隠れアイドルでも彼女にしてくれますか?
成瀬 灯
ここまでが序章である①
『ラブビーーーーーム!!!! 愛さえあればなんとかなるわっ! みんなもう大丈夫!!』
2時28分。僕の今期イチオシアニメ「ポッピング☆シャワー」のヒロインが大胆不敵に颯爽と登場した。アツい! なんだこの激アツな展開は!!
平凡だったはずのヒロインが主人公のピンチでまさかの覚醒。
テレビの前で呆然としながらノンクレジットEDを眺め、僕はほおと息をついた。
「この感動……やっぱ深夜アニメはリアタイに限るわ」
高校一年の春、入学式を終え早1ヶ月。僕、
「眠そうだな〜、また深夜アニメ?」
「またとか言うな。昨日は神回だったんだよ。終わってからもTwitter徘徊してたら寝るの遅くなって気づいたら大体5時だった」
昼休み、教室で向かい合って昼食を取っていた僕らだがもう正直、食欲より睡眠欲だった。
ほら、隣の女の子もずっと寝てるし。
僕は隣の席の女子に目をやった。ええと、誰だっけ……ていうか3次元の女子の名前なんてどうやったら覚えられるんだ。考えても分からなくて結局僕は考えるのは止めた。
「そういえば結局部活には入んなかったの?」
「そんな時間があったらアニメ見る」
「俺はね〜、部活はやらないけど生徒会やろうと思って」
「へえ」
百瀬はリーダーシップもあるし、生徒会と聞いてやけにしっくりきた。僕も顎に手を当てて想像だけはしてみる。
「おお……それもありだな。生徒会系のアニメも割りとあるし、生徒会に入ればそれと似たような青春が」
せいしゅん? 僕は言葉を止める。
「待った、いやなに僕は3次元の世界に期待してるんだ? 今のなしで」
ここまでノンストップなのも、オタク特有の早口なのももちろん言わずもがな。
「くく、それどっちだよ。でもまー、アイドル好きな俺から言わせてもらえば3次元こそ至高だけどな」
「……いや、ないでしょ」
「よーし、よく分かった。お前にはアイドルの良さをとことん教えこんでやる。付き合え」
にんまりと嫌な笑みを浮かべる百瀬。よからぬ事を考えていそうだ。僕は反論する気分にもなれずそのまま机に突っ伏した。
その後も百瀬は何やら言っていたと思うけど眠気も相まって「あー」とか「うー」とか空返事ばかりしていたらその日の放課後何食わぬ顔で百瀬が言った。
「本当に付き合ってくれるとは思ってなかったよ」
「え」
僕の帰り支度を急かす百瀬。
「なんの話?」
「だから俺の推しアイドル『囚われフェアリー』の箱ライブだよ! ちょうど一緒に行く予定のやつからキャンセルくらってチケットも余ってたんだよ。布教、されに行こうぜ!」
キラキラした笑顔を僕に向けてくる。思わずリュックを背負いながら心底嫌な顔をしてしまった。だが、わずかに考える。僕もここまで言われて誘いを断るほど、冷徹人間じゃない。
はあ、仕方ないか。アニメを見たい気持ちを押し殺して今日は百瀬に付き合うことにした。
「良いよ、行こう。今度なにか奢れよ」
「マジで!? 奢る奢るぅ! よっっっしゃあーーー!」
「大袈裟な」
「大袈裟なもんかよ」
百瀬が本当に嬉しそうに笑った。つられて僕も自然と笑顔になる。
教室の出口に足を向けると、ガシャンと音がした。床にペンが落ちていたらしい。隣の席の、あのずっと寝ていた女子のものだろうか。
「あれ、
百瀬が拾い上げる。そっか、そうだ蜂ケ崎さんだ! 僕は隣の席の女子の名前を思い出して小さな爽快感に浸る。
しかし、それもつかの間。
「あれこのボールペン……「ポッピング☆シャワー」のグッズじゃないか!!」
興奮が抑えきれず、思わず声を上げた。間違えない。アニメイトなんかで売っているオリジナルデザインのボールペン……!
ま、まさか、蜂ケ崎さんが?
「おい大丈夫か〜?」
「ご、ごめんつい動揺しちゃって」
とりあえず、本人に聞きたい。詳細と真相を!
