王女護衛任務につき竜殺しは竜騎士学園に入学する
アヒルの子
第一部 英雄が残したもの
序章 情緒のかけら
その日は酷く月が大きく見え、その月明かりは夜の街に僅かな光を与えていた。月下に広がる街の民家の中は点々と魔力光によって光に包まれており、こんな夜更けに外を歩く人の影は見当たらなかった。
そんな街の中心には大きな屋敷がその権力を示すように佇んでいた。しかし静かな街とは裏腹にその屋敷内は荒々しく人の声が飛び交っていた。
「おい! どこ行った!」
「分からん! 取り敢えず出口を固めろ!」
屋敷を守る衛兵達が焦りを見せながらも、連携しようと大きな声を出す。
そんな騒がしい彼等を廊下の曲がり角の壁から仮面を被った二人の人間が観察するように覗いていた。だがその二人は何やら小さな声で揉めていた。
「イルム先輩、貴方、何してるの? 馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけどここまで馬鹿だと、私も呆れて何も言えないのだけど?」
心中に轟くような冷たい言葉と耳に入る声を仮面のうちの一人が発する。
黒い外装に包まれてはいるが、外装にまとっていてもわかるその身体つきや声。そして足元から見えるスカートと太ももまで伸びるタイツから女性で間違い無いだろう。腰には二丁の魔銃がフォルスターに入れられている。
そんな彼女に心底呆れたように声をかけられた仮面のもう一人は億劫そうに彼女の言葉を受け流そうとするが、その一方的な言いようを不満そうな声を出す。
「……いや、何俺だけのせいにしようとしてるの? ユリス、お前も同罪だから。なんならお前の方が罪重いから」
声からはして男だということはすぐにわかる。彼女とは違い、その腰には真っ黒な鞘に入った一本の剣が差さっている。
心外だと言わんばかりに彼、イルム=アストルは彼女、ユリス=クーベルの言葉に抗議する。しかし、彼女は依然としてその態度を変えようとしなかった。
「妄言を吐かないで。私は黒い化け物を始末しただけよ。衛兵に見つかったのは先輩でしょう」
「ゴキブリを化け物なんて称して、魔銃ぶっ放せばそりゃ気付かれるわな。何時からその魔銃にサプレッサーが搭載されたんだ?」
イルムは仮面で見えないがおそらく顔を引きつらせているだろうと思えるほど声に苛つきを含ませていた。勿論ユリスの魔銃にはそんなものはついていない。
そして彼の言葉にユリスは大きくため息を吐いて、まるで訴えかけるようにに早口で言葉を並べ出した。
「貴方は知らないみたいだから教えてあげる。いい、ゴキブリは一匹見たら百匹いると思いなさい。すぐに始末しなければアリ如く繁殖して、この屋敷はゴキブリの巣窟となるのよ。考えなさい、起きたら天井にゴキブリがいた時のあの瞬間を。貴方はそれで意識を保っていられるの。いいえ、いられないわ。私はそれを防いだの。これは正当な理由よ。あの化け物はこの世にいてはいけない存在なの」
長々と体験談を挟んだ彼女は少しだけ荒く息を吐く。息継ぎせずにそんな話をすれば息が切れるのも当然だ。
途中からユリスの目はイルムではなくどこか別の存在を見ていたように感じる。そんな様子をイルムはマジかこいつというように彼女を見る。そんなイルムの様子にユリスは頭にきたようで、またしても彼に物申した。
「それに比べて、貴方は私が発砲した瞬間に身を潜めることもせず、ぼーっと耳に手を置いて突っ立てるから見つかるのよ」
「お前の持ってる魔銃を突然耳元で発砲されれば、そりゃ耳を覆いたくなるわ!」
ユリスのあまりにも理不尽な言いように限界に来たイルムは大きな声で対抗してしまう。
だが、今は追われる身であることを完全に忘れていた。ハッとそのことを思い出した時には既に遅く、衛兵の声が出て近づくのがわかる。
「こっちで声がしたぞ! ついて来い!」
そんな声にイムルは小さく汗を流す。そんな彼の様子に満足したユリスはようやく建設的な話をしようと声をかける。
