はぐれ陰陽師~数奇な運命の物語~

椎名千尋

第1話・人塊

 小雨の降りそうな空模様のある日の事。


買い出しのために行ったスーパーからの帰り道だった、夕方なのに人が少ない。

歩いているのは俺とその先十メートル程前方に同世代の女性が歩いているだけだ。

後五分程で俺のワンルームに帰り着く。


前方の女性が立ち止まり、更に前方を見据えている、何だろうと思っていると女性は右方向へ足を向けた、住宅街で日本家屋や普通の住宅や新しいアパートやマンションが乱立しているが、女性が入ったアパートはいわくつき物件して有名な古いアパートだ。


ここの住人だったのかと思いつつ立ち止まり、女性が見ていた前方を見る、煙が立ち上っているような靄が見える。それは徐々にこちらに向かって来ている。

目を凝らしていると丸い何かがこちらに転がってくる。


「おい」


 女性の声が聞こえたが俺の神経は前方から転がってくる物から目が離せずにいた。

近づいて来る物がようやくはっきり見える距離まで近づいている。

それは何十という人間の塊だった、全員の腕や足などがあらぬ方向を向いている。


「おい、長髪のお前」


 と再び声をかけられ同時に何かが顔にぶつかった、サンダルを投げつけられたようだ。

我に返りサンダルを拾い上げる、女性が再び声をかけてくる。


「あれが見えているのか? 死にたくなければこっちへ来い、急げ」


 俺は無意識に女性のところへ駆け寄った。


「早く入れ」


 女性は一番手前の部屋のドアを開けて待っている、玄関を入ると女性は素早くドアを閉め、上がれと手招きをする。


 俺は慌てて靴を脱ぎ部屋に入ると、窓際に立った女性がまた手招きをする、窓際に並んで外を見た。


無数の人間で作られた、直径三メートルはありそうな塊が通り過ぎて行くのを二人で眺めた。


通り過ぎると女性は何事もなかったかのように声をかけてくる。


「麦茶でいいか? 少し話そう」


 俺も少し落ち着いて来た、スーパーのレジ袋を置き女性の向かいに座った。あれは何と言おうとしたが喉が張り付いて声が出ない、とりあえず麦茶を半分程飲む。

咳払いをし女性に聞いた。


「あれは一体何なんですか?」

「お前見えるのに鈍い奴だな。あの異形の者は人塊だ、じ・ん・か・い、飲み込まれるとあれの一部になって未来永劫人塊としてこの世を彷徨う事になる。お前も見えるならもう少し霊について勉強しておけ」

「はい、わかりましたがあんなのがごろごろしてたらこの町の人はどうなるんです?」

「あれは見える奴しか飲み込まないんだ、私やお前みたいな人間をな」


 女性は麦茶を飲んでから続けた。


「お前の家はこの近所か?」

「ここから歩いて五分くらいの、小さなワンルームマンションで一人暮らしをしてます」

「学生か?」

「はい、大学の三回生の二一歳です」

「私の後輩か、私は四回生だ」

「そうなんですか、じゃあ俺の先輩になりますね」


 この近辺の大学と言えば一つしかない。


「あのレジ袋は今日の晩飯か?」


 女性が話題を変えた、俺はまだ聞きたい事があったのだが。


「はい、カレーを食べたくてスーパーからの帰り道でした」

「私が作ってやろう、私にも晩飯を食べさせてくれ」


 女性がキッチンへレジ袋を持っていき料理を作り始めた。

女性を観察する、顔は綺麗で整っていて髪型は肩までのショートヘア、スタイルも良さそうだ、ジーンズに無地のノースリーブのシャツ、言葉遣いさえ悪くなければどこかのお嬢様って感じだ。普通にしてれば惚れそうだった。


部屋を見渡した、うちより広いが畳敷きのワンルームだ、物は少なくタンス一つとちゃぶ台とノートパソコンと小さな本棚くらいだった、部屋は整理されており割とキレイだ。


そう言えばまだ名前も聞いてないし聞かれてもいない。

カレーの香りがさっきから漂ってくる、暫く沈黙が続いた。

ようやく運ばれてきたカレーを二人で食べながら話した。カレーは美味かった。


「すいません、名前を教えてください」


 女性はそれには答えず逆に質問された。


「お前は生まれつきさっきみたいな霊が見えるのか?」

「はい、生まれつきです」


 俺の霊能力は極力隠しておく。


「そうか、まあいいあの状況ででも震えもしなかったし冷や汗もかかなかったな、気に入った。千尋だ、神野千尋」

「俺は坂井優斗です」


 名前を告げるとビクリと反応したが、気に入ったと言われ心が弾んだ、一目惚れをしたのかもしれない、こんな人と恋人になれたらいいなと心の中で思った。


「お前今日から私の助手になれ」


 何を言っているのかわからなかった。


「助手? 何の助手ですか?」

「化け物の研究の助手だ、要は手伝いだ」

「化け物の研究? あいつらの研究をするんですか? 意味あるんですか?」

「この世もあの世も因果関係によって結ばれ成り立っている、その因果を探して霊をあの世に送り返したり取り除いたりするんだ。私は子供の頃からずっとそうして来た。お前はそんな事を考えた事はないか?」

