第16話


「それにしてもギルドマスターは何を考えているのだろう。見物人を集めると言っていたけど、コカトリスの卵を割るくらい珍しくもなんともないのに・・・・・・。」


オレはギルドからの帰り道で小さく呟いた。その言葉をシラネ様はひとつ残らず拾ったようで、


「ユージンには皆困っていたのよ。だから、今回見世物になるのはコカトリスの卵というよりは、ユージンが料理人見習いのリューニャに負ける瞬間ね。」


と、今回の件について教えてくれた。どうやら、ユージンはシラネ様だけでなく他の人に対しても嫌がらせを行っていたようだ。それも、ギルドマスター自らユージンを見世物にしようというような発言をするということは、ギルドマスターも見かねる状態になっているようだ。

それならば、いっそのこと冒険者登録を抹消すればいいのにとも思うのだが・・・・・・。


「冒険者登録って抹消できないんですか?」


「愚問ね。冒険者登録は抹消することはできるわ。でも、今現在このギルドにはユージン以外の腕の持ち主がいないのよ。だから、ユージンも調子に乗ってやりたい放題ができるってわけ。」


「なるほど。でも、ユージンよりもギルドマスターの方が地位が上なのでは?」


「そうね。確かにその通りよ。でもね、ギルドマスターの実力じゃユージンに敵わないのよ。ギルドマスターは足を怪我して一線を退いた人だしね。ユージンとまともにやりあったらギルドマスターが負けるわ。それに、ユージンは素行に問題はあっても依頼をちゃんとこなしているから、ギルドマスターも冒険者登録を抹消することができないんじゃないかしら。」


「なるほど、ね。」


シラネ様はオレの疑問にひとつずつ丁寧に教えてくれた。

曰く、このギルドにはユージン以上の実力の持ち主がいないため、ユージンがいないと滞ってしまっている依頼もあるのだとか。

これは、ギルドマスターとしては死活問題なんだろう。もっと有能な冒険者が増えてくれればいいのだが。


「だから、そこでリューニャの出番よ!ユージンの鼻をあかしてやりなさい。ユージンをぎゃふんっと言わせるのよ!!」


シラネ様はそう言って拳を握りしめた。随分と力が入っているようで、手がぷるぷると震えている。それにしても「ぎゃふんっ。」ってなんだろう?


「ぎゃふん?」


「リューニャが言ったら駄目よ!ユージンに言わせなければ!!それには準備を万端にしないとね。」


「・・・・・・コカトリスの卵を割るくらいで準備なんて不要だと思うけれど・・・・・・。」


オレは、意気込むシラネ様に聞こえないように小さく呟いた。




★★★





そうして、あっという間に時間は過ぎて、待ちに待った?ユージンとの勝負の日がやってきた。オレは、コカトリスの卵を二つ手に持って家を出る。その後ろをシラネ様とトリスがそれぞれコカトリスの卵を一個ずつ持ってついてきた。

シラネ様が言うにはユージンとオレの分二つだけの卵ではなく複数の卵を持って行った方が良いとのことだ。なぜならば、オレが用意した卵だからとユージンが細工してあるのではないかと騒ぎ立てる可能性があるからだそうだ。

まあ、ギルドの鑑定士は優秀らしいので細工がしてあったらすぐにバレてしまうだろうけど。念には念を置いておいた方がいいというシラネ様の教えだ。


「それにしても重いわね。このコカトリスの卵。」


シラネ様はオレの後ろで一人ごちている。持っている卵は一つのはずなのにな。やっぱ女性だからか弱いのだろうか。シラネ様は冒険者と言っても聖女という役割だし。力仕事は向いていないのかもしれない。


「うむ。それにしてもシラネは審美眼がある。とても良い卵を選んだものじゃ。」


「どういうこと?」


コカトリスの卵に良い悪いがあるのだろうか。まあ、個体差があるからして少しは違うのかもしれない。色つきのコカトリスの卵もあるし。

歩きながらシラネ様が持っている卵を見ると、うっすらとだが金色に光っているような気がした。


・・・・・・あれ?あんなコカトリスの卵あっただろうか?


