「トレアリィ、君が乗ってきた宇宙船はどこにあるんだ?」

〔海の中に隠しました〕

「そこからどうやって風呂場に?」

〔転送したんです、ご主人さま〕

「転送?」

〔はい。転送ゲートで転送波が届くところなら、どこにでも一瞬で行けます〕

「転送……。で、何故風呂に……」

〔ご主人さまの脳波を感知したので、そこへ転送しようとしたのですが……〕

「……壁や土の中に入らなくてよかったな」

 銀河は冗談で返しましたが、

〔ええ、初期の転送にはそういう事故も多かったみたいですよ。ご主人さま〕

(──ネタにマジレスをされた!? さすが宇宙人!? ……まあ、いいか)

 トレアリィの真面目な答えに、ちょっと驚きました。でも、その一言で頬が緩みました。

 銀河は自分の思考を悟られないように、笑顔を見せ、

「……ともかく、ソファにでも座って、ゆっくりしていってよ」

 と、促しました。

〔はいっ。ご主人さまっ〕

 それを知ってか知らずか、トレアリィは、にっこりほほえみました。

 銀河の心が、さらに暖かくなりました。

 さて、一体これからどうなるのでしょうか。


 

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