第2話 騎士に拾われる。
「ほら、とりあえず水を飲んで少し落ち着きなさい」
この騎士さんは本当に僕に危害を加える気はないようで、馬を降りると水の入った革袋を渡してきた。
さっきまでの恐怖で涙を浮かべて座り込みながら水を飲む僕の横で、「まったく、まだ子どもじゃないか……」とぼやいている。
確かに僕は19歳のわりには童顔だし、身長も160cmあるかどうかで小柄だけど、「まだ子ども」って言われるほど幼いか?
そう思って騎士さんを見上げると、180cmは優に超えていそうな長身で、鎧の上からでも分かる筋肉モリモリの肉体、いかにも「戦いに生きる男」という雰囲気の精悍な顔つき。年齢は30歳くらいだろうか。
なるほど、確かにこの世界の成人男性がこんな感じなら、僕なんてまだまだ子どもに見えるだろう。
というか、この人が話してる言葉って日本語じゃないよな?でもなぜか、生まれた時から聞いてきた母語のように意味が理解できる。
そんなことを思いながら騎士さんの顔をジロジロ見ていると、相手もその視線に気づいたようで「もう落ち着いたかな?」と声をかけてきた。
「は、はい」と答えながら革袋を返す。
「自分の今の状況も分からないだろうからな。急に騎馬の兵士に追われたりしたら逃げるのも無理はない」
そう言って苦笑する騎士さん。さっき追いかけてきたときの怖い顔とは別人みたいだ。というか、今思えばあれはただ真剣な表情をしていたのを僕が恐怖心で勘違いしただけか。
「ところで、君は異世界からの来訪者で間違いはないかな?」
「ら、来訪者?ですか?」
「こことは違う世界で生きてきて、気がついたらこの世界に立っていた。ということで間違いないかな?」
「……そ、そうです。そうです!それでここがどこかも何も分からなくて……」
なんと、彼はこちらの状況を把握しているらしい。
「ここはアステア大陸にあるジーリング王国の王領だ。私は王国軍所属の軍人で、レイン・ノーフッドと言う。君がここへ召喚されたことが確認されたので、君の身柄を保護して王宮へと送るために迎えに来た」
……よく分からないな。色々と聞きたいことが多すぎる。
――――――――――――――――――――
騎士ノーフッドさんによると、僕のような「来訪者」が来ることは数か月ほど前から分かっていたらしい。
この世界にはだいたい300年周期くらいで異世界からの「来訪者」が召喚されてくるそうだ。
そして、この国を治めるジーリング王家に伝わる特別な道具を使うことで、来訪者たちがいつ、どの地域に召喚されるかを事前に特定できるという。
来訪者召喚についての詳細は彼も知らない(というか、王国でも国王やごく一部の重臣しか知らされていない)らしいけど。
ていうか、来訪者「たち」って……
「この世界に召喚されたのは僕だけじゃないってことですか?」
「ああ。来訪者について記した過去の文献によると、1度におよそ200人から300人ほどの来訪者がこの世界に現れるらしい」
「さ、300……」
それはまたすごい大所帯で。
「色々と急な話で戸惑っていると思うが、ひとまずここから近い村へと移動したい。このあたりは弱いものだが魔物や獣もたまに出るし、日が暮れる前にこの近くの村に移動しなければ少々危ないからな。説明はその道中でさせてもらおう」
ノーフッドさんはそう言って、馬に乗るよう僕に促す。
自分の肩ほどの高さもある馬の背に乗る方法が分からなくてオドオドしていたら、脇を抱えられて担ぎ上げられた。
最初から僕を馬に同乗させて帰るつもりだったらしく、馬の鞍は二人乗り用のものになっている。
やや速足で馬を進めながら、ノーフッドさんはこの世界のことや今後のことをざっと説明してくれた。
まず、ここはアステアという大陸の南部にあるジーリングという王国らしい。
大陸南部ではいちばん歴史の古い国で、建国から1041年。今の国王エドワード・ジーリング7世は43代目で、僕はこれからその国王様のいる王宮に送られるそうだ。
王国の人口はおよそ350万人。僕が送られる王都は人口30万人近い、この大陸南部でも最大級の都市らしいけど……