「そんな風に考えた事ないです、霊はただ恨みや未練で現れるのだと思ってました」

「そういうのも全部因果ってやつだ」

「さっきの人塊もそうなんですか?」

「あれは違う、恨みなんかじゃないどころか理性も知性もない、あれこそ化け物だ。突然現れ何人か中に取り込むとあの世に帰って行く」

「百鬼夜行みたいですね」

「おっ、頭の回転もいいな。同じようなものだ。お前みたいな奴を探していた」


 千尋さんは胡坐で足が痺れたのか、横を向いて足を伸ばしている。

風呂に入ると言ったので、俺は帰る準備をした。


「ちょっと待て、お前の連絡先を教えろ。私のも教える」


 と言ったのでお互いスマホを取り出し連絡先とLⅠNEを交換し、帰ろうと靴を履いてる時に声を掛けられた。


「明日も来いよ、べっ、別に会いたいからじゃないぞ」


 と真っ赤な顔で言われたので。


「わかってますよ」

 と言って部屋を出た、人塊の通った跡が残っている、また人塊が現れたらどうしようと考えながら帰宅したが何も起きなかった、部屋に帰るとそのままベッドに横になった、すぐに睡魔に襲われる。


 起きたら十時を回っていた、LINEの通知のランプが点滅している。

 開くと昨日の千尋先輩からだった。


『起きろ早く来い、自転車で来いよ』


 送信された時刻を見ると十五分程前に送られてきていた。


『今起きました、用意が出来たらすぐに行きます』


 と返信し顔を洗い服を着替えた。財布とスマホを持ち自転車に跨りペダルを漕ぐ。

 自転車だと千尋先輩のボロアパートまですぐに着いた。


 ノックをすると。

「開いてる入れ」


 と返事が聞こえたので、部屋に入った。


 千尋先輩はノースリーブにスカパンという露出度の高い服装だ、思わず綺麗な生足に見とれてしまった。何かを広げ見ている。


「千尋先輩何を見てるんですか?」

「この街の地図だ、一応頭の中に入っているがな。後先輩は止めてくれムズムズする」

「はあ、じゃあ千尋さんで」


 俺も近づいて地図を覗き込む、いろんなところに丸やバツ印が書いてある。


「この印はなんです?」

「これは今回とは関係ない、さあ行こうか」

「どこに何しに行くんですか?」

「昨日の人塊をあの世に送り返すんだ」

「まだ、あれが徘徊してるんですか?」

「さぁなわからないが、私の感がいると言っている」

「でも、あれは霊じゃなく化け物だと言ったのは千尋さんでしょ? あんなのに勝てるんんですか? 除霊とか出来るんですか?」


 俺は素人のフリをすることにした。


「除霊は出来ないし、真っ向から勝負しても負けるのはわかっている、まあ追いかけてみよう、まだ表に人塊の通った痕跡は残ってただろう?」

「見てませんでした」


 昨夜は痕跡があったが今日は確認していなかった。


「はぁ? もっと周りを注意深く観察する癖をつけろ。さあ行くぞ」


 腕を引っ張られ外へ出た。

 千尋さんが自転車を引っ張り出してる間に道路を見た、無数の手形、足形、顔の跡みたいなのがまるで濡れてるように残っていた。

 割と新しそうなママチャリを出して来た千尋さんは。


「見えるだろ、跡を追うぞ」


 と言いペダルを漕ぎ出した、俺は後ろから付いていく。街をジグザグに走っている、小一時間程走ると疲れて来た。


「見つけた」


 千尋さんが声をあげた、俺にも見えた。

 繁華街の少し手前で人塊はおぞましい声を上げながらくるくると回転しながら同じ場所で止まっている。

 千尋さんが少し考える素振りをし、人塊に向かって叫んだ。


「おい、化け物こっちだ」


 人塊の無数の顔の目がこっちを向いた、ゆっくりこちらに向かって来る。


「このまま奴を誘導する、追いつかれないように気を付けろ」


 急いで自転車の向きを変え走り出す、どこへ誘導するのか聞きたかったが喉がカラカラで声が出しにくい、とりあえず千尋さんの後を追う、山の方へ向かっているみたいだ、緩い上り道を上って行く。


