第二十七話 雨の日

 六月に入り、季節は夏に変わりつつあった。


「梅雨って鬱陶しいなあ」


「日本一億人の気持ちを代弁してくれてありがとう~」


「残りの二千万人は?」


「きっと残りの方たちは梅雨が好きだわ~」


 俺がぼやくと、姫宮が茶々をいれてきた。


 梅雨というのもあって、屋上が使えなくなり、俺と姫宮がはるとと芽衣たちと六人で昼食を取るようになった。


「いただき!」


 はるとは芽依が窓の外を眺めている隙に、芽依のタコさんウィンナーを奪い取って自分の口の中にいれた。


「最悪、はるとに取られたし」


 芽依はいつもはるとに当たりきついけど、内心でははるとのこと嫌ってはいないと思う。


「もう、はるとが触れた卵焼きもいらないから、あげるよ」


 こうやって、自分の卵焼きをはるとにあげてるところもそれの現れだと思う。


 みんなが見てる前なのか、姫宮はいつもの弁当を二つに分けて、一つを俺に渡した。みんなの前で俺にあーんさせて食べさせてくれたほうが、俺に無様な姿を晒させられると思うのだがね。


 芽依も俺のために作った弁当をさりげなく寄こしてくれたし、はるとは羨ましそうな目で見てくる。


 れんと葵は相変わらずに下品なトークに花を咲かせている。葵ってほんとに女か?


 だが、この中に、結月の姿はいない。結月は転校初日に俺に弁当を渡しに来てから、いつも自分の席で弁当を食べている。


 もちろん、一人ぼっちではない。転校してきて随分と経つし、結月にも何人かの友達ができて、一緒にご飯を食べるようになった。


 だが、友達と話している時の結月の笑顔が少し気になる。偽りの笑顔とでもいうのでしょうか。


「葵、教えてよ! このクラスで一番おっぱいでかいのは誰だよ!?」


「ジュース一年間奢りな!」


「せめて一か月にしてくれ!」


 そんな情報にジュース一か月分の価値もあるのか? 相変わらずこの二人はどうしようもない。


 その二人の会話を聞いて、なぜか芽依は自分の胸を見つめた。気にしてるのだろうか。


「芽依のが一番大きいと思います!」


 はるとが軽く冗談を言いだすと、芽依に鬼の形相でにらまれた。


「……」


「ほめてるじゃん!」


「はるとはデリカシーも学力もないバカだね……」


 相変わらずはるとに厳しいな。はるとにだけでいうのなら、姫宮の辛辣さにも負けていないのかも。でも、はるとが悪い時がほとんどだから……今もそう。


「デリカシーと学力がなくても、紳士らしさはあるさ」


「……どの口が言ってるのやら」


「この口!」


 はるとはまったく芽依の言葉を意に介さず、軽口をどんどん叩いていく。


「にしても、中学校より大きくなったな~」


「……けっ」


「はるとくん? 胸の話ばかりしているわね? そんなに胸が好きなのかしら? なら、ゴリラをお勧めするわ~ きっと人間では満足できないような感触を体験できると保証してあげる~ ゴリラが不満ならオランウータンはどうかしら? あっ、ライオンタマリンも捨てがたいわ~」


 どっから霊長類の名前を勉強してきたのか、ゴリラ以外に聞いたことのない霊長類が姫宮の口から次々と出てくる。


 でも、これは決して芽依を庇うために言ったことじゃない。なぜなら、姫宮ははるとの言葉を聞いて自分の胸を凝視して少し悲しそうな表情になった。


 芽依がDかEなら、姫宮は精々Cなんだろう。だから、姫宮にとって、はるとの言葉は不快極まりないのだろう。


 はるとは恐れ戦いて、すっかり項垂れて口を閉じてしまった。ったく、「魔王」が同席していることを忘れるなよ。しかもセクハラだし、同情の余地なしだな……


「ざまぁ!」


 芽依、その単語は女の子から発するのはどうなんだろう。場合によっては、俺とじっくり話そうね。


「ちっ……」


「あっ! はるとが舌打ちした! 葵、助けて!」


「はると、シャーラップ!」


 葵のエセ英語がはるとにとどめを刺した。はるとは苦痛な悲鳴をあげて、机に倒れこんだ。ていうか、葵自身の下ネタはセーフなの? 姫宮と芽依の基準がよく分からない。


 それよりご飯食べろよ……俺は弁当二つを平らげなきゃいけないんだから……





 学校が終わっても、雨は勢いを弱める気配がない。


 梅雨だからか、体育会系の生徒も早々帰宅しだした。


 窓を通して、外を見やると、少し暗たんたる気分になった。この雨の中で下校しなきゃいけないのか……おまけにお腹痛いし。


「帰ろう、いつきくん」


「帰るよ!」


 姫宮と芽依は帰る準備を催促してきた。


「分かったよ、ちょっと待って」


 俺は急いで、教科書なりプリントなりをかばんに詰めて、二人の後を追った。





 校舎の玄関を出ると、俺と芽依は傘を開いて、行こうとしたが、姫宮は立ち往生していた。


「姫宮、傘ないの?」


「ないわ~」


「姫宮さん、嘘言わないでよ!」


「嘘じゃないわ~」


 姫宮は芽依を軽くあしらって、俺の傘の下に入ってきた。


「朝はどうやってきたの?」


「歩いてきたわ」


「なら傘は持っているはずだよ?」


「そんな昔のこともう忘れたよ」


 なるほど、俺と相合傘をして、周りの人に俺をあざ笑ってもらう作戦なのか。


 昔の俺だったら、姫宮に傘を貸して、芽依と二人で歩いてたが、今なら俺にとっても好都合だ。


 相合傘してたら、姫宮も少し俺にドキドキしてくれるかもしれない……


「私の傘貸してあげるから、いっきは私と一緒に傘……」


「ごめん、有栖さんの傘は好みの色じゃないわ~」


「うっ」


 そんな理由で断るのか? しかも芽依もそんな理由で納得するのか? 女の子って色にそんなにこだわるものなのか……


「じゃ、帰ろうか」


「はい」


「分かったよ」





「姫宮、くっつきすぎじゃない?」


「可憐な少女を濡らすなのかしら? それともそういう趣味がいつきくんにあるのかしら?」


 自分で可憐っていうか……しかも嫌味まで言ってくるし。


「私はいっきにいっぱい濡らされたよ!」


 芽依、なにを言ってるの? 下手したら、俺は刑務所行きだよ?


「なにを言ってるのかしら」


「ちっちゃいときに一緒に風呂に入ったら、お湯かけられたもん!」


 そういうことか……ずいぶん昔のことだな。


「うっ……」


 姫宮はなぜか辛そうに、もっと俺の腕を抱きしめた。


「私たちの思い出はこれからだもの……」


 姫宮は俺の顔を見つめて、少し顔を綻ばせた。

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