人口30万って、現代日本だとごく普通の地方都市だよね。でも中世とか近世のヨーロッパはパリでも人口20万以下だったらしいし、そう考えたらこういう世界で人口30万の都市ってもの凄い大都会になるのか。
それから、僕たち来訪者について分かっている情報を説明される。
この世界にはだいたい300年くらいの周期で、異世界の人間が200人~300人ほど召喚されるらしい。
過去の文献によると、(神話やおとぎ話を除いて信憑性のあるものだけを見ても)少なくとも3000年前には召喚が確認されているという。
召喚された異世界人は「来訪者」と呼ばれていて、来訪者には「ギフト」と呼ばれる力が備わっている。
ギフトの内容は一般的な魔法使いをはるかに上回る魔法の能力だったり、唯一無二の特殊能力だったり、人によって様々らしい。
ファンタジーっぽい世界だからちょっと期待してたけど、やっぱりあるんだ魔法。
もちろん僕にも何かギフトが備わっているはずなんだけど、「ギフトを今使おうとするのは絶対に止めてくれ」と言われた。
王宮に着いて専用の魔法具で調べられるまでは、自分のギフトがどんなものか分からない。
詳細を知らないまま下手に「ギフトを使おう」と念じたりすると、強力な魔法を暴発させたりする危険があるらしい。
来訪者の召喚範囲はなぜかアステア大陸南部に集中していて、どうして来訪者がこの世界のこの地域に召喚されるのか、誰が召喚しているのかは誰にも分らないそうだ。
古代に神が初代の来訪者たちを引き連れて降臨したとか、来訪者が自分を神の使いだと名乗ったとかいう言い伝えもあるらしいけど、どれも史実かどうかは怪しい。
ただ、一般的に来訪者は「神からの下界への贈り物」と考えられているという。
来訪者探知の道具やギフトを調べる道具も、もともとは古代の国の秘宝だったものが色々な国を渡ってジーリング王国のものになっているそうで、いつ誰が作ったのかは不明。
来訪者の情報がどんなふうに魔法具に表れるのかは王国のトップ層にしか知らされていないけど、数か月ほど前から「このあたりからこのあたりの範囲でもうすぐ来訪者が召喚される」と国中に通達があったらしい。
そして現在、来訪者を保護するためにあらかじめ全国に配置されていた王国軍の騎士たちが、1日に数人ずつ召喚されていく来訪者を保護して回っているそうだ。
「身ひとつで無防備に召喚される来訪者を迅速に保護するために、貴重な通信魔法具や宮廷魔導士まで動員されている。かつてない大規模作戦だよ」と言われた。
ちなみに、「来訪者は見たこともない生地でできた真っ白な服を着て現れる」というのは過去の文献から分かっているそうで、僕を見て一発で来訪者だと分かったらしい。
召喚範囲や密度は大陸南部の中でも毎回変動があるらしいけど、今回は運よく召喚範囲の半分ほどがこの王国の領土と重なっていたので、王国軍が全力を挙げて来訪者を集めているそうだ。
ちなみに、僕は来訪者の中でも後半に召喚された方らしい。王国の領土内に100人~150人の来訪者が現れるという予想だけど、数日前の時点で王宮にはすでに80人以上の来訪者が到着しているという。
僕が現れたのは王領(王族の直轄領)の端の方だそうで、「すぐ保護できる位置にいた君は相当に運が良かった方だ」と言われた。
魔物がひしめく森の奥深くに召喚されてしまい、騎士がたどり着いたときには死体になっていた来訪者もいた、と聞いて背筋がヒヤッとする。
王国がここまで手間と人員をかけて来訪者を集めるのは、その「ギフト」が有用だから。
ギフトは「たった一人で世界を変える」みたいな絶大な力ではないらしいけど、戦闘向きのものから日常社会で効果を発揮するものまで、その内容はどれも一個人の能力としては破格だそうだ。
過去の歴史的資料や言い伝えには「来訪者がその力で多くの命を救った」「戦いを勝利に導いた」「多くの利益を生んで街や村を豊かにした」というエピソードが大量に残されているという。
だから、この王国はできるだけ多くの来訪者を味方に引き込みたい。
「なので、君も悪いようにはされないだろう。むしろ王族か貴族の食客として厚遇されるだろうし、働きによっては貴族に叙されることも夢じゃない」
つまり、即戦力の人材として好待遇でヘッドハンティングされる感じか。少なくとも酷い扱いをされるようなことがないのならよかった。