 直径三メートルはありそうな人塊は昨日程の勢いはないみたいだが、千尋さんの能力を見せてもらおうと考えた。


 やがて山手の神社が見えて来た、千尋さんは神社の入り口で自転車を止めると境内に続く階段を走って登っていく、なんて体力だと関心しながらも俺は汗だくで階段を駆け上がった、境内の隅に古井戸があり、井戸を中心に注連縄が張られている、いや正面だけ空いている、注連縄が垂れ下がった状態だ。


「こっちへ来い」


 と、井戸の裏側に呼ばれた。人塊も追いかけてくる。


「そこから動くなよ」


わかりましたと言うのがやっとだった、人塊が正面から突っ込んで来る、もうダメだと思い俺の能力で撃退しようと思ったが、注連縄がバチンと電力を流したみたいに爆ぜた。


「宮司さん今だ」


 千尋さんの掛け声と共に宮司が手にした紐を引っ張る、正面の垂れ下がった注連縄がピンと横に張った、四方を注連縄で塞がれた人塊が出口を探してくるくると回転している。


 宮司が祝詞を挙げ始めた、同時に人塊が暴れだすが注連縄からこちらには来れないようだ。

 眼の前数十センチの無数の顔が顔を歪め睨んでくるが、すぐに力が抜けていくのがはっきりとわかった。


「絶対に触れるなよ、よく見ておけ」


 千尋さんはそう言いながら人塊に顔を近づけ観察している。

 すぐに人塊は地響きのような雄叫びを挙げ体がしぼんでいく、いや古井戸に吸い込まれているのがわかった。宮司は祝詞を読むのを止め、青い顔をしながら俺と同じように見ていた。


 やがて完全に古井戸に吸い込まれると千尋さんは注連縄を外した。


「ちょっ、外したらまた出てくるんじゃないですか?」


 俺は慌てて聞いた。


「大丈夫だ、ここから這い上がっては来れない。この古井戸は大昔から黄泉の井戸として霊やら化け物をあの世に送り返し封印するために使われてきたんだ、古い書物にもここから出てこれた事は記されていない」


 千尋さんの後に宮司が付け加える。


「ここを掘った人間も誰一人戻らなかったそうじゃ。しかしあんな化け物をこんな間近で見たのは初めてじゃ腰が抜けるかと思った、昨日連絡をもらってすぐに用意したかいがあったわい」


 俺は千尋さんの力を見極めようとしてたが無理だった。


「山本さんありがとう」


 千尋さんが頭を下げた俺も同じように頭を下げた、山本というのがこの宮司の名前らしい。暫く談笑し神社を後にした。

 自転車で山からの下り道をゆっくりと降り汗も乾いた頃、千尋さんのアパートに帰って来た。

 部屋に入ると力が抜け畳に大の字で横になった、千尋さんも大きなため息をついて麦茶を淹れてくれた。


「おい、人塊の痕跡を見たか?」

「綺麗さっぱりなくなってましたね」


 体を起こしながら答えた。


「今回はちゃんと見てたようだな。そうだあれがなくなってるって事はあの化け物が消滅した証拠だ」

「もうこれで完全に消滅して出て来ないって事ですか?」

「いや、あの井戸は黄泉の世界に繋がるブラックホールと思った方が正しいな、消滅したわけではない、また何百年か黄泉の世界を彷徨ってまたどこからか出てくるだろう」

「そうですか」

「やけにあっさりしてるな、いい心構えだ。それに逃げたり泣いたりしなかったな、百点をやろう」

「千尋さんじっとしてて下さい」


 と言い千尋さんに近づく。


「何だ」


 髪に触れる。


「そっ、それはダメだまだ早い心の準備が」


 と言って顔を赤くする。


「何がです? 顔が赤いですよ。ほらこれ髪に虫が付いてたんです」


 小さなバッタをつまんで見せる。


「なんだ虫か、てっきりお前が私に……」

「私になんです? もしかしてキスでもされると思ったんですか?」

「うるさい何でも無い」

「そういうとこはウブなんですね」


 そっぽを向いて耳まで赤くしてる姿は可愛かった。


「昨日のカレーが残ってる、食ってから帰ってもいいぞ」

「じゃあ食べてから帰ります」

「お前長髪だが似合ってるな」

「散髪するのが面倒なだけです」

「お前彼女とかいるのか?」


 もじもじしている、恋愛関係には疎いみたいだ。


「いませんよ」


 と言うと強気な千尋さんに戻った。


「そっ、そうか。ならゆっくりしていけ」


 と言いカレーを温めにキッチンへ行った。


 カレーを食い終わってからも今日の出来事を話し合い、自分のアパートに戻ったのは二十三時を過ぎた頃だった。


 千尋さんはもしかして俺に気があるのだろうか? しかし出会ってまだ二日目だ、俺は一目惚れしてしまったがまだお互いの事をよく知らない、きっとウブなだけだ、それか吊り橋効果で一時的にお互い意識してしまっただけだろう。すぐに深い眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る