招き猫のロリババアにつきまとわれて天狗のバーで働くことになった俺は雪女の恋の相談に乗ったりラブエネルギーを集める天使に殺されかけたりしながら片想いの女の子にアタックするのかしないのか!?
第15話 ライブが終わって終電まで時間があるからどこか行こうよと誘いたいけど勇気が出なくて誘えない俺に天使のサイコなサポートが……ってやめろ!
第15話 ライブが終わって終電まで時間があるからどこか行こうよと誘いたいけど勇気が出なくて誘えない俺に天使のサイコなサポートが……ってやめろ!
ライブハウスの前には、優里ちゃんのようなバンドTを着た人々が、開場時間をいまや遅しと待ち構えていた。
コアな人気を誇るデビルガイコッツはメジャーでの活動はしていないけど、アニメの主題歌になった曲と、CMで使われた曲は俺でも知っている。てかそれくらいしか知らないが、どちらもカッコいい曲ではあるので、これを機にもっと聞いてみようかな。
「じゃあアルバム貸しますよ! 全部持ってますから! デビガはサブスク配信してないんですよね」
音楽も今や定額制サービスが主流である。もちろんデビガのように配信していないミュージシャンも多いが。
「それにしても、すごい列ですね。入場するのにも時間がかかりそう」
「あ、そういえば。言うの忘れてたけど、俺たち関係者席らしいよ。だから、そっちの列じゃなくて、えっと……あっちの関係者用の入口に行けって言われてる」
会場の脇にある関係者以外立入禁止の入り口を見つけ指を差すと、優里ちゃんは大きな目をさらに大きくして興奮し始めた。
「関係者席って、ちょっと待ってくださいよ! そのチケットくれた人ってどんな人なんですか!?」
なんと答えればいいのやら。そういえば俺もどうしてミカさんがデビガの関係者と知り合いなのかは聞いていなかった。大丈夫かな。入口で名前を言えば入れると言われているけど、話がついていなかったりして門前払いとか受けたりしないよな?
あのラブサイコのミカさんだし、そういうこともあり得るのでは?
そっちの方がドラマチックでしょ、とか言いかねない。不安になってきたぞ。
「ともかく、ちょっと行ってみようか」
だが行ってみるしかない。入場待ちの列を避け、こそこそと関係者用の入口まで歩く。入り口にはスキンヘッドにサングラス姿の強面な黒服大男が二人も立っていた。
「こちらは関係者用の入口です。一般のお客様はあちらの列にお並びください」
仁王立ちの大男に見下ろされ、威圧感のある口調で告げられる。シンプルに怖い。
背後の優里ちゃんも身を縮こまらせているのがわかった。
「あの……俺たち、ミカさんってヒトの紹介で、名前を言えば入れるって言われて来たんですけど……」
萎縮しながらも、恐る恐る名乗る。すると、
「ああ。伺ってます。藪坂様ですね。どうぞお入りください。お待ちしておりました」
黒服は一転して柔らかい口調になり、にこやかに入口へ案内してくれた。
「……こ、怖かったぁ」
「わたし殺されるかと思いましたよ」
二人で手を取り合って安堵する。……これって小さいけど、ある意味吊り橋効果だよな。これも恋の天使のサポートなのかな?
「さあ、こちらへ」
大男の後に続いて通路に入る。狭い通路には様々な機材が並べられ、ライブ前の緊張感が漂っている。
「今度ミカさんに会ってお礼を言わなくちゃ」
廊下を歩きながら優里ちゃんが呟いた。
ツカツカと通路を歩く。様々な役割のスタッフが往来している。慌ただしい雰囲気だ。黒服は黙ったまま歩いていく。
しばらく黒服の後ろを歩いていく。
「こちらです。芥間様がお待ちです」
黒服が扉の前で立ち止まった。そして、扉をノックした。
芥間? それってデビガのボーカルの名前じゃなかったか?