王国の社会制度の詳細は王宮に着いてから説明がされるそうだけど、ざっくり言うとこの国の社会は、というかこの大陸のほとんどの国は「王族に仕える貴族、さらにその下にいる平民や奴隷」という構図で成り立っているらしい。
なんと、ノーフッドさんも士爵位を持つ貴族だそうだ。本人は「小さな村を治めるだけの木っ端貴族だがな」と自虐していたけど。
そこまで聞いて、僕の方はまだ名乗ってもいなかったことに気づいた。
「あ、そういえば僕、自分の名前も言ってませんでした」と言ったが、名乗る前に止められる。
ノーフッド士爵のように来訪者の保護と護送を務める騎士たちは、あまり来訪者と個人的に親しくならないように言われているそうだ。
「だから君の名前は聞けないし、君のことは『来訪者殿』と呼ばせてもらおう」
この世界で初めて会って色々教えてもらっている人にそう言われるのは少し寂しいけど、軍人としてそういう命令を受けていると言われたら仕方ない。
――――――――――――――――――――
馬で移動を始めてから何時間か経った頃。そろそろ日が沈み始めるくらいの時間に、村が見えた。
まだ距離はあるけど、木の柵に囲まれた中にいくつも家が建っているのが分かる。柵の外側に広がっているのは農地だろうか。
今日はあの村に泊まって、明日はその先にある都市に出発。その途中でノーフッド士爵の部下たちと合流することになるらしい。
ノーフッド士の部隊はその都市に駐屯していて、僕があの草原に召喚されたと王都から連絡があったので、一人先行して僕のもとへ駆けつけたそうだ。
馬の疲労を軽減させる高価な魔法薬を使って、途中のあの村で馬を乗り換えてまで急いでくれたらしい。早く保護しないと僕が死ぬかもしれないから。
ノーフッド士爵が間に合わなかったら僕は真っ暗な草原で一人ぼっちの夜を過ごすことになっていたので、感謝しかない。
あの村から王都までは、僕が馬での移動に慣れていないことを考慮すると、おそらく3日ほどかかるだろう、と言われた。
村の入り口には槍と革鎧で武装した兵士が立っていた。
兵士は右手で拳を作って左胸の前で止めながら、ノーフッド士爵に向かって軽く頭を下げる。あれがこの世界の敬礼なんだろうか。
次に兵士は僕の方を見ると、目を伏せて目礼してきた。僕も礼を返した方がいいように思えたので、軽く会釈する。
ノーフッド士爵が馬を村の中へと進める。
村の中もこれまでの街道のように土を固めた道が通っていて、石造りの家や木の家が並んでいた。
「また来訪者だ……」「まだ子どもだ……」
村人たちが道のそばまで出てきて、僕を見ながらざわざわ話している。ここでも子ども扱いか。
「また」ってことは、僕の前にもこの村を通った来訪者がいるんだろうな。
村人たちの服はお世辞にも質が良さそうとは言えず、家の作りも粗末だ。現代日本の感覚ではっきり言うと、かなりみすぼらしく見える。これがこの世界の標準なんだろうか。
不安になってノーフッド士爵に聞くと、彼らは農奴、つまり農作業に従事する奴隷身分の人たちだと教えてくれた。
村の中央に進むにつれて、並んでいる建物の作りが目に見えてしっかりしたものへと変わってくる。道沿いからこちらを見ている村人たちの服装も小綺麗になっているように見える。
ノーフッド士爵によると、村の中央には自作農の家や宿屋、商店など、平民の暮らす建物が集まっているらしかった。
村の中心になっている通りを曲がり、他の家と比べて一回り大きくて立派な家へ。その家がこの村の領主の屋敷らしい。
屋敷に着き、馬から降りる。というか、またノーフッド士爵に抱えられて降ろしてもらう。
屋敷の前では、中年男性とその妻らしい女性が立っていた。これまで見た誰よりも上質そうな服を着ていて、明らかにこれまで見た村人とは身分が違うと分かる。
彼らがこの村の領主夫妻なんだろうな。
2人はノーフッド士爵に向かって軽く頭を下げ、ノーフッド士爵も同じように礼を返す。
そして中年男性は僕の方を見ると「来訪者殿、ようこそアレス村へ」と言った。
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