第66話 アスバークとウルウル、今後の方針は?

 アリアをクロヴィスのもとに送り届けたアスバークは、中庭に戻ると顔をしかめた。


「来てたのか」


 ポットやカップはなくなっていたが、代わりにカラスがテーブルにいる。羽づくろいをしていたカラスは、アスバークの声に小首をかしげながら顔を上げた。


「おや、やっとお戻りですか」

「ウルウル。きみは、すきあらばカラスになるのだな」

「ここまで飛んできましたので」


 カラスは、とん、と音を立ててテーブルを蹴ると、着地したときには白毛のオオカミに変身していた。ウルウルは、ぶるりとからだを震わせる。


「そろそろ暑さが厳しいのですよ、この姿は」

「いまさらだろう」


 真夏になると、アリアとスージーで、ウルウルの毛刈りがはじまるのだが、ふたりともお世辞にもうまいとはいえず、毎年ウルウルは皮膚病の老犬みたいな同情を誘う姿になる。オオカミのふりをしている以上、耐えるしかない慣例だったが楽しいものではない。


「それで。何か有益な情報は得られましたか」


 ウルウルが今日の収穫をたずねると、アスバークは目をきらっとさせ、


「スクープだ。クロヴィスと第二王子は愛人関係だったぞ」


 くすくすと笑い出した。


「は?」とウルウル。


「は、じゃない。熱愛発覚だ。目のやり場に困ったぞ。その後もおかしくてな。クロヴィスはアリアの記憶を消すように、ぼくに頼んだんだ」


「記憶を消す?」


「うん。ま、真似だけして、アリアには調子を合わせてもらったけどね」


 話が飲み込めないウルウル。アスバークはそれにかまわず、「面白いとは思わないかね」とはしゃいでいる。


「何が?」


「だって、前回のふたりにそのような接点はなかったはずだ。もちろん、ぼくが知らなかっただけかもしれないが」


 時戻しをする前。第二王子ジュリアスとクロヴィスの接点は寄宿学校時代の一年くらいで、その後、深い交友があったとの記憶はない。今回、ジュリアスは自身の近衛騎士になるようクロヴィスを誘ったが、そのような展開は以前の世ではなかったのである。


「未来は変わるのだろうか、ウルウル」


 アスバークはイスに座り、足を組む。にやけっぱなしのだらしない表情だ。


「アリアの――ありさのほうだが――あの子の影響なのだろうな。前回のこの時期にはもう、クロヴィスがマルシャン邸に寄りつくことなど、なくなっていたはずだ」


 寄宿学校を卒業したクロヴィスが士官学校に入り、卒業後国境警備につくまでは、前回と同じである。しかし、その時分には、クロヴィスは休暇であってもマルシャン邸に顔を見せることはなく、兄のマルシャン伯爵と、手紙のやり取りがかろうじてある程度だった。もちろん姪を連れ、王都に遊びに行くなど、一度もない。


「クロヴィスがジュリアスの側近になるのか。どうだろう、ジュリアスが戦争で生き残る可能性が出てきたと思うか?」


 アスバークの問いに、ウルウルはふすっと鼻を鳴らし、


「さあ、どうでしょう。クロヴィスが、そこまで優秀な騎士になるとは思えませんね。彼は見かけ倒しの自尊心しかない男でしょう」


「ここは多少優れている」アスバークは頭をつつく。

「あと魔力に対してフィーバにしては抵抗力がある。勘も鋭い」


 フィーバとは魔術師用語で魔力を持たない者を指す。クロヴィスの場合、生まれつき魔力を持たないにもかかわらず、術に対して自己防御する力があるのだった。といっても無意識にしている防御なので、アスバークほどの能力があれば、それを打ち壊すことは造作ない。それでも。


「ジュリアスに向けて放たれる術を、あいつが弾く可能性も出てきた」


 後継者争いに魔術師たちも関わっていて、それぞれの派閥が相手の不利になるように裏工作することもある。が、安っぽい術くらいなら、クロヴィスが阻止するかもしれない。いわば人間お守りである。


「面白くなってきた。低級魔術の醜い争いも、奴らにとっても死活問題だ」


 現在の魔術師たちがジュリアスに術をかけたとしても、せいぜい数日不眠になるか、肩が重くなる程度。不調に悩むことだろうが、クロヴィスがそばにいれば、ジュリアスは元気はつらつになって絶好調になるかもしれない。


「だとしても戦死はするのじゃないですか。あれに魔術は関係なかったでしょう」


 冷めたウルウルの態度にも、アスバークはひらひらと手を振って、


「わからないよ。ジュリアスは君主になるだけの能力はあったが、疑心暗鬼になりすぎたんだ。彼は無謀な賭けにでて負けたのさ」


 その負けは死をもたらした。そして、彼の亡き後、頭角を現したのは、第六王子ロザリオである。


「ジュリアスが生き残れば、ロザリオは皇太子にならないかもしれない。いや、そもそも出兵しない可能性も出てくるな」


 互いに牽制しあう兄弟のなか、ジュリアスとロザリオの関係は年が離れていることもあってか良好だった。ロザリオは慕う兄ジュリアスの死を嘆き、時期尚早といわれながらも、十八で戦地に向かったのである。


「戦地に行かぬのなら、グレイスと出会うこともない。となると、アリアと離婚することもなくなるわけか」


 にやにやするアスバーク。ウルウルは、「そう変動しますかね」と乗り気じゃないようすで、シルバーブル―の瞳を細めている。


「楽しもうじゃないか、ウルウル。同じ人間がまったくべつの道を行くなんて、面白くないかい? ぼくだってね、自ら積極的にいじくりまわそうとはしてないよ。傍観者さ。まあ、ありさのことがあるからな、多少、介入せざるを得ないが、基本は、ただ、見てるだけ、さ」


