特別編『居眠りしたら、核弾頭になったお話し』

やましん(テンパー)

『居眠りしたら、核弾頭になったお話し』


  『これは、フィクションであります。』




 ある日のこと、つい、あたたかい光が満載の職場の窓際の席で、居眠りをいた

しました。


 気がついたら、ぼくは、ガンバレル型の、核弾頭になっておりました。


 そりゃあ、カフカ氏のマネだろう。


 そう言われましても、ぼく自身には、身に覚えのない事です。


 責任とれ、というのならば、むしろ、毎晩深夜までの残業を、残業代もまともに払わずに10年以上させていた、職場にも、言ってください。


 親二人の面倒を見る事態が重なってしまったことも、ぼくには、不幸にして、強烈な攻撃になりました。


 まあ、これは、だれにも、ある事です。


 奥様との関係が、あまり良くなくなったことも、また、うつ状態になったり、身体に問題が生じたりしたのも、かなり、良い追い打ちになりました。


 もっとも、職場は、あいつが勝手にやったんだとか、それは、本人の能力の問題だ、とか言うでしょうし、誰も自分に責任が多少なりともあるとは、思わないでしょう。


 そんなこと思っていたら、上司や人事担当は務まりませんから。


 過ぎ去った人のことは、すぐに忘れるのが、この世の正しい渡り方なのです。



 いずれにせよ、これは、だれも予想だにしていなかった、異常事態です。


 あ、ガンバレル型の核弾頭といいますものは、『経済学部・音楽係』出身のぼくには、よくはわかりませんが、いわゆる『ヒロシマ型』の核弾頭です。


 構造がわり合いに簡単で、作りやすい代わりに、事故が起こりやすく、ひとたび、事故が起これば、確実に爆発してしまうので、かなり安全性に問題があるとされます。


 核物質は、だいたい、ウラン235が使われていました。

 

 初期に作られた以後は、この形式は使われなくなったはずです。

 


 で、言うまでもなく、事務所内は大騒ぎです。


 『だれが、こんなもの置いた。』


 課長さんが騒いでおります。


 もと、ぼくの部下だったのですが、いまは、逆転しております。


 『もしもし、ぼくですよ。ぼく。』


 『うわ、こいつ、しゃべたぞ。』


 『ぼくだから、しゃべりますよ。』


 相手を選ぶ、二階のまだ、若い係長が言いました。


 『これは、核弾頭に、似てますな。』


 『うな、ばかな。部長は?』


 『ここです。ここに、おります。おおあ! むむむ。こいつはあ・・・・・』


 本部から派遣されている、キャリア・エリートの部長は、係長が正しいと判断しました。


 『こいつから、離れろ。危険だ。さわるな、よ。専門家を呼ぼう。』


 

 ということで、席にズドンと座ったままのぼくをよそに、周囲は厳戒態勢となりました。


 県警察が来ましたが、役に立たず、機動隊も対処できない。



 ついに、防衛隊の機密処理班とかいうのが、やって来ました。


 『これか。』


 かなり、偉そうな人が言いました。


 『はい。』


 つぎに偉そうな人が応えました。


 『南カマキリア軍事共和国の、超天才、ボン・カーボ教授が、遠く離れた人間を、遠隔操作で改造して、核弾頭にするという技術を開発したのです。あまりにも危険で、自滅する可能性もあると考えた本国政府は、教授を地下の特別シェルターに隔離したのですが、教授は自らが核弾頭となり、世界政府を脅迫してきております。そうして、どこかに設置した改造機が、自動でどこかのだれかを、割れせんべいみたいに、無差別選別して、核弾頭化し、自分の要求を飲まなければ、次々に爆発させると、そう言ってきて、おります。自分に、地球の支配権を与えよ、と。』


 『ああ、さっき長官から聞いた。きみたち情報部は、長く内緒にしてたのか。』


 『まあ、そういうことです。』


 『あんたがた、なに、ぶつぶつやってるのよ。助けてくださいよ。』


 ぼくが、言いました。


 『主役は、ぼくなんですよ。』


 『ああ、きみね。気の毒だとは思いますが、こうなった以上、命はないと思ってください。国の為に。人類の為に。狂気の人物を止めるためにも。あのような人間が、独裁者になったら大変でしょう。あなたは、明日の地球のための、尊い犠牲者なのです。』


 『なんで、ぼくが、国の為に命が無くなるの?』


 『ああ、いいかね。これは、極秘である。しかも、悪いが、君を治す方法がない。ちっとでも、動かすと、爆発する危険性が高い。しかし、ほってはおけないのです。ああ、で、半径10キロ四方の避難は?』


 『もうすぐ、完了します。ここは、官庁や企業が中心なんで、わりあい、やりやすいです。住宅地だったら、もっと大変です。』


 そこに、部下らしい兵士が入って来ました。


 『あのお・・・・。隊長。ここのボスが、残っていまして、話をしたいと・・・。』


 『ああ、最後まで残っているとは、立派だ。どうぞ。』


 なにが、立派だ。


 昨日は、四人がかりで、ぼくを尋問してきたくせに。


 あの内容なら、自分一人で、十分なはずだ。


 四人がかりは、パワハラに当たると、ぼくは、思うぞ。


 まあ、もっとも、自分がどじだから、そうなったので、いかにも、情けないのですが。


 『君、ああ、気の毒だが。政府の指示なんだ。許せ、ぼくらは、避難する。君の家族や小さな遺産のことは、ちゃんと処理するから、安心したまえ。じゃな。』


 それで、同じ歳の、所長さんは、消えた。


 『立派な、上司だな。我々も、ああ、ありたいものだ。』


 『ええ、そうですな。では、準備が出来たので、例の防護壁を設置します。』


 『ああ。・・。君、いいかね、この場所は、特殊な防護壁で遮断される。もし、君が、爆発しても、最小限の被害になるはずだ。君は音楽が好きだと聞いた。内部に、スピーカーを設置する。クラシック音楽をかけっぱなしにするから。気休めだがな。ほんの、ちょっと、君の為に、我々にできることだ。』


 『隊長、地球政府が、教授の要求を、正式に拒否しました。核弾頭人間は、10人確認済み。粛々と行動せよとのこと。』


 『わかった。じゃあ、きみは、『英雄』と、歴史上言われることになる。名誉なことだ。おそらく、勲章も授与されるだろう。うらやましいよ。最後まで使い走りのぼくらは、ここから、去る。』


 

 で、誰もいなくなりました。


 周囲は、まっしろな、大きなカヴァーみたいなもので囲まれ、封鎖されました。


 誰が選曲したんだか、ベルリオーズさまの『幻想交響曲』が、流れています。


 音楽は、やがて、『断頭台への行進』に、なりました。



 『ああ、シベリウス先生の『6番』にしてほしかったなあ。』



 ぼくは、そう、一人で言いました。


 





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特別編『居眠りしたら、核弾頭になったお話し』 やましん(テンパー) @yamashin-2

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