7月23日


 夏休みが始まって三日経った。

 生まれて初めてのカノジョが、突然うちにやってきた。

 どうしたんだろう。



「やぁ、おはよう」


「……おはよう」


「寝間着姿でゴメンね、突然、どうしたの?」


「……ねぇ」


「何?」


「私って、あなたのカノジョなのよね?」


「……えっ、そうだよ?」


「……そう」


「……?」


「……」


「……」


「……それじゃあ――」


「――ちょ、ちょっと、何か用があるんじゃないの?」


「……ないわ」


「……えっ、ないの?」


「……おやすみなさい」


「……もう寝るの?」


「……私、実は吸血鬼の末裔で、日中に外を出歩いていると干からびてしまうの」


「いや、毎日学校行ってたじゃん」


「……眠いわ」


「……昨日、寝てないの?」


「ええ、あまり寝付けなくて……」


「……」


「……」


「ちょっと、散歩しない?」


「……えっ?」


「近くに、おいしいドーナッツ屋さんあるんだよ、公園で一緒に食べよう?」





「――どう?」


「おいしいけど、これは絶対に太ってしまうわ。あなたにハメられたわ」


「……いや、前から思ってたけど、キミ、全然やせているじゃない、どうしてそんなにカロリーを気にするのさ」


「いつもカロリーを気にしているからやせていられるのよ。私を舐めないで」


「いや、とんかつは好きじゃん」


「とんかつは、噛まずに呑み込んでいるから平気よ」


「……そういう問題じゃないし、物理的に不可能じゃないかな」


「……おなかいっぱいになったら、著しく眠くなってきたわ」


「そういえば、昨日寝付けなかったって言っていたね、何か、あったの?」


「……」


「……」


「……実は私は、FBI特殊工作員で、夜中に上層部から緊急招集が――」


「嘘だよね、それ」


「……実は私は、一度眠ると記憶を失ってしまう病気にかかっていて――」


「嘘だよね、それ」


「……実は私は、22世紀の未来からやってきたネコ型ロボットで――」


「嘘だよね、それ。……っていうか徹夜関係ないよね」


「……」


「……」


「……私の、負けよ――」


「……勝負だったの?」


「………………はぁ」


「……前も言ったけどさ、何か悩んでいるコトとか、困っているコトがあったら、話してほしいな」


「……」


「力になれないコトもあると思うけど、……話を聞くことくらいは、できるからさ。……一緒に、悲しんであげるコトくらいは、できるからさ」


「……」


「……」


「…………ありがとう」


「…………どう、いたしまして」


「…………笑わないって――」


「えっ?」


「笑わないって、約束して? 今から、私が話すコト」


「……うん、約束するよ。保障はできないけど」


「それは、約束とは言えないんじゃないかしら」


「とりあえず、話してみてよ。笑うかどうかは、聞いてから考えるからさ」


「……」


「……」


「……夏休みになってから、三日経つじゃない?」


「……うん」


「……私たち、三日間、一度も会ってないじゃない。学校があった時は、毎日顔を合わせていたのに」


「……うん」


「その……」


「…………?」


「……夏休みに入って、あなたから一度も連絡がなかったから。私のコトなんか、忘れてしまったんじゃないかって――」


「……えっ?」


「……怖く、なって――」


「…………」


「…………」


「……それで、昨日寝付けなかったの?」


「………………………………うん」


「…………」


「…………」


「……プっ」


「――ッ!?」


「……待って、ごめん、ホントにゴメン。振り上げた右手を、とりあえず降ろして欲しいな」


「――わ、笑わないって、言ったのに……ッ」


「い、いや、だから、保障は、できないって」


「もう知らないわ。私帰るわ。眠いわ。おなかすいたわ」


「ちょ、ちょっと待って……、ゴメン、――って、いうかさ」


「…………何?」


「……いや、キミからの連絡を、僕は待っていたんだけど」


「…………えっ?」


「一緒に帰ろうとか、遊びに行こうとか、何かを誘うのいつも僕の方からだなって」


「…………」


「……キミが、無理に付き合ってくれてるんじゃないかって、僕も、不安だったから」


「…………」


「…………」


「……プっ」


「……えっ?」


「――あはっ、……アハハハハハハッ!」


「――めっちゃ笑うじゃん」


「アハハハッ……、ご、ゴメンナサイ……、なんか、安心しちゃって――」


「――ゴメンね」


「…………えっ?」


「……いや、キミが、眠れないほど不安になっているのに、試すようなコト、しちゃって――」


「……いえ、私も――、あなたに会いたかったのだから、素直にそう伝えればよかったわ」


「…………」


「…………あの――」


「……何?」


「…………お祭り」


「…………お祭り?」


「来週、あなたと、お祭りに行きたいの。学校近くの、神社の――」


「……いいね、行こうよ」


「……本当?」


「うん、……あ、どうせだったら、浴衣着てきてよ」


「えっ?」


「キミの浴衣姿、見てみたいからさ」


「…………」


「…………」



「それは、もしかしてエッチな意味で言っているのかしら?」


「どこをどう解釈したら、そうなるのさ」


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