招き猫のロリババアにつきまとわれて天狗のバーで働くことになった俺は雪女の恋の相談に乗ったりラブエネルギーを集める天使に殺されかけたりしながら片想いの女の子にアタックするのかしないのか！？

第1話 突然現れた自称招き猫のロリババアに一緒に暮らせと言われたが俺は猫アレルギーだから嫌だって断ってんのに全然話を聞いてくれないんだよ。

　よう。みんなは猫が好きか？

　俺は嫌いだ。


　飼い主に対して感謝の「か」の字も感じさせないあの憮然とした態度。

　ふてぶてしいまでに身勝手でわがままで偉そうな態度。

　腹が立つ。


　あいつら、人間をなんだと思っているんだ。

　時に爪を立て畳を痛め、時に〇〇○（自主規制）の死骸やGGG（自主規制）を咥えて現れる。そんな疫病神みたいなナマモノを飼おうとする奴の気が知れない。知れないったら知れないのだ。

「……まあ、それは好き好きだからのぉ。お主が猫を嫌いでも儂（わし）は一向に構わんがのぅ」

　狭いアパートの一室。畳ばりのワンルームの中央、テーブルの向こうに座る猫耳少女は俺の言葉に耳を貸さず、皿に入ったミルクをぴちゃぴちゃと舐めている。


　俺はため息をついて行儀が悪いその姿を睨みつけた。

　彼女の年齢は十代前半といったところか。あどけない顔をしている。少しつり目気味の瞳で俺をチラリと見ると、「ん？」と小首を傾げて笑って見せた。

　愛らしい笑顔だが、見たままを信じるわけにはいかない。無邪気な仕草や、その容姿はまやかしかもしれないのだ。


　なぜならば、少女の黒く艶のあるショートカットの髪の上には、ぴょこんと白い二つのケモノ耳が生えているからである。

　さらに、細い腰の下。白いワンピースのお尻部分からは真っ白な尻尾が延びている。

「まあ、硬いことは言わずにじゃ。ともかく、お主のような死にたがりの陰鬱青年は、可愛い猫を一匹、家に置いておくべきなのじゃ」

　幼い外見で古風な物言いを言う。偉そうだ。

「何度も言うけど俺は猫は飼わないよ。つうか、あんた化猫じゃん。もっと嫌だよ」


　ビシッと名探偵よろしく指を突き立てて指摘すると、猫耳少女は頬に空気を入れてむくれて見せた。

「むぅ。だから昨夜から何度も言っておるじゃろ。儂は化け猫ではないぞ。幸福を呼ぶ『招き猫』のタマ様なのじゃ」

　クイックイッと右手を上げて手招きをしてみせる。

「しかも、人間好みの美少女っ☆　どれ。可愛いじゃろ？　にゃんにゃん♪」

　ウインクなんかして幼い顔にあざとい笑顔を浮かべた。

　大きな瞳に高くはないが筋の通った綺麗な鼻、そして薄い紅色の唇。確かにテレビやなんかで踊って歌う年端もいかない少女アイドルたちと同等か、それ以上に整った容姿ではある。

　でも、本性は化け猫だ。

　どんなに可愛くたって関わりたくないわ。それに、猫は無理。理由がある。

「タマさん。さっきも言ったろ。俺は猫アレルギーなんだ。友達の家が猫を四匹も飼っていて、一度遊びに行ったら息ができなくなって死にかけてたんだよ。だから、絶対に猫だけは飼わないって決めてんだ」

「それは単にその家が汚かったからではないのか。他頭飼いする輩はちょっと変な奴が多いからの」

「確かにそいつは変な奴だし部屋も汚かったが……ってそういうことを言っているんじゃない！」

「にゃはは。安心せい。儂も部屋が汚いのに生き物を飼う人間は嫌いじゃ。それに引き換え、この部屋は適度に整頓されていて、また適度に生活感があって、なかなか居心地がよいぞ」

　猫耳少女は俺の部屋をきょろきょろと見渡して満足げに頷いた。

「だから、俺はあんたをここに置く気はねえっつうの」

　だんっと机を叩いてみせるがタマさんは動じない。ワガママで身勝手なその様子はまるで猫だ。……っていうか、猫そのものなんだけど。

「はぁ……なんでこんな化猫につきまとわれてんだろ」

　俺は何度目かのため息をついてうなだれた。

「何を言っておる。昨夜、会社を辞めたとか言って、ヤケ酒を飲んでベロベロに酔っ払って、駅のホームから落ちかけていたのを助けたのは儂じゃろう。儂がいなかったら、お主、死んでおったぞ」

「うっ。そりゃそうだけど……」

　痛いところをつかれて、俺はたじろいだ。

　そうなのだ。俺は昨日、死んでいてもおかしくなかったのだ。

　……まあ、本当のことを言えば、死んでもいいと思っていたんだけど。

　新卒で入った会社が俺には合わなかった。

　たった一年で心も体もボロボロになった。朝が来るのが怖かった。通勤電車に乗っているだけで、心臓が跳ねて、会社のデスクに座るだけで、口の中がカラカラに乾いて、上司に名前を呼ばれるだけで、汗だくになった。

「お前みたいなクズは死んじまえ」

「何のために大学出たんだバカたれが」

　朝礼で、皆が静まる中、上司はいつも俺を怒鳴った。

　いつしか、自分は出来が悪いのは社会に甘えて生きてきたツケなんだ、と上司の言葉通りに自分の不甲斐なさを責めるようになった。

　そして、俺はおかしくなった。

　酒を飲んでいる時だけは何も考えなくて良くて、それで酒の量が増えた。仕事を

忘れたくて深酒をするようになった。

　たった一年で、俺はダメになった。

　昨日、最後の出社の後、自暴自棄になって、しこたま酒を飲んだ。

　そして、もういっそ死んだ方がいいや、とフラフラ歩いている時、俺はこの化猫に出会ったのだ。

「儂が足を引っ張らなければ、あのままホームに落ちていたじゃろう。泥酔して泣きじゃくるお主を、雨の中、この部屋まで連れてきてやったのは儂じゃぞ。そのあとは一緒に酒を酌み交わしたではないか。昨夜はあんなに様々なことを語り合ったというのに、酔いが覚めたら冷たいのぉ」

　タマさんは細い腕を組んで恨めしそうにため息をついた。

「……そう言われると、そうだけど」

「仕事のことはもういいじゃろ。辞めたのじゃろ？　ならハッピーじゃないか。さあ、嫌なことは忘れて、楽しく生きようじゃないか。こうして美少女招き猫ちゃんと同棲もできるのだからのぉ。幸福な未来が約束されたようなもんじゃよ。にゃんにゃん」

　ぴょんと、跳ねてタマさんは手を招いて見せた。これがどうやらお気に入りの決めポーズらしい。なんだそれ。

　何かポーズについて称賛のコメントでも欲しいのか、物欲しそうな顔でタマさんは俺を見ているが無視する。

「うん。それでさ。それはいったん置いといてさ。さっきの話に戻るけどさ。俺は猫と暮らすのは嫌だって言ってんの。招き猫だかなんだか知らんけど、どうせなら猫好きの奴んところに行ってくれないか」


　タマさんはつまらなさそうに決めホーズをほどき、畳に座り込んだ。

「んー。儂は猫好きの人間って苦手なんじゃ。あいつら、キモいんじゃ。言葉が通じないのに勝手に猫の気持ちを代弁し始めたり、見当違いのことをさも『猫の気持ちが分かってます』風に抜かしたりするじゃろ。それに、赤ちゃん言葉とかで話しかけてくるのもキッツいからのう。何度か猫好きの人間のところにやっかいになったが、もううんざりなのじゃ」


