第13話 ラブサイコの天使が押しかけて来て好きな子をデートに誘えとうるさいんだけど勢いに押されて連絡したらデートできることになっちゃった。

「帰ったでー。ありゃ、篤、なんかええことでもあったんか?」


 深夜になって、両手にビニール袋を抱えた天さんが帰ってきた。


「なんか表情が明るいで。太客でもきたんか?」


 カウンター席に袋を置きながら、天さんは俺の顔を覗き込んだ。俺って顔に出やすいタイプなのか、それとも天さんの洞察力は鋭いのか。……どっちもだろうな。


「太客ってわけじゃないんですけど」


 俺はユキさんの話をした。色々と話を聞いてあげたら、お礼に冷蔵庫を直してくれたことも。


「ホンマか!?」


 天さんは目を輝かせ冷蔵庫へ向かった。


「おお! 冷たい! やったやないか! これでビールも冷やせるな!」


 大喜びの天さんは扉を開けて中に頭を突っ込んで「気持ちええ!」なんて叫び、万歳しながら俺にハイタッチを求めてきた。子どもみたいだ。


「うん、やっぱり篤は才能あるなぁ。篤はなんちゅうか話しやすいんやろな。うんうん。才能や。そういう奴ってなかなかおらんで。持って生まれた才能やで。ほんま凄い! オレの目に狂いはなかったんやな」


 そんなに手放しで褒められると照れる。


「それより、天さんはどこに行ってたんですか?」


 褒められた分、追求も緩くなってしまう。


「オレも? オレはこれや」


 天さんは右手で何かを掴むような形を作り右へ左へ手首を捻って見せた。

 

「……もしかして、パチンコですか?」


「せやで! 見てみい! ぼろ勝ちや!」


 袋の中はタバコや玩具やお菓子などなど。なるほど、天さんはギャンブルに興じていたというわけか。


「って何してんすか! こっちは真っ当に働いてるのに遊んでたんですか!?」


「何を言うてんねん、遊びやないで。ほれ。見てみ」


 パサっとカウンターに置かれたお札の束。え、嘘? いくらあんの?


「三〇万や!」


 そ、そんなに!?


「わはは。凄いやろ。褒めてぇな」


 凄い。確かに凄い。スーパー凄い。

 けど、なんか釈然としない。こっちは真面目に働いて稼ごうとしてるのに。


「あのなぁ。金は金や。どんな稼ぎ方しても金や。ただの金や」


 そりゃそうだけど。

 こっちはユキさんの他には客は来なかったから全然稼げなかったのに、なんかやる気なくなるなぁ。


「明日はこれを倍にしてくるで! 明後日はその倍や! 簡単に一〇〇万貯まるで!」


 うーん、この自身はどこから来てるのか。調子に乗ってると全部スッちゃうぞ。


「そん時はそん時や。勝負は時の運ってな。ささ。篤もなんか食わんか? ポテチもチョコも飴ちゃんもあるで」


 飴をもらう。まったく、このヒトは出会ったからずっと、このノリだ。天狗っていう種族自体がこんなに軽いノリなのだろうか。


「ははは。そんなわけないやんか。ま、天狗っていうてもいっぱい種類がおるんや。オレなんかその末端のしがない一派の天狗や。天狗経って知っとる? 知らんか。まあええんやけど、天狗なんてアホほどいるからな。いろんなやつがおるで。ま、オレはそんなかでも落ちこぼれやったけどな。悪いことばっかしとったわ」


 ソファに転がり、ギターを爪弾く。

 そういえば、前にタマさんが天さんは鼻が折れたとか言っていた。悪さばかりしていて痛い目にでもあったのだろうか。


「うわ、タマさんに聞いたんか? まいったなぁ」


 ギターを弾く手を止め、鳥の巣みたいな頭を掻いて天さんは顔を歪ませた。


「どうして悪いことばかりしてた天狗がこんな場末のバーのマスターになったんですか?」


「んー。まあ色々あったんや」


 身を起こして天さんは天井を仰ぎ見て、何か過去でも思い出しているのか少し黙って、またポロンとギターを鳴らした。


「……ま、色々や。また今度話したるわ。今日は店じまい。帰ろうや」


 ギターを置いた天さんの口調が少し重くなる。あまり話したくない過去なのだろうか、雰囲気が暗くなったので、結局、天さんがマスターになった理由は聴けぬまま、片付けを終わらせて店を出たのだった。

 


 ☆


 