「このボールペン、僕から返していい?」
「珍しいな、別に良いけど」
百瀬からボールペンを受け取った僕はブレザーのポケットにそれをしまった。
「蜂ケ崎さんって金髪で色白で、綺麗すぎるっていうか、人形みたいで近寄り難くないか?」
「そうだっけ? そんなに直視したことないから。そういえば髪色明るかったな、くらい」
「うわー、本当にお前うわー」
百瀬が頭を抱える。本人を前にしてその反応、失礼なやつだな。「すっごい美人なんだぞ?」と繰り返す百瀬に僕は「顔くらいはさすがに分かるよ」と目をそらす。名前と顔が一致するのに時間がかかるだけで。
学校を出て駅方面へ向かう。
「でも隣のクラスのやつの話なんだけど、告白したくて呼び出したら完全無視されて、そいつ3時間くらい昇降口で待ったらしい」
「へえ」
「誰かと話したり楽しそうにしてるとこ見たことないけど、友達いるのかな? 蜂ケ崎さんはまさに一匹狼タイプだな」
「なんで僕を見る?」
「案外似た者同士なのかねって思って」
「さあね」
そうこう会話を重ねているうちに電車で数駅乗り継いだ先の目的地へ到着した。待ち時間、百瀬は『囚われフェアリー』について熱弁してくれた。
正体不明の二人組アイドル。素顔は誰も知らない。
そのミステリアスさと独特の曲、観客に背中を向けて行われるフリートークが魅力なんだとか。
「曲の時は扇を上手く使っててさ、絶対に顔が見えない立ち回り方なんだよ。見えそうで見えない! これが最高に良いんだよ!」
「もし正体が分かったら?」
「ばっかお前、そんなの決まってるだろ? 『囚われフェアリー』は解散だ。俺たちファンはもちろん正体を知りたいし、顔もみたい。でも、分からないっていうのが『囚われフェアリー』なんだよ」
「そういうもんか」
時間になり会場内に入ると『囚われフェアリー』のファンであろう人達が、目を輝かせてライブ開始を待っていた。そしてライブが始まると、歌に合わせて叫んだりペンライトを振ったり、どれも初めて見る光景で僕にはどこか遠い世界みたいだった。アウェイってこういうことを言うんだろうな、などと考えてはいたけど、百瀬も楽しそうだし、思っていたより曲もトークもそれなりだったから『帰ったらアニメ見よ』という前向きな気持ちになれた。
「ごめん、ちょっと」
最後のフリートークが始まろうとしていたが、僕はトイレへ向かった。フリートークを聞き逃すなんて、という顔で百瀬が顔を顰めた。仕方ないだろ、生理現象だ。
しかしいざトイレに行くと、スタッフの人が二、三人集まっていて何やら困った顔をしている。
「あの、トイレって」
「ああ、すみません。今このトイレ流れなくなっちゃったみたいで」
「時間かかりますか?」
「すみません、何とも。……申し訳ありませんが、スタッフ専用のトイレをご案内しますので、こちらに来て頂けますか?」
男性スタッフが額に浮かんだ汗を拭いながら申し訳なさそうに視線を落とした。
「分かりました」
これは――戻った時に百瀬に「遅い!」って言われそうだな。
スタッフオンリーの扉の向こうに案内された僕は控え室の前を通って男子トイレに入った。
僕だから良いけど、ファンの人をやすやすとこんな所に案内して大丈夫なのだろうか。控え室とか、危険だろ。そう余計な心配をしたせいでフラグが立ってしまっていたのかもしれない。見事、フラグ回収! と言わんばかりにちょうどトイレから出たところで僕は人とぶつかった。
「ぎゃっ! う〜、いたた」
お互いに尻もちをつく。僕はすぐさま立ち上がり「すみません」と謝って、身を固めた。パステルカラーのフレアスカート、この衣装、さっきまで舞台で見ていたような。
僕と同世代くらいの女の子と、目が合った。長いストレートの黒髪が揺れ、彼女も立ち上がる。
が、その表情にまるで余裕はなかった。
「しまった……顔、見られた」
「…………大丈夫ですか?」
僕はなるべく気を使って彼女に話しかける。やっぱり彼女は『囚われフェアリー』の一人なのだろう。
「あれ、ていうかフリートーク中じゃ」
「わ、私は遅れて登場なの」
「あ、そうでしたか」
顔色の悪い彼女にこれ以上「大丈夫ですか?」と心配する気にもなれず、僕がその場を去ろうとした時だった。
「あの、誰にも言わないでください。ファンの方に、こんなことを言うのは間違ってると思うんです。でも、私がどんな顔だったとか、顔を見たとか、そういうことを言わないって約束してもらえませんか! お願いします!!」
僕を壁際まで追い詰めて、泣きそうな顔で彼女は懇願した。たしかに彼女は可愛い。だけど所詮、三次元。どれだけ必死なんだ、怖すぎるわ。
