第七章

第六十一話 ペット

「これが食べたいのかなー?」


「はい、食べたいです、わん!」


 なぜこうなったのかというと、話は昼休みの始まりに遡る。





 愛を初め、芽依、はると、れん、葵が俺の席にやって来て、弁当やらパンやらジュースやらをひろげた。


 そして、愛と芽依は、俺にサインを配り、俺は向こう側に座っている結月を手招きした。


 結月は一瞬驚いて、隣にいる2人の女の子を見比べた。その2人の女の子は微笑んで、頷き、結月を送り出した。


 多分、彼女たちも、結月が俺のところに来たいって前々から勘づいたのだろう。


 それを見て少し微笑ましい気持ちになった。


 結月は恐る恐るこっちにやってくると、はるとは声掛けた。


「まあ、色々あったけど、いつきがいいなら俺らは別にいいよ」


 それに対して、れんも反応した。


「うん、美乳は歓迎するぜ!」


 れんがそれを言い終わるや否や、葵がれんの頭を平手打ちした。


「見てもないのに、デタラメいうな!」


 ツッコミどこそこなの?


 結月が葵の隣に座ると、葵は興味津々に俺に聞いてきた。


「愛ちゃんとは仲直りしたの?」


「ああ、したよ」


「で、したの?」


「なにを?」


「恋人のあれよ!」


 葵がそう聞くと、芽依と結月は俯いて、はるととれんは興味津々に見つめてきた。


「した……」


 俺が答えたとたん、隣から怒りのこもったフラットな声が聞こえてきた。


「なんでそんなことを人に言うのかなー いつきくん?」


 愛に視線を向けると、愛は微笑んでいるけど、目が笑っていない。


 はるととれんは愛の言葉を肯定と受け取ったのか、俺に文句を言ってきた。れんのは文句というより、セクハラなんだけどね。


「なんで俺らを出し抜いたんだよ! 生まれる日は違えど、卒業する日は一緒だと誓ったんじゃないか!」


 うん、そんなこと誓ってないし、卒業する日が一緒で相手も同じ人だったら問題になるがね。


「で、どうだったの? 柔らかかった? 下着はどんな色だった?」


 それに対して、芽依と葵が牽制をかける。


「はると、童貞のくせに、余裕もなくなったらもっと

モテないよ!」


「れん、一遍死んできたら?」


 自業自得とはいえ、心に来るものはあるだろうね。


 実際、俺は昨日、日曜日に愛と一緒に愛の家に行って、愛のお母さんに金を返したあとに、愛と1日家デートしてたから、はるととれんとは雲泥の差があるかもしれない。


 そう思うと、はるととれんには申し訳ない気持ちでいっぱいになるはずだったが……自業自得の犠牲者ははるととれんだけじゃなかった。


「いつきくん」


「どうしたの? 愛」


「「えっ? 下の名前で呼んでるの?」」


 はるととれんのメンタルには賞賛するところがあると思うくらい、すぐに芽依と葵の言葉を忘れて、俺が愛への呼び方を変えたことに食いついてきた。


「今日はペットでいてね?」


 愛は2人を無視して、俺に訳分からないことを強要してきた。


「ペット?」


「そう、名前はそうだね、ぽちくん?」


「ベタ過ぎない!? てか犬かよ!」


 いや、ツッコミ所はそこじゃないけど、思わずつっこんでしまった。


「シチュエーションはそうだね、ぽちくんは餌が欲しくて、でも自分で食べれないから、ご主人様である私に懇願して、餌を食べさせてもらうってのはどうかしら?」


「俺に拒否権は?」


「さっきみたいなこと言っといて、あると思っているのかなー」


 あっ、愛は意地悪モードに入ったな。これじゃ、てこでも動かせないや。俺は内心で諦めた。


 そして、今に至る。





 愛はお箸でご飯を高いところに持ち上げると、俺に問いかけてきた。


「食べたいかなー ぽちくん」


「食べたい!」


「犬なんだから、わんって吠えないとねー」


「食べたい! わん!」


「ご主人様に対して敬語も使えないの? しつけが必要かしら?」


「食べたいです! わん!」


「よく出来ました」


 俺は口を上に開けたまま、愛はお箸を離して、ご飯が俺の舌に転がり落ちた。


 惨めだ。こんなの見せしめだ。でも、美味しい、うぐっ……


「次はぽちくんの大好きなタコさんウインナーだよー」


「嬉しいです! ご主人様! わん!」


「いい子ね、嬉しいわ〜」


 さっきと同じ感じで、俺の上に向いたまま開いてる口にタコさんウインナーが転がり込んだ。


 哀れな。でも、おいしい、ぐずっ……


 はるととれんは魔王と付き合うなら一生独身のほうがいいと言わんばかりの目で俺らを見つめて、芽依、葵と結月は別の話題に興じている。


「喉乾いたかなー?」


「乾いたです! わん!」


「じゃ、水をあげないとねー」


 愛はペットボトルのミネラルウォーターを高く持ち上げて、それを俺の口目掛けて、傾けた。すると舌に水が突き刺さるような感覚がした。


「まだほしいー?」


「わ……ぐっ……ん……ぐっ」


 喋ったら水が制服に零れるか、食道に詰まるかになるから、俺は必死にもう足りてるよってアピールした。


 だが、愛は手を緩めない。


「まだ欲しそうな顔してるわね〜」


「わ……ぐっ……ぐっ……」


 550mlの水を飲みきるまで、俺はひたすら水を飲み込むのに必死だった。ったく、こんなときに10%増量のキャンペーンはやめろ。


 もう二度と俺と愛のことを他人に話さないと誓った瞬間だった。





 「てことで、夏休み初日にみんなで海に行くね!」


 芽依が嬉しそうに言った。


 どうやら、俺と愛が羞恥プレイをやっている最中に、残りの5人は俺らの夏休みの予定を勝手に決めたらしい……


「うわー、さすが魔王だ……ああはなりたくないな」


 クラスメイトの呟きが微かに聞こえてくる。

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