第五十八話 四者会談

「もうお母さん! プライバシーっていう言葉を辞書で調べてきて!」


 愛が叫んで、お母さんを部屋から追い出すと、俺らは慌てて服装を正した。


 そのあと、愛は俺の裾を掴んで、小声で話した。


「有栖さん、秋月さんと私たちで四人で話したい……」


「なんで?」


「戦後処理?」


 愛は自分でも合ってるか分からずに「戦後処理」という言葉を口にした。多分、愛にはこの一連のことに終止符を打とうという思いがあるのだろう。


 確かに、古今東西、「愛」のためにいつくもの戦争が勃発した。クレオパトラ? 楊貴妃らへんがそうだろう。ならば、「戦後処理」という言葉もあながち外れてはいない。


「どこに集まる?」


「いつきくんに任せる」


 やはり、俺が思いつくのは学校の駅前の喫茶店くらいだ。俺んちと芽依んちからはもちろん、愛の家からもうそう遠くない。


 俺は携帯を取り出して、家の電話宛てに掛けた。結月の電話番号は今まで聞いてないから知らない。


『もしもし~』


「母ちゃん、俺だ」


『オレオレ詐欺の方ですか~』


 ほんとどいつもこいつもこんなベタな冗談を言うんだから。


「母ちゃん、電話切るよ?」


『ごめんってば、いつきってすぐ怒るんだから』


「母ちゃんのせいだよ」


『で、どうしたの?』


 母ちゃんってば、都合が悪くなるとすぐ話を逸らす。


「結月は家にいる?」


 俺が結月を呼び捨てにしてるからか、母ちゃんはしばらく黙って、そのあと嬉しそうに「いるよ」って答えた。


「ちょっと代わってもらえないかな」


『はーい』


 ほんと、ノリのいい母ちゃんだ。姫宮のお母さんほどじゃないけど、母ちゃんも年より遥かに若く見えるし、一応美人なほうだ。


『もしもし』


 電話の向こうから結月の声がした。


「結月、今、姫宮の家にいるんだけど、」


 そういうと、愛は俺をギロリと睨んだ。


「ごめん、言い間違えた。今、愛の家にいるんだけど、愛が結月と芽依とも話したいから、ちょっと学校の駅前の喫茶店に来てくれる?」


『駅前の喫茶店?』


「今から芽依にも電話するから、道が分からなかったら芽依に案内してもらっていいかな」


『有栖さん……』


「大丈夫だよ、芽依は結月のこと心配してたから」


『ほんとに?』


「うん、だから、四人で話そう?」


『うん!』


 携帯越しに結月の嬉しそうな声が聞こえてきた。少し強引だと思ったけど、よかった。


「じゃ、今から芽依に電話するね。じゃね」


『バイバイ、いつきくん』


 俺が電話を切ると、今回は芽依の携帯に掛けた。


『もしもし?』


「芽依、俺だけど」


『オレオレ詐欺!?』


 それ、今流行ってんの……? 


