第二十五話 心より先に
最近結月がアルバイトを始めた。
母ちゃんは無理してバイトしなくてもいいよって言ったけど、結月はバイトして買いたいものがあるって言ったから、母ちゃんもそれでオーケイした。
いや、俺もかなりまずいよね。最近外出しすぎて、少し懐がさびしくなっている。
俺もバイトしようかな……
そう思って、俺は携帯でバイトの情報を調べだした。
ふと俺の目はある求人に止まった。「ラーメン屋でバイトしませんか? 賄いあり」。
いいな。時給が高いし、おまけにただでラーメンが食えるなんて最高かも。
俺は応募ボタンを押した……
翌日、店長のメッセージが届いた。放課後に面接に来て欲しいって。
「姫宮、芽依、今日放課後バイトの面接があるんだよな」
俺は面接があるから、2人に先に帰ってって仄めかした。
「バイト? いっきって金に困ってるの?」
「私との時間はどうするのかしら?」
2人それぞれ心配するところが異なるのが少しシュールだった。
「金に困ってるというか、最近外出しすぎたから……」
「「あっ」」
2人にも思い当たる節があったのだろう、揃って声を発した。
「まあ、姫宮、そんなにがっつりシフト入れないから、いい?」
「大丈夫だわ〜 いつきくんがバイトしてる間に店で勉強すればいいかしら〜」
「じゃ、私も!」
おいおい、はた迷惑なお客さんだよ。
「とりあえず今日面接あるから、2人とも先に帰っていいよ」
「ついていくわ〜」
「私もついて行く!」
というわけで、俺はやれやれと2人を連れて面接に来た。
「えっと、秋月樹くんだね、そっちの2人は?」
「友達です……」
「彼女です。よろしくお願いします」
「いっきの幼馴染です!」
俺の答えが不満だったのか、2人は自分で自己紹介をしだした。
店長は2人を見比べて、とっさに「採用」と言い出した。
「えっ? まだ面接してないじゃないですか?」
「いいんだよ! もうさっそく今日から働いてみないか? いや、働いて欲しい!」
なぜか、俺は当日採用の上に、すぐに働くことになった。
「そこの2人のお嬢さんもぜひラーメン食べながら友達のバイトを見守っててあげてね! な〜に、ラーメンはこっちの奢りだよ」
なんとなく分かった気がする。店長はこの2人を看板娘として利用するつもりなんだろう。
「彼女です!」
「幼馴染です!」
友達って言われたのがよほど気に食わなかったのか、2人は口揃って訂正しだした。
「えっと、彼女さん? 幼馴染さん? ラーメンはなににする?」
店長も気圧されたのか、2人に丁寧に食べたいメニューを聞いてきた。
「おすすめでお願いします」
「スペシャルラーメンで! あと味玉は2つお願いします!」
芽依は姫宮と違って、遠慮というものを知らない。味玉2つ、しかもただで貰おうという発想はある意味怖い。
俺は制服に着替えて、店長に仕事の作法を教えて貰ってる間に、2人はふーふーとラーメンを啜った。
「悪くないかしら〜」
「美味しい! さすがスペシャル!」
こっちが働いてるというのに、2人は何気なく俺の食欲を刺激してくれる。無自覚だから尚更タチが悪い。
あとできちんと賄いを頂くからな。
やはりというべきか、美少女2人がいるだけで、客足が早くなった。いつの間にか座席は埋まっていた。
店長は簡単な作業を俺に任せて、真剣にラーメンを茹でていた。
「お待たせしました! 豚骨醤油ラーメンです!」
「毎度ありがとうございます!」
「いらっしゃいませ!」
ラーメンを運んだり、挨拶をしたりと俺はすっかり忙しくなった。
2人がラーメンを食べ終わったタイミングで、店長はすかさず餃子を2人の前に置いた。どうやら簡単に帰さないつもりらしい。
「ありがとうございます」
「やったー! 餃子大好き!」
また食うのか? 女の子って体型とか気にしないのか?
2人はまた箸を取って、餃子を醤油につけて口に中に運んでいく。
お腹空いたな……泣きそう……母ちゃん、晩飯は餃子でお願いね……
「綺麗な子だね! 髪めっちゃ長いじゃん! 俺のタイプだ!」
「俺はそっちのショートカットの子が好みかも!」
どこにもいるよな。人に聞こえるような声で女の子を批評する男。
芽依はそういうの慣れてるみたいで、無視して餃子を食べ続けたが、姫宮はなぜか顔が凍りついた。
「ほんとに綺麗だよな。もうスカウトされてるのかな」
「言われてみれば、確かに、ロングの彼女って確かに綺麗だよね」
姫宮の顔はどんどん歪んでいく。綺麗な顔がなにか得体の知れない感情に満たされていく。
気づいたら、姫宮は席を立ち上がり、その2人の男のところへ向かった。
「人の顔をジロジロ見てなにをしているのかしら? もしかして人間って見たことないのかな? 家に帰って鏡を見れば済むんじゃないかしら? あっ、ごめんなさい、鏡を見ても人間じゃなくて猿が映るんでしたね。これはすみませんでした」
2人の男はぽかんと口を開いて、なにがあったのか把握出来ずにいるみたい。そして、我に返ると、彼らの口から汚い言葉がこぼれた。
「美人だからって調子に乗るなよ!」
「綺麗ってさんざん言われてきただろうけど、性格は最悪だな」
姫宮の顔はさらに歪んでいく。芽依はどうしたらいいのか分からずに足踏みしていた。
「なあ、お前らってさ、ひがんでんじゃないよ!」
気がつけば、俺は飛び出して二人の男に向かって喋りだした。
「人に聞こえるように陰口言ったりして、それでも男か? ナンパしたいなら正々堂々と声かけろや! ナンパ師でもまだお前らよりマシだよ!」
姫宮の魔王覇気に毎日当てられたせいか、俺の言葉も凄まじい殺傷力をもっていた。
二人の男はまだ知性があるようで、「もう行こう。こんな店二度と来ないわ」と言って去っていった。
「店長、ごめんなさい、俺、バイト辞めます」
「ああ、そうしてくれ」
なぜ姫宮をかばったのか分からなかった。気づいたら体が先に動いていた……
俺はバイト初日で首になった。でも清々しい気分だった
「いっき大丈夫?」
「大丈夫だよ」
芽依は心配そうにしてくれた。でも、ほんとになんともなかった。何年も働いてた店なら情も湧いて、やめたのは寂しくなるが、2時間くらいだけだったし、特に思うことはない。
「ありがとう、いつきくん」
「ああ、別にいいよ。そういう男が嫌いなだけだから」
「そう?」
「うん」
「また次のバイト先探さないとね」
「しばらくバイトはやめだ。2人を連れていったらどこに行っても首になるよ」
「うふふ」
「いっきのばか! べーだ!」
俺ら三人は腹を抱えていっぱい笑った。
ただ姫宮に関して、少し気になることができた……
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