「うむ。それは妾がクイーンコカトリスから預かっておる卵じゃ。良い色と形をしておるじゃろう。」


「・・・・・・はあっ!?」


「ええっ!!?」


トリスのとんでも発言にオレとシラネ様の驚きの声が重なる。

クイーンコカトリスとかなにそれ。って感じだ。

クイーンと言ったら女王って意味だろうか。コカトリスの女王。なんかとんでもない卵なような気がする。

シラネ様ったら、あれだけあるコカトリスの卵からとんでもない卵を選択したものだ。


「・・・・・・クイーンコカトリスってあの・・・・・・っ。・・・・・・この卵、返してくるわ。」


シラネ様の顔から血の気が引いたのがわかった。それくらいシラネ様の顔は真っ青になっている。どうやら、シラネ様はクイーンコカトリスを知っているようだ。


「トリスより、クイーンコカトリスってのの方が強いのか?」


シラネ様の慌てっぷりにオレはトリスに質問をした。トリスだって色つきのコカトリスだ。普通のコカトリスの数倍は強い。クイーンコカトリスというのは、そのトリス以上に強いのだろうか。


「ば、ばかっ!!強いなんてものじゃないわ!!クイーンコカトリスと言ったらコカトリスの頂点に立つ魔物よ。姿を見た人だってほとんどいないし、強さだって通常のコカトリスの比ではないわっ!クイーンコカトリスの機嫌を損ねたら国が一つ滅びると言われている伝説級の魔物なのよ!」


「はあ。そうなんだ。」


シラネ様は随分と物知りだ。それにしても、そんなに強いコカトリスの卵だったのか。ちょっと食べてみたいなぁ。普通のコカトリスの卵とは味が違うのだろうか?もしかして、クイーンコカトリスの卵でプリンを作ったら今まで以上に美味しいプリンができあがるのではないだろうか。


ゴクリッ。


思わず、クイーンコカトリスの卵を使ったプリンを想像して生唾を飲み込んでしまった。


「ちょっと!!リューニャ!まさかクイーンコカトリスの卵を食べたいとか思ってないでしょうね!!」


「え?いや、あの・・・・・・。」


地獄耳のシラネ様には唾を飲み込む音が聞こえてしまったようだ。眉を吊り上げてオレのことをにらみつけてくる。


「ご、ごめんなさい。美味しいのかなって思っただけです。国を滅ぼす気はないよ。」


「・・・・・・食べようと思ったんじゃない。」


「は、はは・・・・・・。」


「うむ。リューニャは面白いのぉ。」


「っていうかトリス!なんで、そんな貴重な卵を私が持って行くことを許可しているのよ!!クイーンコカトリスから預かったんだったらちゃんとに保管しておかなきゃ駄目でしょ!!下手したらリューニャに割られちゃうわよ!」


おっと、シラネ様の怒りの矛先がオレではなくトリスに向いたようだ。まあ、トリスは倉庫にあるコカトリスの卵どれを持って行ってもいいって言ってたからなぁ。


「はははっ。黙っておればよかったのぉ。面白いものが見れたかもしれぬのに。残念じゃ。もしかしたらシラネの言う伝説のクイーンコカトリスが目の前に降り立ったかもしれぬのにのぉ。」


シラネの怒りをトリスは真正面から受けたが、笑って受け流していた。

それにしても、伝説のクイーンコカトリスの卵かぁ。シラネ様には怒られたけど、やっぱり食べてみたいなぁ。

「リューニャ!また食べたいとか思ったでしょ!!」


「えっ。いや、あの・・・・・・。」


シラネ様ったらトリスに怒りの矛先を向けていたのではないのか。なぜ、またオレに・・・・・・。ってか、シラネ様ったら鋭すぎる。


「リューニャ!!」


「わっ。わわっ。ご、ごめんなさーーーーいっ!!」


オレはコカトリスの卵を二つ胸に抱えたまま、シラネ様に追いつかれないように走り出した。だって、立ち止まったらシラネ様、怖そうだし。

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