第26話 罪なき子

 

 

「王妃さま、王子殿下はお休みになっております」

「少しだけ、寝顔を見たいの」


 乳母は、子供部屋にやって来たリリアーヌを、王子の寝ている奥の部屋に案内する。

 ニコラと女官は、手前の部屋で待機した。


 リリアーヌは寝た子を起こさないようにと、ベビーベッドから少し離れたキャビネットの上にランタンを置いた。


 すやすやと眠っている王子のベッドの側に置かれた椅子に座り、寝相でめくれた上掛けを直してやる。


 ランタンの明かりに照らされて、柔らかな赤子の金髪が煌めく。

 リリアーヌは、ミルクの香りがする小さな王子をじっと見つめた。


(あのひとには、全く似ていない。こう言ってはなんだけど、それが救いだわ)


 王子の手が上掛けから出たのを、そっとしまおうと手を伸ばした。

 すると、リリアーヌの人差し指を小さな手がぎゅっと握りしめた。

 リリアーヌはそこに、赤子とは思えないような力強さを感じ、ハッとした。

 頼りなげな小さな身体で精一杯、自分に保護を求めているような気がしたから。


(……この子を、私の亡くした赤ちゃんの生まれ変わりだと思おう)


 ふいに、心の内側から、王子への愛が溢れ出すのを感じた。


 小さな手からそっと指を外そうとすると、リリアーヌの少し緩んでいた指輪が幼子の手の中に残ってしまった。

 無理に奪い取るようなことをして起こすこともないと思い、そのままにした。


 乳母には「後で王子が誤って指輪を呑み込んでしまわないよう、気をつけて見ておくように」と告げておく。


 子供部屋から外に出ると、リリアーヌは自室にそのまま戻らず礼拝堂に祈りに行くことにした。


 ここまで王妃に付き添って来た女官には「仕事があるのなら、戻っていいわ」と声を掛けると、持ち場に戻って行く。

 リリアーヌはニコラだけを伴って、王宮礼拝堂に向かう。

 

(大広間でエレオニーの顔を叩いた私を、ニコラはどう思ったのかしら……)


 先程カッとなって、公の場で淑女らしからぬ振る舞いをしてしまったことを、リリアーヌは深く恥じていた。


 そのせいでニコラとも顔を合わせづらく、礼拝堂で祈りを捧げることにしたのかもしれなかった。


(ニコラの旅や故郷の話を聞いたり、彼の留守中の王宮のこともたくさん話したかったのに)



 礼拝堂は蜜蝋のロウソクの明かりに照らされて、昼間とは違う神秘的な雰囲気が漂っている。


 祝宴のため王宮で働いている人々はそちらへ出払っているためか、祈りに来る者はいつもより少なかった。


 それでも、フレイア教の公現節なので、祭壇は綺麗に飾り付けられ、香が焚かれている。


 入り口で助祭から蝋燭を受け取り、祭壇の前にひざまずくと、リリアーヌは熱心に祈り始めた。


(いと高きところにおられる神々よ。

 なぜあなたは、私を、このような辛い目に遭わせるのでしょうか。

 聖女として人々に尽くして来た私の子は亡くなり、あの傍若無人なひとは、私の夫の二人目の子を宿している……。

 私の心は暗く閉ざされてしまいそうなのです。どうか、聖女として、王妃として、進むべき道を指し示してください)


 どれくらい時間が経ったのだろう。

 突然、礼拝堂の扉が大きく開かれ、祭壇の上のロウソクの火が風に揺らめく。


 リリアーヌが振り向けば、ジェレミーが騎士や衛兵たちを引き連れて入って来るところだった。


「リリアーヌ! 貴様はこの国の聖女であり、王妃でもありながら醜い嫉妬に狂い、よくも生まれて間もない余の王子を、殺害したな! 

 王族殺しの重罪、王妃と言えども到底許すことなど出来ぬ」


 ジェレミーの背後から、エレオニーも姿を見せる。

 エレオニーは激しく泣きながら、王の腕に縋るように身を寄せ、リリアーヌを指さして子殺しの罪を糾弾する。


「王妃さま、あんまりでございますっ。

 いくらわたくしが憎いからと言って、罪のない王子を殺してしまうなんて!

 わたくしの赤ちゃんを返してっ」


 何が何だかわからず、呆然とするリリアーヌ。


(フェリクス王子が殺された? さっきまで健やかに眠っていたのに――)


「その女を捕らえよ! 西の牢獄塔へ連れて行け!」

「ジェレミー!! 待って――」


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