「ヤッホーう! ミカちゃんでーす!」


 次の日、重たい扉を勢いよく開けて現れたのは金髪美女。いや、イカれ天使のミカさんだった。


「なんじゃミカか。相変わらず元気そうじゃな」

 

 俺と一緒に店に来たタマさんは開店前に飲み始めて、まだ日が沈みきっていないというのに、しっかり酔っ払っていた。


「おー、ミカやん。いらっしゃい」


 珍しく店にいた天さんも手を挙げて恋の天使を歓迎する。


「あら。天さんがカウンターに立ってるなんて珍しいじゃない」


「せやろ? 模様替えして店の雰囲気も変わったから、心機一転やで」


 ワイシャツにベストを合わせたバーテンダースタイルの天さんは人懐っこい顔でニカっと笑った。

 俺はというと、天さんの後ろで冷凍庫の霜をガリガリ削り取る作業をさせられていた。面倒な作業は俺に任せるのだから天さんは非常に調子がいい。

 ま、店にいてくれるだけマシなのだが。


「あっくん。そんなところにいたのね。気がつかなったわ」


 カウンター席から身を乗り出して俺の姿を確認したミカさん。


「ねえねえ。優里ちゃんの有益な情報ゲットしてきたの。聞きたい?」


 見上げればキラキラ笑顔のミカさん。うーん、なんだかとっても嫌な予感がするぞ俺。


「優里って、篤が惚れとる子やったっけ?」


 俺を見下ろして天さんがニヤッと笑う。

 そういうふうに真正面からきかれると、なんて答えていいか困ってしまう。確かに大学時代は好きだった。間違いない、けど社会人になって仕事に追われ、余裕が無くなってしまうと、彼女のことを思い出したり会いたいと思う余裕すらなかったわけで、そうなると、本気で恋をしていたのかすら曖昧になってしまう。

 確かに先日、偶然に再開した時は心が溶けるような揺れるような今まで味わったことのない感覚にはなったが、だからと言って、それが惚れているという状態を示す心情なのかと問われれば、わからないというのが本音だ。もしかしたら本当の意味での好意というのは寄せていないのかもしれない。


「なーにをぐだぐだ言うとるんよ。面倒なやっちゃなぁ。それを惚れとるって言うんよ」

 

 一笑に付された。


「まあまあ天さん。あっくんはまだまだお子ちゃまなんだから、そう言わないでよー」


 カシスオレンジを注文して、ミカさんは小馬鹿にしたような笑みを浮かべていやがる。


「せやったな。最近の日本男児はうぶで奥手らしいからなぁ」


 ニヤリと笑いながら天さんは冷蔵庫をあけオレンジジュースを取り出す。くそ、二人して馬鹿にして。ちなみにタマさんはすでに、ぐでーっとカウンターに頬をつけてとろけるような瞳で見下したように俺を見て笑っている。相当酔っているな。連れて帰るのが面倒くさそうだ。

 

「で、有益な情報ってのはなんなん?」


「そうそう。優里ちゃんの明日の予定がね、白紙になったの。一日フリーになっちゃったぽいのね。で、そんな優里ちゃんの頭に、なんと、あっくんのことが思い浮かんだのよ! ほんの一瞬だけどね。藪坂先輩どうしてるのかなーって。これはビックチャンスよ! 今すぐ連絡して、デートの約束を取付けちゃいなさいよっ」


 な、なんだそれは。優里ちゃんが俺のことを考えた?

 そ、そんなことあり得るわけがないじゃないか。突然この天使は何を言い出すんだ。そもそもどうして優里ちゃんの頭の中を覗けるんだよ。超能力者でもあるまいに。


「何を焦ってんのよ。わたしは恋の天使よ? そのくらい朝飯前よ?」


 ぐぬ、確かにそう言われると反論はできない。


「ってか、なんで篤はそんな焦っとんのや? いい報告やないか。ええで。明日は休みぃ。優里ちゃんとデートしてきいや」


 突然すぎるよ。そんなこと急に言われても、なんて誘っていいかわからないし、俺が突然連絡をしたら変に思われないか心配だ。それに、デートと言われても何をすれば良いのか皆目見当もつかない。


