モノクロ世界と黄色いタンポポ

花沢祐介

モノクロ世界と黄色いタンポポ

 世界のすべてがモノクロになってから、約三週間が経った。


 街や人はもちろん、花や鳥、風や月まで、みんな平等に、規則正しく色を失ったままだ。


 僕はいつものように、散歩へ出かける。


 モノクロの帽子を被り、モノクロの靴を履く。そして、モノクロの玄関扉を開けて、モノクロの空気に触れる。


 何もかも、いつも通りだ。何もかも。

 そう思っていた。


 だけど……今日は違った。


 モノクロの大型スーパーを通りかかったときのことだった。


 モノクロの植え込みの中に、まるで長い年月のために忘れ去られてしまったかのような、黄色い小さなタンポポが咲いていた。


 僕はモノクロの地面へとしゃがみこみ、その黄色い小さなタンポポを眺めてみる。


 するとそこへ、モノクロの警備員が通りかかり、僕に挨拶をした。


「こんにちは。温かくなってきたね」

「こんにちは。温かくなってきましたね」


 どうやら、タンポポには気づいていないようだ。


 僕の後ろを、モノクロの子どもたちが楽しそうに走ってゆく。


「誰も気づいていないんだ」


 僕は思わず呟いた。


「ええ、そうなの」


 黄色い小さなタンポポは、人知れず静かに頷いた。


「そっか」


 僕は立ち上がり、強張った体を伸ばす。空の色は、相も変わらずモノクロだ。


「僕は、君を忘れないよ」


 別れ際、僕は黄色い小さなタンポポにそう約束して、モノクロの帰り道を歩き始めた。


 黄色い小さなタンポポは少し楽しげに、ふわりふわりと、モノクロの風に揺られている。

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モノクロ世界と黄色いタンポポ 花沢祐介 @hana_no_youni

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