スイープ 殺し屋の流儀

芝犬尾々

1

 昼下がりの中央公園セントラルパークに一発の銃声が轟いた。ベンチで眠るホームレスもジョギング中の女性も、手を取り合いゆったりと歩く老夫婦も即座にその場に伏せる。動きに迷いはない。悲しいことにこの音は彼らにとって最早生活音の一部なのである。


 くぐもった悲鳴をあげ、ひとりの男が膝から崩れ落ちた。なにが起きたのかわからず茫然とした表情を浮かべている。腹部が赤く染まっていた。続けざまに銃声。男の身体が揺れる。赤い線が彼から地面まで斜めに引かれたかと思うと、男はその場に倒れ伏した。


 中央公園セントラルパークに静寂が戻ってくる。男はぴくりとも動かず、ただ赤い血を吐き出すだけの存在になっていた。色を失った彼の目は晴れ割った空を映しているのか。


 時が経ち、誰が呼んだのか警察がやってきた。若いアジア系の男。彼はニューヨーク市警の殺人課に所属している刑事である。くたびれたコートがいかにもといった風だ。制服警官へ挨拶をしながら現場へと向かうとすでに上司がおり、彼は焦った。


「すいません、遅れました」

「いいさ、俺もいまきたところだ」

「そういえば署にいませんでしたけど、なにしてたんです?」

「散歩だよ、散歩。こんな天気のいい日に署に籠ってるなんてもったいないだろ」


 なんでもないように言ったが、それは職務怠慢ではないだろうか。思っても言えぬ言葉もある。若き刑事は言葉を飲み込み、遺体を見下ろした。


「腹と胸に一発ずつ。プロの仕業ですね」

「ああ、こりゃ英国紳士プリンスの仕事だろうな」


 マックス警部補はでっぷりと出た腹をさすりながらそう言った。聞きなれぬ名前に黒い髪の若い刑事・クロカワが訊き返す。


英国紳士プリンス?」

「この国に来たばかりのお前は知らんか。この街にいるプロの殺し屋のひとりだよ。おい、ちょっと」


 警部補は現場保全のために周りをちょろちょろと動き回っている制服警官を呼び止めると、


「遺体を収容したらもう帰っていいぞ」


 この言葉に驚いたのはクロカワのほうだ。制服警官は慣れた様子で敬礼をしてみせたが、クロカワは目をひん剥いて警部補に噛みついた。


「待ってくださいよ警部補。まだなにも捜査していないじゃないですか」

「こんな気持ちのいい日に捜査なんてしていられるか、ミスタ・クロカワ。今日の仕事は終わりだ」

「どうしてそんな」


 マックス警部補は懐から禁煙パイプを取り出すと、口に咥えた。


「捜査するだけ無駄なんだ」


 帰るぞ、と警部補が踵を返し歩き出す。クロカワは現場に未練を残しつつも、上司であり相棒の彼についていかざるを得なかった。


「だから、どうして捜査をしないんです。警部補の口ぶりからすればその英国紳士プリンスとやらは連続殺人犯でしょう? そんなやつを野放しにしてていいんですか?」

「奴を捕まえる? 馬鹿なことを言わんでくれ。そんなことをしてみろ、暴動が起きるぞ。犯罪率は悪化の一途を辿り、いまや警察の信用なんて地の底だ。市民の正義は奴らのほうにあるんだよ。馬鹿どもが奴らのことをなんて呼んでるか知ってるか?」


 警部補が通り際、ゴミ箱へ器用に禁煙パイプを飛ばして捨てる。


掃除屋スイーパーだよ。俺たちに代わってゴミをゴミ箱に捨ててくれる正義の掃除屋だ」


 舌打ちをして警部補は懐を探る。口ではああいっているが、奴らを野放しにしていることが本心では許しがたいのだろう。


「おい、クロカワ。煙草持ってないか?」

「俺は煙草やらないので」

「クソっ、帰りに買って帰るぞ」


 マックス警部補の禁煙はまたしても一週間も経たずに失敗のようだった。

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