慌てたのは優里ちゃんで、「え、嘘? 本当に」と震えた声で俺の服の袖をギュッと握って来た。
「藪坂様がいらっしゃいました」
「うむ。入ってよいぞ」
男の声。黒服が「どうぞ」と扉を開けた。
中にいたのはステージ衣装に身を包んだデビガのボーカルだった。
デビガは魔界から来た悪魔という「設定」のバンドだ。ボーカルの芥間は確か大魔王サタンの息子とか地獄の王子とか、そんな設定だったと思う。
逆立てた髪の毛にジャラジャラとしたアクセサリー。ライダースジャケットを着て、顔にはステージ映えする濃いメイクが施されている。
「はわわ……芥間さん……」
ふらりとよろける優里ちゃん。そりゃそうだ。大好きなバンドの憧れのボーカルが目の前にいるんだもん。気絶しかけるのも無理はない。
「よく来たな。ミカから聞いておるぞ。今日は店は休みか?」
初対面なのに、まるで何度か会ったことがあるように。なぜか馴れ馴れしい。
「こ、この度はありがとうございます。無理を聞いてくださって」
お辞儀をすると、芥間はグハハと口を大きく開けて笑った。
「そう他人行儀になるでない。先日はユキが世話になったしな。我輩も礼をしに店に行こうと思っていたところだったのだがな」
……ん? この喋り方。一人称、そしてユキさんの話題。もしかして、この人。
「ザルフェルさん!?」
「ガハハ。そうだ。我輩はデビルガイコッツのボーカルにして、魔界からの使者。芥間ザルフェルである」
あー!! そういうことか!
思わず叫んでしまう。
そうか、悪魔のザルフェルさんは人間のふりをしてバンドをやっていたのか。で、そのバンドのコンセプトが魔界から来た悪魔なのか……って、なんだかややこしいな。
「せ、先輩、芥間さんとお知り合いなんですか」
緊張のあまり震えている優里ちゃんが俺の背中をツンツンと突く。
なんと答えればいいものか。
「おお、そなたが玉川優里か。ミカから聞いておる。今日はよく来てくれたな」
「はわわ……芥間さんに名前を呼ばれちゃった……」
優里ちゃんは上擦った声で呟くと、再びふらりと倒れかけた。こんなに舞い上がってる優里ちゃんを見るのは初めてだ。
「実は我輩が世を忍ぶ仮の姿で訪れている飲み屋で篤には世話になっているのだ。だが、普段はこの姿ではないからな。我輩が魔界の悪魔だとは今まで知らなかったようだな。グワハハハ」
自ら丁寧に説明してくれるザルフェルさん。見た目は怖いけどやっぱり頼りになる。
「そ、そうなんだよ優里ちゃん。まさかあの芥間さんがデビガのボーカルだったなんて知らなかった。ははは、姿が全然違うんだもんなぁ。こんなにメイクしていたらわからないよ」
「ガハハ。メイクではない。これが悪魔本来の姿なのだ」
嘘つけ。むしろこっちが仮の姿じゃないか。
「さて、もっとゆっくり話したいところではあるが、何せステージ前なのでな。そろそろお前たちも会場へ向かったほうがいい」
時計を確認したザルフェルが立ち上がった。
「あ、あの……中学の時からずっとファンです。が、頑張ってください! 応援してます!」
「うむ、ありがとう。今日は新曲も披露する予定だ。ぜひ楽しんでくれたまえ」
ザルフェルはにこやかに微笑んで優里ちゃんに握手を求めた。
優里ちゃんはあたふたしながら手を差し出した。
「では、後ほど。愚かな人間よ。我輩の歌で酔いしれるが良い!」
ザルフェルは声色を変えると、ビシッと指を優里ちゃんにむけた。決め台詞のようだ。優里ちゃんが再び「はわわ」と震えて喜んだ。
「……では、藪坂様。御席の方へご案内いたします」
黒服がささっと現れ、俺たちは観客席へ移動した。
ライブは圧巻だった。演奏も歌声も大迫力で素晴らしく、合間のトークは軽妙で面白く、初めて生でデビガを見た俺も、気がつけば手をあげて飛び跳ねていた。
あっという間にライブは終わった。
「すごい良かった。俺、ファンになっちゃったな」
その言葉を聞いて優里ちゃんの目が輝いた。
「でしょ!? でしょ!? すっごい良いですよね! CD貸しますから聞いてください! でも、ライブを先に見ちゃったらCDじゃ物足りないかもしれないですけど!」
汗を滲ませてぴょんぴょん跳ねて喜ぶ優里ちゃんは大学では見せたことのない表情で、それがまた魅力的だった。
ロビーに出ると優里ちゃんはお化粧直して来ます、と言ってお手洗いに向かった。
ひとりになり、興奮冷めやらぬ人混みの中でたたずんでいるとスマホに着信。ミカさんだった。
『ヤッホー。なかなか良い雰囲気じゃない?』
『ザルフェルのライブよかったろ? オレも見に行きたいなぁ』
