第3話 お姫様はいつも攫われたい。

本日は国王主催の夜会だ。

16歳のルエットはもちろんデビュッタントを済ませているので、王族の席にちょこんと座っている。

隣にはすぐ上の第四王子がいて、視線を彷徨わせている妹に苦笑した。


「何かお目当てでもあったの?」

「どこからか暗殺者が現れて私を攫ってくださらないかと思いまして」

「僕たちの宝物に手を出すって? それは随分なケンカを売られたものだねえ」


おっとりしているすぐ上の兄はにこやかな笑みを浮かべて物騒なセリフを吐く。


「殿下、いつもの姫の妄想ですよ」

「なんだ。そんなことがあったら真っ先に企んだ奴を消し炭にしてやるのにな」


後ろに控えていたキールダーが少し慌てたように小声で囁く。

おっとりな性格なのに兄弟の中で一番過激なのが彼だ。そして火あぶりを見ると興奮するという性質がある。だがもちろんルエットは知る由もない。


「イヴィルトお兄様はダンスをされないのですか?」

「今日の僕のパートナーは君だよ、ルエット。ほら三番目の兄まで相手が決まっているからね。僕は婚約者候補しかいないから適任だろう。ダンスしたいならいつでも言って」


にこりと微笑まれて、びしりと手をかざす。


「結構ですわ、お兄様。本日は所用がありますので、少し風に当たってきますわね」

「一人でかい? 一緒に行こう」

「大丈夫です、一人のほうが都合がいいので」

「都合がいい? キールダー、ちゃんと見ておくんだよ」

「かしこまりました」


お辞儀したキールダーを伴って、夜会の会場からひっそりと裏庭に面したバルコニーに向かう。

夜会の中盤だからか、向かった先のバルコニーには人がいない。


「そして、ここに侵入者が現れるのよね!」

「あんたいつも言ってますが、こんな万全の警備体制で紛れ込むネズミは相当に優秀だぞ」

「何それ、滾るわねっ」

「……話にならん」


はああっと護衛騎士が頭を抱えると、ひょいっとバルコニーを登ってきた男が現れた。

一応、一階なので登ろうと思えば簡単に登れるのだが、実際に登ってくる者を見るのは初めてだ。

しかも先ほど警備は万全と聞いたばかりなのだが。

誰が何の目的で登ってくるのか。自分を攫うためなら大歓迎だ。

期待を込めて固唾を飲んで見つめていると、ひょっこり現れた男に思わず目を瞠った。


「ジェネレンお兄様!」

「ああ、ルエット。やっぱり君の声か。甘い声が聞こえるなって思ってたんだよね」


長めの前髪をかき上げて微笑む貴公子は三番目の兄だ。そういえば夜会の初めから姿が見えなかった。妻のイリナはずっと座っていたのは気が付いていたが。次兄の妻と話をしていたので、とくに隣に姿がなくても気にならなかったのだ。


「お兄様、シャツのボタンはきちんととめたほうがよろしいですわよ。だらしないとお義姉様に呆れられてしまいますわ」

「殿下のだらしないところはそこではありませんが…」

「キールダー、余計なことは言うなよ。ああ、俺の天使はいつでも優しいな。ルエットはこんなところでどうしたんだい。夜風に当たり過ぎると風邪をひいてしまうよ」

「私を攫いに来てくれる方を待っているのですわ」

「へえ、俺の天使に手を出すだって? そんな愚か者がまだいたのか。キールダー、相手を知っている?」

「いつもの姫の妄想ですから。本気で取り合わないでください」

「やめてくれよ。危うく法律に姫に手を出した者は死刑とか入れたくなるところだった」

「こちらの台詞ですよ!? こんな短い間でそんな物騒な法律考えないでくださいっ」

「お兄様は仕事熱心でいらっしゃいますものね」


警罰部の部長をしている三男は、法律を扱っている。刑罰を与える法律を付け加えることは簡単だ。許可を出す国王もルエットを溺愛しているので、あっさりと通るだろう。


「ふふ、そうだろ。今度、陛下に相談しに行くかな」

「姫、煽らないでください。話がヤバイ方向に進みますから!」


悲痛な護衛騎士の懇願が夜会のバルコニーから響くのだった。

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