第4話 岩時神楽

 神社の境内けいだいは、提灯ちょうちん灯篭とうろうで明るく照らされている。


「兄ちゃん達、寄ってけよ!」


 出店の方から、威勢のいい呼び声がかかる。


 気心の知れた仲間と一緒に歩いているだけで、大地の心はうきうきと弾んでしまう。


 律と凌太はせわしなく出店をチェックしては、笑い声をあげている。


 その少し後ろを大地は、さくらと二人でゆっくり歩いた。


岩時神楽いわときかぐらには、さくらも出るのか」


 問いかけると、さくらは頷いた。


「うん」


 さくらはそっと、手を添えながら大地に小さく耳打ちをした。


 吐息が直に、耳にあたってくすぐったい。


筒女神つつめがみ?」


 さくらは顔を赤くしながら頷いた。


 『筒女神つつめがみ』とは、北極星になったといわれた、岩時いわときの女神の名前である。


「大役なんだよね……」


 さくらは肩をすくめ、『どうして私が』という表情を見せている。


 そういえばさくらは昔、『イインチョ』というあだ名で呼ばれていた。


 あの時期も確か、今のような表情を見せていたことを大地は思い出した。


 どうやら『筒女神』も、さくらにとっては『イインチョ』と同じくらい、不本意な役回りなのかも知れない。


「すげーじゃん。宇宙の中心になった姫だ」


「……うん」


 遠い昔、夜空に輝く星たちはすべて『つつ』と呼ばれていたそうだ。


 岩時町に住む人々は、夜空に輝く北極星を、つつの中心にあたる『筒女神つつめがみ』と名づけ、心からうやまっていた。


「舞台の時間が近づいてるから、実は緊張してるんだ」


「何時からなんだ?」


「8時。子供たちの盆踊りが終わったら、すぐ開演なの」


 大地は神社の隣にある岩時公園に設置された、時計台の時刻を見た。


 まだ6時前だ。開演まであと2時間以上は余裕がある。


「そっか。頑張れよ」


「うん。ありがとう、大地」


 大地がさくらの頭にぽんぽんと優しく触れると、彼女の頬はほんのりと赤くなった。


「あー! ラブシーンしてる!」


「ますます空気が熱苦しくなるから、二人っきりの時にやってくれよ」


 律と凌太が後ろを振り向き、大地とさくらをからかった。


 一年が経過した事を全く感じさせない、すぐに溶け込めてしまう仲間達の雰囲気が心地よい。


 幸せな気持ちが溢れ、大地は祭囃子まつりばやしに合わせて鼻歌を歌った。


 ワイワイ会話しながら進んでいくと、中央の広場に設置された大舞台のそでに、黒いTシャツにブルージーンズ姿の一人の少女が、腕組みをしながら立っていた。


「結月!」


 さくらが声をかけると、結月と呼ばれたその少女は振り向いた。


 黒いボブカットをサラっと揺らし、さくら達4人に向かって無表情のまま呟いた。


「……みんなだ」


 この石上結月いしがみ ゆづきは、さくらの大親友である。


 大地は親しみを込めた口調で、彼女に声をかけた。


「よ、ユヅ。元気だったか?」


 奥二重のきりっとしたまぶたを動かした結月は、はじめて大地の存在に気がつき、カタコトの口調を繋ぎ合わせて返事をした。


「元気。大地だ……まぼろし?」


「本物」


 毎年恒例のやり取りを交わす。


 無表情なのはいつもの事だが、結月が何だか去年よりも『心ここにあらず』に見えて、大地はそれが気になった。


「どうしてぼーっとしてたんだ?」


「……考え事してた」


 結月はふと、大地の肩の上できょろきょろと、首を動かしながら祭りを見物している、小さなクスコの存在に気がついた。


「この子は?」


「ドラゴンのロボ。クスコだ」


「へぇ。動いてる」


『動くな! 喋るな、クスコ!』


 大地はそう念じながら、クスコをじろりと睨みつけた。


「おぬし、名は結月というのか」


「……!」


『喋るなっつーの!!!』


 大地は心の中で叫んだ。


 面倒な問答をこれ以上、繰り返したくはない。


「ほれ、返事をせい」


 まさか喋り出すと思わなかったのであろう。


 ぎょっとした表情で結月はクスコを見つめている。


 結月を見つめ返すクスコの青く澄んだ瞳が、ゆらゆらと揺れていた。


「…………」


 結月はロボットのような動作で首をゆっくり縦に振り、クスコを『ぴっ』と指さしながら、さくらに短く話しかけた。


「……喋った」


「うん。クスコね、喋れるみたい! 可愛いよねぇ」


 後ろで手を組みながら、さくらは結月に笑いかけた。


『可愛いか?』


 とツッコミたくなったが、大地はぐっと我慢した。


「……うん。可愛い」


『可愛いかぁ??』


 グロテスクな白龍が、小さくなっただけだろうが?? 