「アホや。おまえホンマにアホやなぁ……」


 天さんは肩を落としてため息をついた。


「なんでもええやろ。散歩でも映画見るでもドライブするでも、飯食いに行くでも」


 簡単に天さんは言うけれど、こっちはまともに女の子と出掛けたことなんかないんだぞ。着ていく服だってどうして良いかわかんないぞ。


「……あかん。ミカ。任すわ」


 お手上げ、という仕草を見せて天さんは椅子に座ってしまった。


「ま、こういう時のための恋の天使だからね。ガンガンサポートしちゃうわよ」


 ミカさんがここぞとばかりに身を乗り出す。ジャッケットのインナー、胸元の大きくあいたカットソーに目がいきそうになって慌てて目を逸らす。

 それにしても、彼女のサポートをあてにしていいものか。


「おすすめデートプランは二つあるわ」


 鞄からクリアファイルを取り出したかと思うと、書類を二枚、カウンターの上にのせた。

 書面でプランを説明してくれるなんて中々真面目なところもあるのだな。

 ミカさんは並べたプリント片方を指し示した。


「えっと、こっちが『あっくんが死にかけるプラン』で、こっちが『優里ちゃんが死にかけるプラン』ね。どっちにする?」


 どっちもやだよ。なんでデートするだけで命をかけなきゃいけないんだよ。


「ええ!? もう、あっくんたらわがままなこと言うわねぇ。うーん。じゃあ二人の知り合い……そうだわ、田口くんだっけ? 顔も覚えてないけど、あの脇役っぽい青年が死ぬプランはどう? 共通の友人の死を通じて、平凡だと思ってた日常を考え直す二人。悲しみに暮れながらドラマチックに二人の愛の芽生えを演出してあげられるわ」


 なんなの? 誰かが死なないと愛は生まれないの? このヒトの世界ではそうなの?


「もー、かたいこと言わないでよー」


 いやいや、硬いとか柔らかいとかで人の友人を殺そうとするなよ。


「じゃあ、誰かっていうより世界自体に危機が訪れるのはどう? 例えば隕石が落ちてきて日本以外は消し飛ぶとか、未知のウイルスが世界中に蔓延して、外出することすら制限されるようになったりとか。ドラマチックなラブストーリーが始まる予感、しない?」


 しない。そんな世界嫌だ。


「うーん。じゃ運動系はどう? 優里ちゃんって活発な子でしょ? ボウリングとか、アミューズメント施設とか行くのは?」


 って、突然まともなこと言い出すなよ。世界破滅の危機とボウリングが同列に扱われんの? そういうとこがサイコだよ。この天使やっぱ怖っ。


「えっと、体を動かすのって俺があまり得意じゃないんですよね。女の子より点数が取れないの恥ずかしいし」


「自尊心だけは高い童貞ってやーね」


 おい、ぽろりと本音が出てるぞ。そして地味にその言葉は胸に刺さるぞ。


「そこが篤の面白いところじゃがな」


 半分眠っているようなタマさんがむにゃむにゃっとした口調で茶々をいれる。起きてたのか。まったく、このヒトたちは好き勝手言いやがって。


「じゃあさ、美術館とかコンサートとか文化系は? 優里ちゃん好きなミュージシャンとかいるの?」


 好きなミュージシャンか。優里ちゃんはフェスとかが好きで、夏休みになると泊まりがけで苗場とかに行っちゃうタイプだったなぁ。


「なんだっけな。前に聞いたことがあります。たしかデビルガイコッツとかって名前のロックバンドが好きでしたけどね」


 学生時代、ふとした時に尋ねた思い出を記憶の底から手繰り寄せた。

 デビルガイコッツというのはダークな世界観の歌詞にヘビィなサウンドが一部に大人気のバンドで、海外でも人気があるらしい。

 陽キャラの優里ちゃんにしてはなかなか厨二感溢れる好みで少し意外だったのを覚えている。


「あれ、デビガ、明日ライブやるとか言うてへんかった?」


 椅子に座りギターを片手にした天さんがぽつりと呟いた。


「そうだったかしら。調べてみるわ」


 ミカさんは懐からスマホを取り出して細い指で何かを検索し始めた。異世界の天使もスマホを持っているんだな。普通にiPhoneだし、どうやって契約したんだろ。


「……あ、そうね。明日ライブみたい。ちょっとチケットあるか聞いてみる」


 素早いフリック入力で誰かに連絡を取っている。すると、すぐに『ピコン!』とメッセージの通知音が鳴った。


「やった。はいれるって。関係者席だけど、いいわよね?」


 なんだ、どういうことだ、目の前で行われていることに理解が追いつかず目を白黒させているうちに、ミカさんは誰かとのやりとりを終えスマホをジャケットにしまった。


「……というわけで、優里ちゃんを誘ってデビルガイコッツのライブに行きましょー。入り口で名前を言えば入れるから。優里ちゃんには知り合いからチケットを貰ったと言いましょうっ」


「えっと……どういうことですか? 今のでチケットが取れたんですか?」


 デビルガイコッツ、通称デビガといえば、大衆受けはあまりしないが、熱狂的なファンが多くライブチケットの争奪戦が激しいと聞いたことがあったが、そんな簡単にチケットが貰えるものなのか? これも天使の力か?


