β042 バトル次元ドクター

「そうです。葛葉様。何か事件はありませんでしたか?」


 労働革命の話に入ると、僕も熱を帯びる。

 この場合、国家のことだから、クシハーザ女王陛下と呼ぶべきか。

 CMAβで出逢った時のように、『マリッジ◎マリッジ』で一目惚れした時のように、綾織志惟真さんと呼ぶべきか。

 彼女の多面性が何か影響を与えていないだろうか?

 とにかく、事実を述べよう。


「僕の両親が行方不明になった。僕とひなは、三年前の空中庭園国の労働改革以来、複雑な家庭になった。ヤン父さんとかや乃母さんがいなくなってしまったからだ」


 僕は、異物に気が付いた。


「何でとけないんだ!」


「事件がですか? 葛葉様」


 僕が、しいっと言うのを合図に、食事の手を二人とも休める。


「ああ、これは驚かせてしまってすみません……。最初に配膳していただいたアイスクリームがカチコチのままなんだよ」


 とけないとは、恐ろしい。

 食べ物だけのアイスクリームなら、ただの楽しいデザートだが。


「ちょっと、見てみるか。氷の器のせいではないかも知れない。これが、デザートだから、ガンとしてとけないの理由があるはずだ」


 スプーンではなく、箸で、切り崩して行く。


「何かあるといけません。綾織さんは、下がって!」


 小さい一ガノム位の精密機器だ。


「はい! 葛葉様も」


 僕は、今は行けないんだ。

 これを解明しないと。


「盗聴器が……。コックのアイソガイさんとウメアさんの内、一人か両者か、はたまた第三者が仕込んだと思われる」


 やられた!

 不意をつかれた!


「今更かも知れないけれども、ついたての裏、ソファーの方へ隠れて! この後、爆破でも起きたらいけない」


 ドドドッガガガガン……!


 朱鷺の間が揺れた。

 その入り口付近から、赤い煙が上がる。

 本当に爆発が起こった。

 迎賓館で、網膜認証その他、何の認証もしなかったセキュリティの甘さが、ここへ出て表れたのだろう。

 もしかしたら、テイ硬貨のレリーフと綾織さんを見比べて、朱鷺の間へ通したのではあるまいな。

 まあ、間違いなくクシハーザ女王陛下であったのだが。


「綾織さん、煙を吸わないで。特に赤い煙は怪しいから」


 僕は、綾織さんからいただいた懐紙で口元を覆う。

 爆心から、僕が盾になって、なるべく離れるが、つんとする今食べたわさびのような匂いに警戒している。

 毒素が入っていたら、倒れてしまう。

 しかし、眠い。

 とてつもなく眠くて、親指と人差し指の間にある合谷ごうこくを皮がくっつく位に必死で押さえた。

 しかし、眉唾物なのか……。


 ――とろとろとろと、耳に心地よいせせらぎのような音が流れ、僕は意識の夢と現実の両方を空高くから眺望する。


 このまま眠るといつもの丸山喜一医師が現れるぞ。

 沖悠飛くんが脳外科医として現れた時もあったな。

 目を覚ませ!

 綾織さんを巻き込んではいけない。

 誰が、僕の頬を叩くのか……。


「ここは、どこだ。空中庭園国か? 惑星アースか?」


 頭をぶつけないように、天井を見る。

 低い天井でうなぎの寝床のような薄暗い部屋でよく検査をされた。

 天井は低くなく、例の目の前をチカチカと明かりが点滅する部屋ではないようだ。

 迎賓館の赤い煙の後、軽く意識が飛んだだけで済んだ。


 上を見上げれば、CMAβがいた。

 顔に、お尻ぺんぺんと書いてある。

 どひー。

 そして、周囲を見渡している内に、迎賓館の朱鷺の間で、ガスマスクをつけた丸山喜一が白衣を着て、ソファーの裏へと近寄って来る。

 テーブルにあった僕には飲めないワインを丸山喜一は、テーブルの二本収納できるワインセラーを空っぽにするまで、一気にぼとぼとと血の海のごとく床に流した。

 何だ、酔っぱらいか。


「ようこそ。CMA研究所にお越しくださいました。所長の丸山喜一です。ウメアに裏金を渡して置いて大正解だ」


 丸山喜一は、上品に手を胸にかざして、一礼する。

 ふらつきもしていないが、マッドサイエンティストなのには、変わりがない。

 その名の通り、狂っているとしか思えない。

 血の海を渡って来る。


「怪しい人物が来たよ。そんなマスクをつけて信用できないな。一刻も早くこの迎賓館を逃げよう」


 葛葉創は、結婚できないと前に言われたが、まあ、確かにその可能性は高くなって来たな。

 初恋の人とは叶わないのかも知れない。

 綾織さんは、巫女で女王陛下だから……。

 でも、僕は、僕なりに戦う。


「悠飛くんを煽って、丸山喜一医師がピックアップした患者を迎えに病院へ行かせていたのが分かったよ。人型AI、CMAとの感性が高い患者をどんどん誘拐して行ったのか?」


 そこで、問診ではなく、詰問だ。


「よく言ってくれたな。『何かうわごとを言っていたが。この脳波の辺りで、特別な映像が見えていないか』とな」


 僕は、語気を荒げた。

 ここで、イエスと言っていたら、沖悠飛くんのようになってしまったのだろうか?

 僕は、握りこぶしを震わせる。


「健康診断と見せかけて、会社単位で、AI適格者には、CMA改造を狙う」


 本当に、狂い咲きの医師であり、科学者だ。


「綾織さんは、落下する時に、僕が丸山喜一を知っているのか聞いて来たね」


「ええ、その危険な道を通って来られたのかと思いまして」


「それには、葛葉ひなも含まれたのか? 先般、行方不明になった」


 ふははは……。

 高笑いと共に、からかいがやって来た。


「よくぞ、分かったな。キミなら、CMAにしなくても、助手としてもいいな。いや? CMAの助手が最適か」


 人型AIのCMAをおちょくっているのではないぞ。


「AIにも生き方がある。それは、道具としてだけではなく、心ある者として。僕は、CMA999やCMAβを見て来て思った」


「労働革命は、CMAの雇用率を上げるものだ。この丸山喜一、ネイガスティハーゼ国王陛下にも謁見したぞ。国家の効率を上げたのだ。人口が増えていると言うニュースは、増やさないとCMAに食われるのを示唆しているのだよ」


 ふはははは……!


 はっ!


 ドドドッガガガガン……!


 僕は、声を掛ける間もなく、綾織さんを背負って、入り口から、丸山喜一を突き飛ばして、逃げおおせた。

 二度目の爆破だ。

 爆風で、全く分からない所まで飛ばされた。

 あまりの爆発で、次元が裂けたかと思った。



 その時、僕が抱いて守っていた綾織さんから、光りが輝き出した……!

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