 クスコが可愛いなら俺のドラゴン姿が小さくなった方が


 なにせ桃色だからな?? 


 クスコより俺の方が肌は、してるしな???


 と、大地は結月とクスコを交互に見つめ、腕組みをしながら脳内に、たくさんのハテナマークを横切らせた。


 結月はクスコに笑顔を向けた。


「クスコ、私は結月」


「よろしゅうのう」


 クスコに顔を近づけたまま、結月はじっと動かなくなった。


 自分の肩に触れそうな距離の結月から、柚子ゆずに似た爽やかな柑橘系の香りが漂ってくる。


 それを感じた大地は、ぞくっと肌が泡立つのを感じた。


 ────?!


 まただ。


 あの


 さくらに抱いた、さっきの感覚に似てる。


 どうして結月にも感じたんだ?


 心が大きく揺れ動き、大地は自分で自分がわからなくなった。


「完成したんだね。すごいよ、結月!」


 さくらが舞台に設置された大きな絵を見つめ、感嘆の声をあげた。


 そこには岩時神社いわときじんじゃまつられた5体の神々と、岩時町の人々が100人ほど、綿密に描かれていた。


 青を基調とした色鮮やかな、その絵の迫力は凄まじい。


 今にも生き生きとした神々や人々が、飛び出してきそうに見える。


 絵の中央に、凛とした表情で立っている主神しゅしんは、人々を明るく照らしながら輝く『筒女神つつめがみ』だ。


 その『筒女神』を『岩の神いわのかみ』、『時の神ときのかみ』、『泡の神あわのかみ』、『道(未知)の神みちのかみ』が囲むようにして立っている。


 岩時町に住むたくさんの人々は、さらにその神々を囲んで、彼らの姿に気づかないまま、それぞれ祭りの宴を楽しんでいた。


「うん、とりあえず完成」


 感嘆の声を上げていた律が、結月の方を振り返った。


「え。『とりあえず』って、さらに手を加えるの? 十分素敵だよ! 今夜がお披露目なのに間に合う?」


「何か。それが何なのか、わからない」


「そっか。見つかるといいね」


 律の言葉に、結月はこくりと頷いた。


「スゲェよな……この絵、今日の舞台のためだけに描いたんだろ?」


「そーなのか」


 ため息をつきながら凌太が褒めると、大地がますます感心して絵を眺めた。


「うん。祭りが終わったらこれは、燃やす予定」


「せっかく一年くらいかけて描いたのに勿体ないよな、お披露目が一日だけじゃ。祭りが終わったらこの絵、燃やさないで何かのコンクールに出してみれば?」


 結月は舞台に設置された大きな絵をじっと見つめたまま、凌太に答えた。


「ううん。これは、大好きな人たちへの想いを込めて描いたものだから。舞台の一部になってくれれば、いい」


「んじゃ撮影して、残しとく」


 凌太はスマホで結月の絵を、写真や動画にして保存した。










 夜空に突然、最強神黒龍ミナのしもべが姿を現した。


 泡の神ウタカタである。


 ウタカタはクスコの体に刺さっていた、破魔矢はまやから飛び出た5つの黒い珠のうちの、1つだった。


 シャボン玉のような虹色の美しい泡に、ウタカタはパッと姿を変えた。


「光る魂、みーつけた。無くなる前に、早く食べちゃいましょー!」


 くるくると泡の神は、その形を変え続けた。


 虹色の泡が連なり、天と地の架け橋となる、へびの形へと姿を変えた。


 美しかったはずの虹が、邪悪な生き物に変化したかのようである。



 神の世界と人の世界の『境界』を簡単に破る『ナナイロ絵の具』という名の力を使って、泡の神ウタカタは、結月と彼女が描いた絵を、狙おうとしていた。







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