褒め殺し殺人

瑞原えりか

第1話 笑う死体

「川田、なぜこの死体は笑っている」

「さぁ、なぜでしょう……」

「死因はなんだ?」

「心臓発作です」

「……。じゃあこれは事件ではないだろう。なぜ私を呼んだ? 時間の無駄だ!」

「い、いえ! それが……、通報があったんです。ガイシャ本人から」

「なに?!」





 春日井は眉間に皺を寄せた。そしてそのままの顔で目の前にいる川田をギロリと睨む。すると川田はヒィッと小さく慄きおのの、瞳を潤ませた。その様子を見た春日井は深いため息をつく。


「死人がどうやって通報する。ふざけるのも大概にしろ」

「ちちちちがうんです課長! 通報があったのは昨日の深夜なんです」

「なに?! それを先に言え!」

「ヒィッッ! じ……自分は殺されるかもしれないって署に電話があったそうです!」


 都内某所、春日井は部下の川田を連れて事件現場に来ていた。もとい、もしこれが事件であれば、ということになる。

 春日井は警視庁捜査一課勤続五年目の課長だ。元は地方のヒラ刑事だった春日井は、あるとき凶悪事件に巻き込まれ、生命の危機に瀕した。しかし、生まれ持っての才気と手腕でなんとかその危機を脱し、見事に事件を解決した過去がある。それらの功績と実力が認められ、30代前半という若さでここまでのし上がってきたやり手なのである。ビジュアル的には金髪のハーフ顔で透き通るように肌が白く、一瞬女性と見間違うほどの美形なのだが、その中身は昭和初期、いやむしろ大正を彷彿させるような、古めかしい口調を使いこなす変わり者だ。また常に機嫌の悪そうなオーラで他を圧倒しているので、署内では影で不機嫌王子デカと言われている。

 一方川田は、春日井の部下として、今年四月に配属されたばかりの新人刑事である。間違いなくエリートコースであるこの一課に配属された川田も、かなりの訳あり人物だ。

 署内の誰から見ても、川田の親には忖度すべき権力があるのは明らかだった。しかし、なぜかそれは極秘情報として、署内ではごく一部の上層部しか知らない。なので、川田の詳細は謎に包まれている。身長157センチ、艶のある長い黒髪を一つに束ね、大きな丸眼鏡をかけている。そして最大の特徴としては胸が大きい。ぱっと見は就活生と言われても違和感がないほどの初々しさと、その迫力のあるバストのせいで、署内には隠れファンが多数いる有名人だ。しかし、当の本人はその空気に気づいているのかいないのか、それ以前にどうにも気が弱く、いつも自信なさげでおどおどしているのだった。

 そんなデコボココンビの春日井と川田だが、すでにこれまでにいくつかの殺人事件を解決している名コンビでもある。しかし、毎度のことだが、要領を得ない川田の報告に、春日井はイライラとし始めていた。川田はそんな春日井の無言の気に圧倒され、先ほどより一層おどおどとしながら報告を続ける。


「つ、通報の電話を受けた刑事によると、自分は褒め殺し﹅﹅﹅殺人のターゲットに選ばれた……、明日、殺される、助けてほしい。との内容だったようです……」

それを聞いた春日井は顔の皮膚を引きつらせて言った。

「褒め殺し殺人だと? 褒め殺しで人が死ぬわけないだろう。なんだそのふざけた通報は」

 川田は肩をすくめ、ますます萎縮していく。まるで着ているスーツのジャケットが一回り大きくなったようだ。

「はい。電話はすぐに切れたそうで……。電話を受けた刑事もイタズラだと思ってそれで……」

「それで報告を疎かにした」

「い、いえ! 決してそう言うわけでは……、深夜でしたし、報告書にはしっかり記録していたと……。ただ、本日、我が署のマスコットのうらやまちゃんの一日警察署長のイベントで忙しくしており、報告が遅れたと……お?」

 川田の目の前五センチに春日井の手のひらが迫っていた。春日井が手で川田の報告を制したのだった。

「もういい。実に、事件コトは起きた。検証を始めよう」

 春日井は金の糸でKと刺繍された真っ白な手袋をはめながら言った。

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