第12話 父の言葉

『男なら誰かを守る為に強くなれ』


 –––––強くなれ。


 幼き日、父さんが僕に口癖のように言っていた言葉だ。


『いざと言う時に、守れないんじゃあ、かっこ悪いからなー。』

『なら、お父さんはお母さんを守れるくらい強いの?』


 まだ、小さかった頃の僕は父さんに問いかける。すると、父さんは高笑いし、僕の頭を乱暴に撫でる。


『おうとも。もちろん、母さんだけじゃなくて、村のみんな全員守れるくらい、父さんは強いぞー。』


 その言葉は嘘じゃなかった。


 ある日、村に魔物が現れた。およそ130年間の間、その付近に魔物は現れる事が無かった為、抗う術を忘れた村人達は魔物という恐怖の象徴に怯えていた。


 でも、父さんだけは違った。


 たった一人、武器を持って魔物に立ち向かったのだ。


 激闘の末に魔物を倒す事が出来た。父さんの命を犠牲に。


 普段おちゃらけていてみんなからは道化と馬鹿にされていた父さんが、いざと言う時に、己を賭して村を救った。


 そんな人物を誰が讃えないというだろうか。

 みんなは彼をこう呼んだのだ。


 –––––英雄と。



 ***


 目が覚めると僕は町の中にいた。


「………エリス、ちゃん?」

「あ、アレス。起きたんだ。」


 少し見渡すとどうやら、僕はベンチに寝転がっていたようだ。


 体を起こして向きを変え、ちゃんと座る。


「うっ……。」


 体が重い。力が入らない。なんだこれは?


「憧憬投影の効果だと思う。」

「えっ?」

「誰を想ったのかは知らないけど、強い憧れで力が強くなった代わりに大量に体力を消費したんだと思う。」

「そーなんだ。」

「それで、」

「ん?」


 隣にいたエリスちゃんは僕の顔を見つめ始める。


「誰をイメージしたの?」

「………」


 君だよ。


 なんて言えるわけない!!恥ずかしすぎるよ!!


「やっぱり、ベルドロイド?それともヴィルムさん?」

「………そうそう。ベルドロイドをイメージしたんだ。」


 嘘だ。でも、真実は僕にしかわからないし、まぁ、いいか。


「そういえば………。」

「どうしたの?」

「ヴィルムって名前で思い出したけど、さっきまで、お父さんの夢を見たんだ。」

「そうなんだ。どんな夢?」

「僕達が7歳の時に魔物が襲撃してきたでしょ?その時の夢。覚えてる?」

「………うん。覚えてる。あの時のヴィルムさん。–––––アレスのお父さんはかっこよかったよ。」


 エリスちゃんは思い出すように、空を見上げながら呟く。


「英雄。なんて呼ばれてたよね。」

「––––うん。」


 それが僕の始まりなんだと思う。


 父のような英雄に憧れ、英雄譚を読み漁り、英雄ベルドロイドに出会った。


「あの出来事がなかったら僕は冒険者になっていなかったのかな?」


 エリスちゃんにも聞こえない声で、呟く。


 もしかしたら、エリスちゃんと再会の約束もしていなかったかもしれない。

 約束して王都に行ったとしても、町の住民として、普通の暮らしをしていのかもしれない。


「あっ。そういえば。」


 もしもの出来事を考えて、想像しているとエリスちゃんは横に置いてあった袋を取り出す。


「これ、おばさんから貰ったお礼。はい、1万ベル。あげる。」

「えぇ!?1万ベル!?え、エリスちゃんはいらないの?」

「うん。私がよく行く店の無料券貰ったし。」

「そ、そうなんだ。」


 店って飲食店の事なんだろうな。

 そんな事を思いながら、苦笑する。


「……日が、暮れてきたね。」

「あっ、ほんとだ。」


 辺りを見渡すと、既に空は真っ赤に染まっており、前方から徐々に暗くなっていた。


「今日は帰るね。早く着替えたいし。」

「うん。それじゃあ、私も帰ろうかな。」


 ベンチから起き上がり、少しだけ伸びをする。


「……帰る前にナイフを買わないと。」


 さっきの戦闘でナイフが壊れたんだった。


「それならもう買っておいたよ。」

「えっ?」


 そう言ってエリスちゃんは僕にナイフを渡した。


 受け取った後、ナイフを見てみると、ある事に気づく。


「これ、パリィナイフだよね!?」


 パリィナイフは攻撃を受け流しやすいナイフで攻守どちらもとても優れたナイフだ。値段もそこそこするはず……。


「ごめんね。今の所持金だとそれしか買えなかった。」

「こんな高い武器買わなくてもよかったのに!どうしてこんな事してくれたの?」

「生きていてほしいから。」

「えっ……。」

「だって私の大切な幼馴染だから。もう誰かを失うのが嫌だから。」


 最後の一言は願いを込めたような言い方だった。

 生きていてほしい。そういえば、アシアさんにも同じ言葉言われたな。僕が生きるのを願ってくれる人がいるだけで励みになるのに……。嬉しくて涙が出てきそうだ。


「–––––ありがとう。」


 お礼を言い、大人しく受け取る。


「それじゃあ、私は帰るね。」

「うん。また会おうね。」

「うん。また。」


 そう言い、僕はエリスちゃんが歩いて行くのを見送る。


 僕は死ぬわけにはいかない。自分の為だけじゃない。僕に生きていてほしいと願ってくれる人の為に僕は絶対に死なない。


 そう心に誓い、僕も帰ることにした。

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