『儂はあまりに騒々しくて頭がいたくなったがな』
画面いっぱいに現れる人外の面々。
『でもね、あっくん。勝負はここからよ。優里ちゃんは今、すごく興奮しているわ。ドキドキしてる。その胸のときめきをあっくんへの恋心と勘違いさせるのがポイントよ』
ポイントったって、どうやって勘違いさせるのか。そもそもそれってちょっとずるくないかな。
『何を言ってるのよ。恋は戦争よ。それに吊り橋効果って相手に元々魅力がない限り逆効果になるものなの。優里ちゃんはあなたのことを少なくとも嫌いじゃないわ。むしろ好意的に思ってるのよ。ならばチャンスは活用すべきじゃない?』
わかるけど、何をどうしたら良いかわからないぞ。ライブも終わったし、汗もかいてるし、早く帰ろうって言ったほうが紳士的じゃないかな。
『はぁ……これだから童貞はダメなのよね。わかったわよ。わたしがサポートしてあげるから。ライブ会場にテロリストでも派遣して阿鼻叫喚の二次会を開催させてあげるわよ。過激派環境保護団体とカルト教団とどっちが良い?』
「や、やめて! わかった。誘うよ、この後少し飲みに行こうって誘うから! サポートは大丈夫だから!」
慌ててやる気を見せて、電話を切る。あぶねー。マジであぶねー。
「お待たせしましたー。ってあれ? 先輩なんか表情が硬いですけど、何かありました?」
「い、いやなんでもないよ。良いライブだったなー。興奮したなー」
無理矢理テンションを上げて声を張り上げる。
「わたしもです! まだ興奮がおさまらないです! 先輩、あそこ! モニュメントがあります! 一緒に写真撮りましょうよ!」
優里ちゃんが俺の手を掴んで駆け出す。初めて握った彼女の手は柔らかくて暖くて、ドキドキした。
道ゆく人に写真を頼む。快くスマホを受け取ってくれた女性は、モニュメントの前に立つ俺たちを恋人同士と勘違いしたみたいで、
「彼女さんもう少ししゃがんだほうが良いですよ」
なんて言うものだから、なんだか変に意識してしまって表情が固くなった。
お礼を言って、会場を出て、夜風に吹かれながら歩く。
「わたし達、カップルに間違えられちゃいましたね」
照れた顔で微笑みかけられた。カップルになっちゃう? なんて言葉が出かかってやめた。いくらライブでテンションが上がってるからって、迂闊な発言をしてはいけない。危ない危ない。
そういえば、気がつかなかったけど、ライブ前よりも優里ちゃんの距離が近いような気がした。それは精神的な距離もそうだけど、物理的にも。今まで手を握られたことなんて一度もなかったものな。やっぱりミカさんの言うように雰囲気はいい気がする。
でも、これからどうしよう。終電までまだ時間はある。けど、どこかに行こうって自分から誘うのは下心があると勘繰られたりしないかな。不安だ。
なかなかタイミングが掴めず、なんとなく駅の方に歩いていく。勇気が出ない。ちょっと飲みに行こうよって言えばいいだけなのに、その言葉が出てこない。こういうところがダメなんだよなって自分でもわかってるんだけど……。
その時、殺気を感じた。
「あぶなーい!!」
叫び声に驚き立ち止まる。目の前に何かが落ちて来た。
びっくりして硬直して、恐る恐る視線を下げると、アスファルトにダンベルがめり込んでいた。一〇キロと記載された黒いダンベル。
「すいませーん。落としちゃってー」
見上げると脇のビルの二階、どうやらスポーツジムらしきテナントの窓から顔を出している男性。
どういう状況でダンベルを窓から落とすんだよ。ヒュンってなったよ。おまたがヒュンってなったよ。あぶねー。
スマホを見れば、やはりミカさんからメールがきていた。
『もっとサポートしよっか?(ちからこぶの絵文字)』
わ、笑えねー。
二階から謝る男に会釈して歩き始める。
こりゃ早く優里ちゃんをどこかに誘わないと、殺されるかもしれない。
っていうか、どんなサポートなんだよ。ダンベルが空から落ちて来るってそれ、ドッキリするだけで、恋に発展する要素ねーだろ。あのラブサイコめ。
兎にも角にもこれでは命がいくつあっても足りない。俺は決死の覚悟で立ち止まった。優里ちゃんも立ち止まり俺を見つめる
よし、言うぞ。と口を開きかけたその時。
「ねえ先輩、わたしまだ帰りたくありません……。どこか行きません?」
優里ちゃんの頬はほのかに紅潮していた。上目使い。濡れた唇。紳士的ではない良からぬ妄想が瞬間的に頭をよぎった。
君と一緒ならどこにでも行きたい。
俺はゴクリと唾を飲み、そして頷いた。
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