「そう思ってもらって構わないけど、芽依って今空いてる?」


『うーん、ゴロゴロしてて忙しいかな!』


「暇なら、少し結月を連れて、いつもの駅前の喫茶店に来てくれない?」


『忙しいってば! なんで?』


「ひめ、いや、愛が芽依と結月と話したいって」


『愛? いっきは姫宮さんとなんかあったの!?』


「うーん、あったような、なかったような、邪魔されたような……」


『ううっ……分かったよ! 夢咲さんも連れて行けばいいでしょう』


「ほんとにごめんね、つき合わせちゃって」


『いっきのそれ初めてじゃないし、それにクジラちゃんに免じて行ってあげる!』


「ありがとう、芽依」


『えへへ』


「じゃ、俺と愛は先に喫茶店に行くね」


『愛……』


 芽依は恨めしそうな声で唸ったが、俺はそっと携帯を閉じた。


「よくできました」


 そういって、愛は俺の頭を撫でてくれた。


「また姫宮って呼んだら、もう一生させてあげないと思ってたところだったー」


「させないって何を?」


 俺が白々しく聞くと、愛は俺の頬に優しいキスをした。


「分からないなら別にいいかなー」


 愛はまた意地悪モードになった。


「そんな! 教えてよ」


 思わず俺が愛を押し倒してしまった。そして、愛はゆっくりと目を閉じて、俺はそのまま愛の唇に口付けをした……


「あっ! 俺金持ってないんだった!」


 金がないことを思い出して、俺はうろたえた。結月と芽依を無理やり呼び出したから、カフェラテの一杯くらいは奢るつもりだった。


「もう、なんでこんなときにそんな情緒のない話をするのかなー」


「仕方ないじゃん、これじゃ、愛への10円も払えないよ……」


 母ちゃんからお小遣いもらうのを忘れたことを悔いてもしきれない。


 俺は愛のケースに視線を配ると、愛は素早く体を起こして、ケースを腹の下に隠して、怒ってる猫みたいに四つん這いになって威圧してきた。


「冗談なんだけどね」


「目が本気!」


「えへへ」


 マジでどうしよう……


「ははは、お困りのようですね~」


 ドアのところを見ると、愛の綺麗なお母さんが邪悪な笑みを浮かべていた。なんでまた俺が愛といい感じになっているタイミングに? まあ、そのいい雰囲気を俺が壊したけどね。


「いつきくん、これを使うといい~」


 娘が「魔王」なら、母親も「魔王」か。その口調はRPGの中にいる魔王にそっくりだ。


 愛のお母さんはベッドまで近づくと、俺と愛は一瞬にして姿勢を正した。もう恥ずかしいったらないよ……


 愛のお母さんは二千円を俺に渡してくれた。


「うふふ、一人が500円の飲み物を注文するとなると、四人で合計2000円かな~」


 ほんと、どこから話を聞いてたんだろう。愛のお母さん。でも、すごくありがたい。


「明日、必ず返すんで!」


「明日は日曜日だよ~ またうちに来るってことかな~」


 愛のお母さんは少し嬉々としてた。


「はい、金に関しては、一刻も早く返さなきゃいけないと思っています!」


 それなら、最初から借りるなって? この状況だとどうしようもないじゃん。明日すぐ返すから、許して……


 俺は心の中の天使にそう謝った。





 俺と愛が例の喫茶店で隣り合って座っていると、芽依が結月の背中を押して、店に入ってきた。


 俺が手を振ると、二人は俺たちの向かいの席まで歩いて腰を掛けた。


「えっと、秋月さん?」


「はい?」


 最初に口を開いたのは愛だった。結月はいきなり愛に呼ばれて驚いた様子だった。


「まず、もう一度ちゃんと秋月さんに、いつきくんに中学校のことについて、謝ってもらおうかしら」


 どうやら、愛は俺以外の人には今まで通りの口調らしい。


「うん……いつきくん。中学校の時に、いつきくんを信じきれなくて、試すような真似をして……金もらったり、冷たくしたりごめんなさい」


 結月は深々と頭を下げた。さすがにみんなの前で謝らせるのは少しやりすぎだと思ったが、どうやら愛の真意はそこではないらしい。


「これで私もけじめをつけたわ。ありがとうね、秋月さん」


「ううん、私が悪かったから」


「それで、その最低極まりない不倫変態野郎のお父さんを、私のお父さんに言って懲らしめてもらおうかしら?」


 とっさに愛の目は怒りの色に染まっていた。愛にとって、不倫とかそういうものは許せないらしい。


「えっ?」


「秋月さんはお父さんの居場所知らなくても大丈夫だわ! なんとかなるから! 私はそんなやつが許せないわ!」


「迷惑かけられないよ……」


「迷惑じゃないわ。予行演習とでもいうのかしら。いつきくんが将来不倫なんかするときに素早く懲らしめられるようになるための練習も兼ねてるわ。まあ、いつきくんにそんな度胸があるのかしらね~」


 思わず背筋がぞっとした。愛の目は本気だ。俺はこの瞬間絶対に不倫、いや、浮気もしないと誓った……


「大丈夫だよ。私はもう大丈夫。お父さんのことは吹っ切れたの。誰もがお父さんみたいな人じゃないっていつきくんに教えてもらったの。だからもう前に進める」


「いつきくんはあげないわ~」


 はははっと結月は苦笑いした。


「あと、有栖さん、どうやら勝負はついたみたいだね。まだ続けるのかしら?」


「もちろんだ! いっきのこと、まだ諦めてないからな!」


「張り合いのある恋敵ライバルだわ~」


 そのあと、俺らはカフェラテを啜りながら、今まで出来なかった話をこれでもかと話し尽くした。

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