 アスバークは指を輪にして、目をのぞかせる。ウルウルは「ふす」とすまし顔だ。


「それよりも」と、ウルウルは口角をあげ、キバを見せながらにやりとする。

「あなたの実験を邪魔した奴はいない、という新説について、何かいうことはないのですか」


 ぎく、と明らかに動揺するアスバーク。目が泳ぐ。


「何だよ、いつからここにいたんだ。盗み聞きしていたな」


「盗み聞きなど」冷笑するオオカミ姿のウルウルはなんとも迫力があった。

「そこの葉にとまっていましたよ」

 鼻先で示したのは肉厚の赤い花が咲く鉢植えだ。

「カナブンになっていましたよ。気づきませんでしたか、偉大な魔術師さま」


「カナブンね。はいはい。何かいるとは思ったが、お前だとは気づかなかったよ」


 アスバークは負けじと冷淡な笑いを見せ、あごをあげる。


「経験豊かで知性溢るる精霊殿がコソコソと隠れているとは、よほどアリア嬢がお気に入りのようで。彼女が心配だったのかい?」


「べつに。今回の術のミスについては、興味深くあるだけです」

「ミスと決まったわけじゃない。副作用の可能性だってあるんだ」

「さようで」

「そうだ。時戻しについて、まだまだ調べたりないだけさ」


 アスバークは、祖母の蔵書にあったというありさの話を聞き、彼女の祖母が、時戻しにより出現する本を管理する、そんな役目を担う人物なのでは、と予想した。


 だから、他にも似たような本が並んでなかったか、ありさに問うたのだ。もし、そのような特殊な立場の人物なら、ありさがこの世界に来た理由とも関連するだろう。彼女自身に魔力がなくとも、縁者ならちからは作用しやすい。


「しかし、あの子の口ぶりでは、祖母は全く魔術とは関係ない人物らしいからな。何か時戻しと小説をつなぐ縁がわかるかと期待したが、ありさは本当に偶然、この世界を描いた本を見つけ、手に取ったようだ」


 なぜ小説はありさの元に出現したのか。それは時戻しの正常な動きなのか、エラーなのか。丸島ありさがアリアに宿った理由、それとどう関係があるのか。


「すべて推測の域を出ないことばかりだ。まったく、ちょっと過去に戻ってみたかっただけなのに、離魂術も施したせいか、ややこしくて困るな」


「だからもっとお調べになってから、時戻しをすべきだと進言したのに」


 ウルウルのもっともな意見に、アスバークはくちを尖らせる。


「アリアの処刑とタイミングを合わせたくてな。そのほうが人間の変化がわかって楽しいと思ったのだ。よくばりすぎたか」


「いまさらですけどね」とウルウル。

 テーブルに飛びあがり、オオカミからカラスに変身する。

「では方針転換しますか。それとも、引き続き魔塔を調べる?」


「実験の邪魔をした奴がいる可能性もある」とアスバーク。だが、腕を組み、肩をすくめた。


「しかし、それよりもアリアの魂を見つけたいと思う。そちらにちからを入れたほうが効果的だろうな」


「見つけてどうするのです」


 ウルウルは飛び立とうとしていた羽を閉じて、首をひねる。


「アリアに戻すのですか」


「まあ、ありさと相談すべきだろうが。どちらにせよ、行方不明の魂を探し出そう。敵対者もそこから芋ずる式で見つかるかもしれないから」


「敵などいますかね」

「いたら野放しにするなんてヤじゃないか」

「本当は目星がついてるのでは? 魔塔を調べさせているのも、ザーツバルさまの情報を得るためでしょう」


 意味深に目をきらめかせるウルウル。アスバークはむっとしたようだ。


「あいつは何かとぼくに歯向かう。だから見つけたいのはたしかだ」

「最後に会ったのは、いつでしたっけ」

 アスバークはしばし数えて、

「八十年経つか? 『この、もうろくジジイ』とトマトを投げられた。あれからどこへ行ったのやら」


「外国にいては探しにくいですね」


 ウルウルは愉快そうに、にたついている。


「どいつもこいつも行方不明さ」


 アスバークは、ぱんとひざを叩くと立ち上がり、


「ヒュウにはアリアの魂を探させよう。それから」


「ヒュウに務まりますか」口をはさむウルウル。


「ではお前がやるか? そうなるとありさの監視はヒュウに頼むことになる」

 ふふん、とアスバークは笑う。

「そのほうがいいかもな。ヒュウは子ども好きだから、喜んで相手するだろう」


「……あなたが使役しているのは、あいつとわたし以外いないのですか」


 あきらかに不満げなウルウルに、アスバークはにたりとし返す。


「他にもいるが、慣れ親しんだあく、……精霊のほうが使いやすいからな。指示も出しやすいし」


「そーですか」


 ウルウルは飛びあがると、宙で停止して、


「アリアの監視は引き続き請け負いましょう。あの子が戻る前に邸にいなければならないので、わたしはこれで」


「ああ。存分にかわいがってもらいなさい」


 からかいの視線に、ウルウルは「ガッ」と鳴き、羽根を落として飛び去っていく。


「やれやれ。悪魔も年取ると気難しくなるな」


 アスバークはこきこきと肩や首を鳴らした。

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