「まあ細かいことは気にせず、優里ちゃんにLINEでもなんでもいいから連絡とりなさいよ。喜ぶわよー」


 疑問は残るが仕方ない。ここまで御膳立てされて日和るのはカッコが悪すぎる。

 スマホを取り出し、急かされるままに優里ちゃんへラインを送る。



『あのさ、優里ちゃんが好きだって言ってたデビルガイコッツのライブチケットをたまたまもらったんだけど、明日もし暇だったら一緒に行かない? 暇じゃなかったら全然大丈夫だから気にしないで、優里ちゃんもいろいろ予定あるだろうからさ。』


「及び腰すぎてキモいわね」


「男ならビシッと決めんかい」


 画面を覗き込まれて文句を言われる。うるさいな、これでも精一杯勇気を振り絞ってんだよ。


 すぐに携帯が鳴った。返事はラインではなく、電話だった。


『藪坂先輩! 本当ですか? 明日のデビガのチケットですか!? 嘘!? どうして!?」


 電話越しでも驚きと興奮が伝わってくる。


「えっと、たまたま店のお客さんにもらったんだよ」


『お客さん? 先輩メーカーの営業じゃなかったんですか?』


 しまった。口が滑った。優里ちゃんにはサラリーマンを辞めたことは言ってない。

 どうしよう。こんな人外だらけのバーで働いているなんて口が裂けても言えないけど、仕事を続けているという嘘を吐き続けるのも辛い。


 ええい、どうせなら勢いで辞めたことを言ってしまおう。


「実はさ……」


『ええ!? そうだったんですか、転職してたんですね。教えてくれればよかったのに』


 辛くて辞めたのに、言えるわけがない。それより話が脱線してしまった。ライブの話に戻す。


「で、明日はどう?」


『行きます! 行かせてください! あ、でもでも、この前の彼女さんに怒られないですか?』


「あ、あれは彼女じゃないよ!」


 そうだった。ミカさんに抱きつかれているところを優里ちゃんに見られていたんだ。慌てて誤解を解く。恋人などでは断じてなく、遠い親戚だとはぐらかした。


「ともかく、明日はよろしくね」


『はい! こんなハッピーなことないですよ! 藪坂先輩の後輩でよかった!」


 優里ちゃんがすごく喜んでいて、こっちも嬉しくなる。

 待ち合わせ場所を決めて電話を切るまで、優里ちゃんは興奮しっぱなしだった。


「ええ子そうやなぁ」


 ニカっと笑った天さん。優里ちゃんの興奮した声は全部聞こえていたようだ。


「なかなか感じの良い娘じゃったぞ」


「なんやタマさん会った事あるんか?」


「儂が知らぬことはないのじゃ」


 また適当なことを言ってる。


「したら、今度店に連れてきたらええやん。カッコよく働いてるところを見たらコロンと行くで?」


 けろっとした顔で天さんは言うが、こんな妖だの悪魔だのが集まる店に呼べるわけがない。気絶するぞ。


「そうかー。ま、ともかく明日は楽しんでおいでや。ライブの後は興奮してるやろうから、酒でも飲んで、ホテルでも連れ込んでしまえばええんやないか?」


「ななななにを言ってるんですか! 俺はそういうやましい気持ちで優里ちゃんとライブにいくわけじゃないですよ!」


 慌てて否定する。

 

「ホンマかぁ?」と天さんは疑いの眼差し。


「男と女ならそこがゴールやろ。変な奴やなぁ篤は」


「何言ってるのよ天さん。あっくんはそこが可愛いんじゃないの」


 ミカさんはクスクスと小馬鹿にしたように笑う。ちくしょう。二人して俺のことを馬鹿にして。


 ともかく、明日はデートということになる。ドキドキしてきたぞ。


「そしたら、今夜は早めに上がってええで。明日のために」


「良いんですか?」


「当たり前やろ。いつも篤には世話になっとるしな。気にせんで楽しんできぃ」


 優しい笑顔で天さんは言った。天さんは適当で頼りにならないところもあるけれど、嫌いになれないのはこういう笑顔を持っているからなんだろうな。


「でも、そこの泥酔してる招き猫さんはちゃんと篤が連れて帰ってや?」


 う、そうだった。ぐでんぐでんに酔って眠っているタマさんを見つめ俺はため息をついた。



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