──この任務のリーダーに。
「はぁ、どうするの?」
「……姿を見られるわけにはいかない。見られたらさっきみたいに意識奪うっつうめんどくさい手間が増える。この任務において戦闘許可が降りてるのは一人だけだ。まぁ、その任務すら終えていないんだけどな」
「……わかってるわ」
ユリスの声が落ち着きを取り戻したことで、イルムも頭を冷やす。
しかし嫌味を言うことだけは忘れないのはまだ根に持っているからだろうか。彼女は彼の顔に背を向けた。そしてその声は少し不貞腐れたようだった。
するとユリスはフォルスターから一つの魔銃を取り出した。丸みを帯びた白色の銃身に竜の紋様が刻まれており、ユリスが左手の甲に現れている竜の刻印が光るとそれに呼応するように魔銃の紋様も浸透するように蒼く光った。
ユリスはそれを確認すると廊下はられた窓を開け放つ。そして対岸にある窓ガラスに向かって装填された魔弾を発砲した。パリン、パリンという音が反対側で鳴ると、衛兵達は驚いたように足を巻き返し、遠ざかっていく。
「二手に分かれましょう。私が彼等を誘導するわ。貴方はその内に任務を果たしてきて」
「……了解。集合は屋根ってことで」
二人はそう言葉を残し頷き合うと、互いに別々の方向に飛び出した。
ユリスは衛兵達を目的の場所から遠ざけるために魔弾や足音を駆使して、撹乱する。しかし、イムルの言ったように姿を見せるわけにはいかない。難易度はとても高い。
彼女としても見つかってしまったことに対して自分に非があることは頭の中では分かっていた。そのこともあり、今回彼女は囮を引き受けたのだ。しかしこの程度のこと彼女は難なくとやってみせるだろう。
そしてそれはイルムも百も承知だった。後ろから聞こえてくる発砲音と破壊音に苦笑いしながらも、その廊下の影に身を馴染ませる。
しばらくして、目的の部屋の前に来るとイルムは耳を扉に添えるようにしてゆっくりとそのドアノブに手を置いた。
──グサッ
扉から刃が貫通してきた。そのことにイルムは驚きの声が出そうになるがその声を噛み殺す。顔の横に現れた剣を視認した瞬間、身体を倒すように後ろに飛ぶ。
その判断は正しく、イルムが体を傾けたその時その剣が彼の顔を斬るようにスライドした。
「──っ!」
イルムは腰に挿した黒剣に手を添えた。扉は切り刻まれ、その意味をなさず砕けたように破壊された。そしてその部屋から出てきたのは一人の男だった。
白髪の生えた男とは思えないほど屈強な身体を持ち、その手には大剣とまではいかないが大きな剣を持っていた。そして高貴さを感じさせる仕立ての良いその服装をしている。
「侵入者とはお前のことか」
「……ふぅ、目標を発見。抗戦に移る」
声をかけてきた男を無視して、独り言のように呟いたイムルは黒剣を引き抜いた。
「問おう。お前がガルド=ナーガスか?」
イムルはその顔と左手をスッと観察する。彼の脳内にある資料と顔は一致。そしてその左手の甲の竜の刻印も一致する。
「いかにも。我こそがこの地を治める大貴族ナーガス家の当主だ。貴様は何者だ」
「……」
「黙秘か。なぜ我を狙う」
鋭い眼光で睨みつけるガルドはその目の前のどこか掴みようのない影の存在にその警戒心をあげざる終えなかった。イルムはゆっくりと立ち上がる。
「罪状は隣国ブリタニア帝国からの間者との接触、竜の卵の輸送、そして……帝国から購入した奴隷の監禁虐待」
「––––っ! お前……軍の者か!」
「以上をもってお前はこの国の反乱分子と決定した」
その瞬間、ガルドの視界に一つの流れ星が落ちていった。願い事は疎か言葉すら発することは出来ない。そして聞こえるのは死神の声だけ。
「──死刑、これがお前に下された罰だ」
振り抜かれ黒剣についた鮮血をふるい落とし、静かに鞘に入れた。その際、外装が翻り胸のあたりに縫いとめられたその紋様がガルドの目に入る。
しかし、イルムは気にすることなくまたしても小さく呟く。
「任務完了。撤退する」
