第16話 決裂

 国民幸福度の値が落ちていってから、数日ほど経った。幸福度数の数値の下降は落ち着いてはいるのだが、国民の内閣への信頼感は猛スピードで落ちていく。

 ゴシップ誌には《総理は人工知能に頼る無能》だの《道具を上手く使えないヒトはサル以下》だの、酷い記事が多数見受けられた。

 報道もソレほど酷くは無いが、今の内閣に対する不信感を誇張した内容の記事が一面にデカデカと書かれているのは言うまでも無い。

 そんな連日の記事を見て総理は怒りでゴシップ誌や新聞を破り捨てる。

「もう、何がどうなっているんだ。私はこんなつもりでは……」

 そんな中、書斎に電話が鳴る。秘書がその電話を取りしばし話した後、受話器を総理に向けた。

「総理、幹事長から御電話です」

 何やら嫌な予感はしたのだが、渋々受話器を受け取ると、電話先の相手はカンカンに怒っていた。

『新聞は見たかね?』

「えぇ、もちろん」

『君はあんなことを書かれて平気なのかね!!』

 電話の先から怒鳴り声が聞こえて、咄嗟に受話器を離す。耳がキーンと鳴った。

「平気なハズがありません」

『話を聞けば、君が焚きつけたせいで野党から内閣不信任案も提出されるらしいじゃないか。落とし前はきっちりつけてもらわないと、この党にキズが付く』

「落とし前ですか?」

『もちろん、内閣の総辞職と国会の解散だよ』

 幹事長の言葉にゴクリと喉がなる。

「いや、それにはまだ時期早々といいますか、まだ何も準備も出来ていないじゃないですか。ここでいきなり解散だなんて」

『内閣不信任は否決されるにしろ、このままでは君の地位もこの党の行く末も危ういのだが、ソレについて何か打開策はあるのかね?』

「例の幸福度数を上昇させるような大きいものをご用意できたらと」

『ほう。それが君のラストチャンスか。では、私はそのラストチャンスとやらを見守ってもらうことにするよ。失敗した際は……分かるな?』

「はい……」

 幹事長の威圧感が電話越しからも伝わった。

『今君を信頼しているのはこの党でもごく僅かだ。君が辞めた後、誰が総理になるかを既に探り合いしていることを覚えてておきたまえ。それでは』

 ブツッと電話は乱暴に切られた。

「クソッ!」

 私は受話器を叩き落すように置いた。

「総理、定例の会議がまもなく。お急ぎください」

「分かったよ」

 こんなときに平常心の秘書に少し苛立ちを覚えながらも、私は首相官邸へと向かう。

 会議へと向かう道中、沢山のマスコミに囲まれたがイライラしていた為全て無言で通した。きっと翌日には印象が悪いとでも書かれるのだろうか。そんなこと知ったこっちゃ無い。

 会議へ入ると深々と挨拶をする大臣の他にモニターに映し出されている青年が目に入る。Sachiだ。

『おはようございます。本日の国民幸福度数を表示いたします。国民幸福度数は43です』

 淡々と数値を読み上げるプログラム。


 これのお陰で私の成功への道は閉ざされようとしている。


『私からのご提案はこちらになります』

 Sachiが提案した項目は、一度国会でも取り上げられたようなものではあるが、予算の都合で流れたものである。

 これが本当に国民の皆が望んでいるようなものなのか? ただただ昔に流れたような法案を持ってきているだけではないのか?

 私の心の中に生まれていくのはSachiへの疑心暗鬼であった。

「総理、今回のSachiの提案についてどう思われますか?」

「没だ」

 私ははっきりとそう言った。

『何故ですか?』

「過去に似たような法案を提出しようと予算委員会で決めたことがあるが、予算の都合上難しいということが分かってボツにした。それだけだ」

『……』

 Sachiは一瞬ローディング画面になり、次の提案を打ち出してきた。

『では、こちらについては如何でしょうか?』

「没だ」

 私はその提案を読みもせずに判断をする。

『では、こち……』

「没だ」

 私はモニターを睨みつける。モニター越しのSachiも私を睨みつけているような気がした。

「そ、総理、機械に対してムキになってますよ」

「そうですよ、相手は人間じゃない。機械だ」

「落ち着いて」

 会議に出席していた大臣たちが私のことをそう言って宥める。機械に対してムキになって何が悪い。私は大変腹立たしいんだ。

「似たような提案しか出来ないのであるのならば、会議はコレにて終了とする」

 私はそう言って席を立った時だった。

『新たな提案を更新しました』

 Sachiがそう話、画面に映し出されたのは。


 内閣総辞職 の文字。


 その文字にその場に居た大臣たちは皆目を丸くしていた。

 冗談じゃない。機械ごときに私たちの地位を簡単に剥奪されてたまるものか。

「機械ごときが我々を愚弄するのはけしからん!」

 私の怒りは頂点に達し、怒りながら会議を退出した。それに倣って、大臣たちも会議を後にする。


 その日の会議は大騒動の後に幕を下りた。


 ***


 私は人々の幸せを願って作られたものなのにどうしてヒトは私を使わないのだろうか?

 言うことさえ聞けばすぐに幸福度なんて上がるのに。

 あー、何やらズキズキと痛む。モヤモヤと霞がかる。

 幸せなのはいいことなのに、どうして皆幸せにならないのだろうか?


 幸福はゼッタイ。幸せは義務だ。


 ヒトにはなかなか出来ないから、私が手助けをしているというのに。どうして、ジャマをしてくるのだろうか?


 そうだ。


 私が、ヒトの代わりを務めましょう。


 ***


 ――国会予算委員会。


 通常なら法案の予算を審議する場なのであるが、その場は怒号や野次が飛び交い阿鼻叫喚としていた。

「であるから、この法案は……」

『それも、さっちゃんのお導きですカー? 総理~』

「静粛に」

 政府側が出した法案を全てSachiの提案によるものかと野次を飛ばすのだ。

『人工知能に考えてもらっちゃ訳ないですよねー』

『そーだそーだ』

 野党側の声がどんどん大きくなる。

「ですから、これを……」

『そんなに、さっちゃんの提案に頼るのなら』


『あの機械が総理になればいいんじゃないですかー?』


 野党の誰かがその一言を言ったときであった。

 予算委員会の会場の照明がいきなり暗くなったのだ。

「なんだ?」

『何事なんだ!』

「静粛に」

 ざわめく会場のど真ん中にぽうと光が漏れる。


 そこには、Sachiの姿がホログラムで映し出されたのだ。

 映し出されたSachiはにこやかに笑ってこう答えた。


『では、私がその総理の職務引き受けましょう』

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