第二十八話 勉強会

「秋月、お前点数悪くなったじゃないか! ちゃんと勉強してるの? 遊びすぎてんじゃないのか?」


 俺は数学の先生にこっひどく怒られている。


 この間風邪で休んだ日の授業の内容が小テストに出て、答えられなくて、点数が酷かったのが原因だ。


 でも、休んだとか授業に出れなかったとかは先生にとって言い訳でしかない。いくら弁解しても先生は理解してくれない。


 きっと体調管理がしっかりしていないとか、友達からノートを借りて勉強すればいいとか言われるに違いない。


 今まで努力していい成績取ってきたとしても、一度の失敗で信用はなくなってしまうと俺は思い知った。


「すみません……」


「分かったならいい。もう帰っていいよ」


 俺は職員室を出ると、少し泣きたくなった。


「どうしたの?」


 学校が終わっていきなり先生に呼び出されたから、姫宮と芽依は職員室の前で俺を待ってる。


「ちょっと小テストの点数が酷かったから、先生に怒られただけだよ」


「そんなので怒るものかしら」


「先生って理不尽だよ!」


「点数が悪かったのは俺だし、俺のせいだよ」


 そう言っても、俺は心では納得していない。


「分かったわ! 私がいつきくんに勉強を教えてあげる〜」


「私も! まあ、成績はいっきのほうが上だけどね、うへへ」


 2人の言葉が今の俺にとっては救いそのものだ。


「ああ、頼むよ」





 家に着くと、姫宮と芽依がリビングでくつろぎだした。


「あれ、勉強は?」


「せっかちな人ね~ もしかして、婚姻届を書き終わった瞬間、もう届けに行くのかしら?」


「そうだよ、私が勉強教えられるわけないでしょう!」


 俺が質問をすると、姫宮と芽依は自分の言い分を並べた。


 婚姻届を書く日が来るのであれば、ぜひそうしたいわ。


 芽依に至っては、さっきと言ってることが違いすぎて、もはや何しに来たのか分からなくなった。


「お茶はまだかしら?」


「お茶?」


「客人が来たのだから、お茶くらい出すでしょう?」


「いや、だから勉強しながらお茶飲んでも……」


「まず脳を活性化させないと勉強教えられないわ~」


 どう考えても、まだくつろいでいたいだけなのでは? と思ったが、勉強を教えてもらう身だから、ここは姫宮の言う通りにしたほうがいいよな。


 俺はキッチンに入って、お湯を沸かし、さっさとお茶を淹れて、二人のところに持って行った。





 信じられない光景が目の前に広がっている……姫宮と芽依はソファーの上で寝そべていた。


 俺の記憶違いかな? 確かに姫宮は俺に勉強を教えるために来たのよね。しかもわざわざお茶を淹れさせといて……


 戦力にならない芽依はともかく、俺は姫宮を起こすことにした。かなりのリスクを伴うが、背に腹は代えられない。先生に怒られたのがすごく心にきて、早く次の小テストでいい点とって見返したい。


 だが、俺は手で姫宮を揺さぶろうとした瞬間、姫宮の寝顔が目についた。


 学校一の美少女とか魔王とか言われているけど、姫宮の寝顔は純粋に可愛かった。魔王と呼ばれるような威圧感はなく、そして学校一の美少女らしく気取っていない。


 ここにいるのはただの姫宮だ。どこか幸せそうで優しい寝顔。


 俺は指で姫宮のほっぺにツンツンしたら、ううっという声を発して、唇を少しむにゃむにゃと動かした。

 

 小動物みたいで面白い。俺は思わずツンツンに夢中になっていた。


「人の顔で遊ぶのはそんなに面白いかしら? そんなに私の顔が好きなら、写真に綿を詰めて差し上げるわ~」


「あっ!」


 ツンツンしすぎたせいか、姫宮は起きてしまった。そして開口一番に嫌味を言ってきた。


「いや、起こそうとしただけだよ」


 俺は慌てて適当な言い訳でごまかした。


「そう? なら今度はキスでお願いします」


「ぐっ、それはちょっと……」


「では、今日はもう帰ろうかしら?」


「そうさせていただきます。だから帰らずに勉強を教えてください」


「分かったわ~」


 ぐっすり寝ている芽依をよそに、俺と姫宮はダイニングのテーブルで隣り合って座った。





「ここはこの公式を変形させて、代入すればいいわ~」


「なるほど」


「いま公式を暗記しようとしたでしょう。いつきくん、いい? 公式は基本の式を変形させれば導けるもので、なんでこういう形の公式になったのかを理解することが大事よ?」


 さすが姫宮、分かりやすく説明してくれるだけでなく、数学の考え方自体も教えてくれる。


「ちょっと聞いてるかしら?」


「聞いてるよ」


 思わず姫宮の真剣な顔に見とれてしまった。


「じゃ、次の問題行くね」


「お願いします、先生!」


「先生じゃ嫌かな」


「うん?」


「お母さんとママのどっちがいい?」


「なんの話?」


「私たちに子供ができたときの話」


「それを今呼べと?」


「予行演習だわ~」


 姫宮はどこに行っても姫宮だ。俺をからかうことを忘れない。最近少し好きになってもらえたと思ったが、どうやら俺の立場はまだ彼氏おもちゃらしい。


「そういえば、給料はまだだったな。はい、十円」


 そんな羞恥プレイに乗れるか……俺は話題を変えて、今日の給料を姫宮に渡した。


「そうね、私としたことが、大事なことを忘れてたわ……」


 いつもは自分からせびってくるのに、今日は珍しくそれを忘れていたみたい。そんなに俺にママって呼ばせることが優先されるのか? 俺になかなか呼んでもらえないせいか、姫宮は10円玉を包みにしまって、少し落ち込んだ顔をした。


「……ママ」


「えっ?」


「なんもない」


「もう一回」


「だからなんもないって」


「……」


 元気づけようと何気なくママと口走ったが、我に返るとすごく恥ずかしいことを言ったのを自覚した。


 ただ、姫宮のもう一回言ってほしいお願いを頑なに断り続けたせいか、姫宮はまた落ち込んだみたい。これじゃ、本末転倒だよね。


「しょうがないよ、もう一回だけだぞ……ママ」


「パパ、もっかい~」


「ママ」


「もっかい~」


「ママ」


 もう一回だけだって言ったのに、姫宮はねだり続けた。俺もそれに応えて姫宮を呼び続けた。気づいたら、顔が熱くなっている。きっと真っ赤になっているだろう。ごめん、これ以上はもう無理……


「お母さん、晩飯まだ……?」


 芽依はソファーでぐっすり眠っていて、たまに寝言を言っていた。この子はほんとに何しに来たのだろう。

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