　吐き捨てて再びチロチロとミルクを飲み始める。うんざりなのはこっちなのだよ。

「それに、もし仮にお主が猫が嫌いだとか、猫アレルギーだとか、そう申しても、こうして人間の姿になっておれば問題あるまい」

　確かに猫耳少女の姿でいられても、体調に変化はない。

　って、そういうことじゃねえんだよ。俺は頭を抱える。

　化猫が人間に変化できるってのはいいとして（よくない）

　なんで四〇〇年以上も生きてるくせに人間の姿がそんなに幼いんだよ。どう見ても小学生か中学生じゃないか。そんなのと一緒に暮らせるか。

「にゃはは。知らん、初めて変化をした時からこの姿じゃ。しかし、この姿は都合がいい。人間どもは美少女には優しいからの」

　ロクでもねえ猫だ。俺がじとっとした目でタマさんを見ていると、タマさんはポンと手を叩いて、「なるほど」とか言って、うんうんと頷いた。なんだ？

「そうかそうか、お主も男だものな。儂の麗しいこの美少女ボディに欲情してしまっておるのか？　仕方ないの、乳でも揉むか？」

　上半身をくねらせてタマさんがポーズをとる。元が猫だけにその動きはしなやかで艶かしいものだったが、胸もない子供の姿だ。

「うげ。よしてくれ。俺はロリコンじゃねえ」

　そっぽを向いて答える。するとタマさんは、けらけらと笑った。

「それはよかった。じゃあ、お主の子を孕まされる心配はないわけじゃな」

　突然何を言い出すんだ。まったく冗談じゃない。化猫とそういうことをする気はない。

「にゃはは。昔、一緒に暮らした人間も始めはそう言っておったわ。すぐに手を出されたがの」


「……マジ？」

　ドン引きだ。こんな子供に……っていうか化猫に手を出す人間がいるとは。どんだけ飢えてんだ。どんな病気持ってるかわかんねーぞ。


「ま、儂も若かったしな。ちょうどがっつり発情期に入っておったからの。簡単に孕んでしまったわ」

　コロコロと楽しげに笑うタマさんだけど、こっちゃ笑えない。

「……ったく。猫ってやつはよくわからん。俺はそんなことしねーよ」

「ってことは、ここに儂が住むことに関しては了解したってことじゃな？」

　にひひ、と白い歯を見せてタマさんが笑う。だめだ。この猫は猫のくせに口がうまい。


「ったく。わぁったよ。仕方ねえな。次の住処が決まるまでだぞ」

「にゃはは。やはり、お主は面白い男よ。安心せい。儂は招き猫じゃ。お主が幸福になるまで、責任を持って世話をしてやるぞ」

　話を聞いてねえな。次の住処が決まるまでって言ってるじゃないか。

　ご機嫌でふんぞりかえる化猫の前で俺は肩を落としてため息をついた。

「……ずっと居着くつもりじゃないだろうね」

「儂は幸福をもたらす招き猫じゃ。悲しいが、幸福になった者の元からは離れるのが運命なのじゃ」

「何が招き猫だよ。気に入られただけでなんか不幸になった気持ちなんだけどな」

「ふむ。信用できぬとな？　よし、ならば、儂の招き猫の実力、披露してやろうかの」

「実力？　どうやって？」

「ついてくればわかる。儂と一緒にいれば、幸福な出来事が次から次へ巻き起こるのじゃ」


　立ち上がり、胸を張り、自信満々にふんぞりかえるタマさん。そんな戯言、にわかに信じられないけど。

「む。何を疑いの目で見ておる。よし。儂の実力を披露してやる。ほれ、出かけるぞ。素敵で幸福な一日の始まりじゃ！」

　とててて、と俺の元まで駆けて来て、俺の手をひっぱり、立ち上がるよう急かす。

「いてて、わかったよ。どうせ今日から夢も希望も貯金もない無職人間だ。半日くらい付き合ってやるよ。けど、何も幸福な事がなかったら、もう家には入れないからな？」

「にゃはは。大丈夫じゃ。さぁ行くぞっ」

　ひきづられるようにして、俺は家を出たのだった。