β011 白の世界に輝く
「ぐっ」
今度は、僕が声をもらした。
倒れた誰かが、僕の青い空中庭園国国民服を引っ張るものだから、首が絞まる。
死にたくはない。
まだ、やり残したことがある。
ひなの声を確かに聴いたんだ。
「助けてください。自分の足元が段々……。なくなってしまうのです!」
これは、愛しいひなからは、かけ離れた声だ。
どちらかと言えば、大人の女性のような。
ひなではないことを確かめなければ。
僕はゆっくりと振り向いた。
「ひ、ひいっ」
僕の背筋から滝のような汗が哀し気に流れた。
その白い女性は、上のフロアにいたCMAのように見えた。
しかし、額に一本の突起がある。
そこだけが、まるで赤い
「金色のあなた、上から来たのですか? あなたは、伝説の巫女ですか?」
この女性が、僕の国民服を支えにして、下へ落ちるのを持ちこたえているようだ。
「僕もよく分からないが、上からだな。しかし、僕は巫女ではないよ。ただ、巫女に助けて貰って、この世界に来た」
「ひっ。ひい! 落ちたら死にます!」
既に、下半身は消えている。
AIは、実像があったり、ホログラムがあるようだ。
気になることを聞いたら、心を切りつけたりしないだろうか?
「あの……。その赤い部分は、鬼と化したのかな?」
「鬼? ああ、この角のようなものは自分が印を受けたのです。自分はバグなのです。そうか、鬼に見えるのですか。酷いですね! 虫は、鬼なのですか」
もしかして、マルクウの中枢にバグがあるのは、多大なミスではないか?
マルクウは自浄作用で、バグの区別をつけているのかな。
それにしても角とは、面妖なこともあるものだ。
架空の世界のことだと思っていた。
「自分は、
やはり、CMAだったか。
あなたは、CMA999なのか。
「CMA999。どうして、バグだと分かったんだ? 今まで、中枢で働いていたのだろう?」
じわりと消えて行くCMA999に、悪いけれども、どうにか僕の使命に関するヒントを得たいと思った。
「自分は、デバッグ……。除虫されそうなのです。コンピュータプログラムに潜む欠陥ですから。いつまでも隠れておられずに、とうとう見つかってしまいました。急に足元が緩くなり、排除のコールが鳴りました」
「見つかるって、誰にだ?」
ことは急がなければならない。
CMA999が胸元まで消えている。
「清浄の鐘の音です」
ああ、ゴーゴーと鳴ったばかりの。
清浄の鐘にそんな働きがあるのか。
その鐘は、確か……。
確か、あの人が関わっているのでは?
初めての『マリッジ◎マリッジ』からの彼女の返信を思い出す。
≪私は、重いβコードを背負って生きています。ハイスクール在学中から、空中庭園国の父の補佐として、清浄の鐘を鳴らす大事な役目を担うようになりました。この頃身辺が落ち着きません。どうか、私のボディーガード役を買って出てくれないでしょうか≫
あの、メッセージには本当に重い意味が含まれているのか。
何とか彼女と繋がっていたい気持ちはまだある。
この気持ちで、話し掛けてみようか。
僕は、パーソナルフォンを見つめ、こんなものに頼っていてはダメだと思った。
それに、ロックされており、ウィンドウの起動もできないかも知れない。
CMA157に起動させた場所を探知さられても脅威だ。
よし、がんばろう。
「CMA999。今、僕の誠意で、呼びかけてみる」
僕は、CMA999に手を伸ばす。
CMA999は、随分と驚いた顔で手を震わせる。
「自分を……。自分を助けてくださるのですか。バグなのです。鬼……。なのです」
「バグだって、鬼だって? そんなのを気にしてはいけないよ」
僕は、戸惑うCMA999に、顔も似ていないCMAβの面差しをしんと感じた。
CMAβ、君ならどうする?
逞しい君なら。
僕は振り返り、国民服を頼っていたCMA999の腕をしっかりと両手で掴む。
国民服では、救えないだろう。
気持ちだ。
気持ちが大切なのだ。
「よーし、せいの!」
腕を引き抜きながら、助かれと念じる。
「せいの! せいの!」
「自分は、バグです。自分を助けては、惑星アースへ惑星流しになるかも知れませんよ」
そんな覚悟もできていない人間が、マルクウまで来たりはしないよ。
「そもそも、僕は、ヤン父さんとかや乃母さんが惑星流しされているかも知れない。そして、ひなが依然として、行方不明になっている」
「しかし、自分は鬼です」
「せいの! せいの!」
よく見れば、可愛い角ではないか。
「中身が大切ってこと」
僕の力のある限り、CMA999を助ける。
そして、メッセージを送ってくれた鐘をつくあなたに届きますように……。
「せいの! せいの! せ、い、のー!」
CMA999よ、助かれ――。
真っ白だった世界が、金色に輝き出し、そして、虹色の世界へと変わって行った。
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