「……僕、別にファンじゃないので大丈夫です。誰にも言いません」
百瀬のこともある。言って誰が得するのだ。僕は若干、引きながらそう答えた。
すると、彼女は一筋の涙を零すと「ありがとう」と微笑んだ。花が綻ぶような、柔らかい笑顔。彼女にそんな顔を向けられたところで大したことなどないはずなのに、その笑顔は「ポッピング☆シャワー」のヒロインにどこか似ていて僕も「頑張ってください」などと言ってしまった。
――とはいえ、どっと、疲れた。ありえないくらい疲れた。
僕が百瀬の元に戻ると、百瀬はやっぱり「遅いぞ」という顔をした。ムカつくな。
舞台に目をやると、先程の彼女ともう一人の『囚われフェアリー』が背中を向けてフリートークを繰り広げていた。
次の日。
僕は隣の席の蜂ケ崎さんに話しかけるべく右往左往していた。始業式の日、隣になってから今日の今日まで話をしたことはない。というか蜂ケ崎さんが教師以外と話をしているところは見たことがない。
頬杖をついて、つまらなそうに授業を受けている横顔にあのボールペンが本当に彼女のものだったのかすら曖昧に思えてくる。アニメとか見なそうな顔。偏見だが、そう思ってしまった。
そして待ちに待った昼休み。放課後に呼び止める勇気は流石にない。ボールペンについて聞くなら昼休みだ。百瀬は生徒会関係で昼はいないらしい。僕は思う存分自由行動が出来るというわけだ。
って、しまった。もう見失った。売店の人混みに蜂ケ崎さんは埋もれていった。渋々僕は教室に戻る。その途中のことだった。花の香りがした。長い髪の女子とすれ違ったのだ。
そう――ただそれだけなら良かったのに。
「……同じ、学校だったのか」
昨日、あんなことがあったのに彼女の顔を忘れろというほうが無理な話だった。僕が正体を知ってしまった『囚われフェアリー』の一人、その彼女が同じ高校だったらしいのだ。
まだ向こうは僕のことを気がついていないらしいが、今後どこかで鉢合わせする前に、一度声を掛けておこうか。
「あー……っくそ、仕方ない」
一瞬迷ったが、昨日の慌てっぷりを思い出し、ここは親切をしておくことにした。
踵を返し、彼女を追いかける。と、彼女の行く先は管理棟だった。職員室や放送室、進路室等、あまり授業で使うことの無い部屋がある棟だ。昼休みに向こうにいる生徒はほぼいない。そのまま追いかけていくと「ごめん、お待たせ」と彼女の声がした。他にも誰かいるらしい。僕は踏み出そうとしていた足を止める。
今はタイミングが悪いか。
急ぎというわけでもないし「同じ学校だったみたいだけど、心配しないで」と言うだけの用だ。ここまで来ておいてなんだが、後日にしよう。そう、踵を返した時だった。
「昨日のLINE『囚われフェアリー』の正体が一人にバレちゃったってどういうこと?」
爆弾発言が聞こえ、僕は頭を抱えた。修羅場じゃん! ていうか、誰にそんなこと言われてるんだ。
「ごめんなさい! ほんっとうに私の不注意で……。でも、でもね、蜂ケ崎さんが『囚われフェアリー』の片割れってことはバレてないし、なんならその男の子は私たちのファンじゃないから大丈夫なんだって!」
!?!?!?
な、なんだ今の会話は!? 待ってくれ、蜂ケ崎さんって言ったか!?
僕は思わず、壁の影から二人を覗く。
するとそこにいたのは昨日の彼女と、僕の隣の席の――蜂ケ崎さんだった。くそ、イベント多すぎだろ今週。ギャルゲーかよ。
「……それは確かなんでしょうね?」
「うん、大丈夫! ちゃんと約束してくれたから。でも一つ……その男の子、ウチの制服着てたんだよね」
「ちょ! ……うぅ、もう! それ全然大丈夫じゃないじゃない」
「えっ、そんなに?」
「当たり前よ!! その人探し出して、釘さしておきなさい」
「うん……そうだよね、分かった」
それから昨日の彼女は職員室に寄るらしく、さらに奥に駆けて行ってしまった。僕もさっさと退散しないと蜂ケ崎さんに盗み聞きがバレてしまう。焦ったのが運の尽き。僕はポケットから例のボールペンを落下させてしまったのだ。
だあ〜〜〜!! タイミング!!
「誰!?」
額を抑える。やっぱ気がつくよね、そうだよね!!
はあ、終わった。完全に終わった。
僕はボールペンを拾い上げ、蜂ケ崎さんの前に姿を現した。
「……秋葉、航介?」
なぜか蜂ケ崎さんは酷く驚いた様子で、僕のフルネームを口にした。そして唇を噛み締め、キッと僕を睨みつける。
「誰かに話したら殺す」
透き通るような綺麗な声で物騒なセリフが吐き出された。
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