悪女が生き残る方法~伯爵令嬢に転生したけど処刑されるなんてお断りです~

竹神チエ

第1部

第1章(5歳)

第1話 復讐の誓い

 広場は異様な熱気に包まれていた。


 つめかけた民衆の視線は、中央に建てられた簡素な舞台に集中している。そこにあるのは稀代の悪女を処罰するためだけに建てられた臨時の処刑場だ。誰もが彼女の姿をこの目で見ようと押し合い、怒号がとびかう。


 しかしそれらも数人の兵士が舞台上にあがったことで静まった。あたりは呼吸するのもはばかれるほどの静寂に満ちる。 


 じゃらり、と金属が流れ落ちる音のあと、軍靴の重々しい響きとともに、ひとりの女が姿を見せた。


 鎧を着た屈強な兵士に両脇を固められ、引きずられるようにして現れたその女は、みすぼらしい黒いマントをまとい、顔はフードに覆われている。


「顔を見せろ」


 民衆のひとりが声をあげる。そうだ、と拍手と罵声が飛び交う。応じるように、兵士が女のフードを引き下げた。見えた顔に、民衆は息を飲む。


 かつて大陸一の美女、王宮に咲いた大輪のバラと謳われた女はもういなかった。あるのはまばらに生えた灰色の髪を頭皮にはりつけた老女、目は落ちくぼみ、新雪のようだと評された肌は黒ずみ、腐りかけた肉を思わせる。


 まだ二十五であるはずの女の姿に、民衆だけでなく、兵士たちも言葉をなくしていた。ただひとり目をそらすことなく近づくものがいる。彼女の叔父であり現マルシャン伯爵家の当主クロヴィスだ。クロヴィスは、老女、それも醜悪に歳を重ねた魔女を思わせる女に問う。


「最期に言い残すことはあるか」


 かつては第六王子の妃であった姪。彼女はクロヴィスを見上げると、まばらに残る黄ばんだ歯をむき出して笑った。ピンクダイヤモンドを思わせる瞳だけは、以前と変わらない美しさと、確固たる意志を宿している。


「復讐を」


 女は視線を叔父から皇太子へと移した。王族から彼女の処刑に立ち会うためによこされた人物は彼だけだった。皇太子――ジャルディネイラ王国第六王子であり、彼女の夫だった男――は視線をそらさずに、彼女の目を射抜くように見つめつづけた。女はしゃがれ声を張りあげた。


「我が身が滅びようとも、この国に復讐を、皇太子に呪いと恐怖を。お前たちに逃れるすべはない。必ずや地獄へ突き落す。これは終わりではない。すべての始まりだ。民衆よ、怯えるがいい。この地が腐り、草木が枯れ果てるのは、ここにいる皇太子のせいである。私は復讐をやめない。慈悲を乞い、ひたいを地にこすりつけようとも、この恨みは国を滅ぼしたあともつづくであろう」


 邪悪な高笑いが響く。皇太子が静かにうなずくと、クロヴィスが動いた。彼は女の後ろ髪をつかむと上を向かせ、口に毒薬を流し込んだ。その毒薬は、女の喉を焼き、胃を溶かして内臓から女のからだをむしばんでいく。やがて肌にも毒薬の効果が見えはじめる。泡立つ皮ふからは腐臭がわく。


 女は十日苦しみ悶えたあと、崩れ落ちる土人形のようにして死んだ。死骸には鳥が群がることもなく、半月放置されたあと、火をつけられて灰となった。灰は北から吹いた風に飛び、あとには何も残らなかったという。


 それがアリア・マルシャン、伯爵家に生まれ、王子の妻となった女の最期である。

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