イルムは何事もなかったようにその暗い廊下を走り去る。残されたのはガルドという男だけ。彼は声を出すことも、動くこともない。
当たり前だ。何故ならその体は脳に繋がっていないのだから。血溜まりの中に転がるガルドの頭は、走り去るイルムを茫然と見つめていた。脳が最後に送った信号が今、彼の喉を動かした。
「軍の……犬……め」
しばらくしてイルムは手薄な廊下と裏道を使い屋敷の屋根に登る。突然、その月明かりに照らされ彼は眩しそうに目を塞ぐと、邪魔くさそうにその仮面を取った。
それによってイムルの顔が外気に触れる。堅そうな黒髪が夜風に揺れ、前髪がその疲れたような目元を掠る。時折見えるその顔はどこにでもいる好青年のようだ。唇は少し切れたような傷ができ血が小豆のように滲んでいた。
「ご苦労様」
そんな少しだけ機嫌がよさそうに声にイムルは後ろを振り向く。そこにいたのはイルムと同じように仮面を取ったユリスだった。
サラサラとしたその柔らかそうで綺麗な水色の髪に手を添えたその姿はどこかお嬢様然とした高貴さを感じさせる。肩まで伸びた水色の髪には猫の髪飾りが付いており、そのキリッとしたどこか冷たさを含んだ瞳と雰囲気は大人びて見える。
「あぁ、お前もな」
「えぇ。……今日は満月見たいね」
「ん? あぁ、そうみたいだな。それがどうかしたか?」
「……はぁ、情緒がない人ね。つまらないわ」
まるで馬鹿を見るような目でイルムを蔑む。ピクッと気に障ったように眉を顰めたイルムはユリスを見てニヤッと笑う。
「情緒……月の下で下着を晒すのが月の楽しみ方なのか?」
「はい? ──!」
イルムはユリスが気づき固まった瞬間、今更ヤッベと気不味そうに目を背ける。
夜風に吹かれたのは髪や外装だけではない、その下に来ているスカートもまた見せつけるように翻っていた。
大人っぽい黒い、花柄のレースがスカートが揺れるたびチラチラと顔を見せていた。すらりと伸びた綺麗な足の付け根と黒ストッキングによって際立つシミひとつない白い太腿は妖艶さを感じずにはいられない。
ユリスはすぐにスカートを押さえ付け、キッとイルムを睨みつけた。そしてすぐに俯き、どこか不気味な笑い声を出す。
「ふふっ、忘れていたわ。私、黒い化け物より大嫌いな人がいたことを。……死になさい、変態」
──パンッ! パンッ!
「うおっ! 殺す気か⁉︎」
「殺す? そんなぬるいことするわけないでしょ。そうね、まずはその四肢に風穴を開けてから、アイの尻尾にくくりつけて市中引き回しにして、そのままアイアンメイデンに叩き込んであげるわ」
金色の光を纏ったその不気味な笑みはとても神秘的なものに見えてくるのは幻覚としか言えない。口にする言葉はどれも危険なことばかりだ。
「お前俺の体にどんだけ穴開けたいんだよ⁉︎」
「何言ってるのよ、人間皆元々四つは穴が空いているでしょ。少し増えても先輩には………………はい、了解です、少佐」
イルムの悲痛な叫びをよそにユリスは魔銃をイルムに向けたまま耳に手を置いて小さく頷いた。
「ふんっ、少佐が待ってるわ。早く帰りましょう。……このことはネイに報告しておくわ」
「え……」
ユリスは冷たい視線をイルムに浴びせ、彼にとって死よりも恐ろしいことを口にして我かかずと魔銃をしまい、イルムを置いて歩き出してしまう。
イルムは呆然とその後ろ姿を見つめてから、はぁ、と溜息を吐く。
「ネイ、ユリスに懐いてるからなぁ、絶対怒られる。…………情緒、ねぇ。黒のレース、エロかったなぁ。……ん? これなんか違くないか?」
イムルは不思議に首を傾げた後、考えても意味がないことを知り、気を取り直したように先ゆくユリスの後を追ったのだった。
──両面に血の跡のついた仮面をその手に持って。
あとがき
面白そうだと思ったら星、応援、フォロー、よろしくお願いします!!
新作 厨二心を擽るものとなってます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます