やり直しの恋心

墨華智緒

前編 静岡〜熱海

『こだま668号、まもなく発車いたします。お見送りの方は……』


「あれ?マミ子か??」


 聴き覚えある声にギクゥゥとしながらふりむくと、案の定、見知った体格に人なっこい顔。

「飯塚…」

「やー、マミ子と一緒かあ!すごい偶然だよなぁ!」

 にこにこ大声をあげながら、ズケズケと隣の席に座ってくる。

「…席、こんなに空いてるんだから、どっか他の所にいきなさいよっ」

「えーっ、せっかく一緒になったんだし、隣でいいじゃん!」

「暑苦しいのよ、無駄に体格でかいし」

「でも、おかげで棚に荷物置くのも楽々じゃん?ほら」

 ほらって、あんた。

 自分のバッグをわたしの荷物の横に置いて、移動する気ナッシングだよね。

 腹立って、わたしの方が席を動いてやろうとしたけど。

 飯塚が邪魔だし、何より身長148cmのわたしでは上棚のボストンバッグを降すのも一苦労だし…。

 …さっきの棚に楽々って飯塚の言葉、絶対わたしへの当てつけだよな。


「こんな時間に新幹線って、マミ子も明日受験なんだなぁ!」

 デリカシーゼロの飯塚は、わたしの心の動きなんかわかるはずもなく。

 …ま、いつものことだ。気にしてる方がバカをみる。

「どこ受けるの?」

「……慶大」

「すごっ!超有名大学じゃん!」

「あんたが知ってるくらいだからね」

「で?いけそう?」

 わたしの皮肉なんてまったく気が付かないんだよね、こいつ。

「この前の模試では、B判定だったけど」

「すごっ!さすがマミ子だよ!俺の鼻も高い!」

「……なんで、あんたの鼻が高くなるのよ?」

「え?同中だし、元カノだし?自慢できるじゃん!」

「そう、カノ。そしてあんたはカレ」

 わたしは元にアクセントを置いて話す。

「もう別れてるんだから。スッパリと。馴れ馴れしくするのはやめてくれない?」

「ええっと、馴れ馴れしい?このくらいの会話は知り合いならするでしょ」

 陽キャの飯塚にはそうなのかもしれないけど、陰キャのわたしにはそうではないんです。

「まずはマミ子と呼ぶのはやめて。わたしは山本真実やまもとまみだから」

「でも中学の時からマミ子って呼んでたしなあ〜。急に変えろって言われても…」

「中学の時から、恥ずかしいからやめてって言ってますけど⁈」

 3年言い続けても行動を変えない男。別れて当然ですよね。


「まあ、今さら飯塚をどうこうしようとは思ってない。どうせ変える気ないだろうし。だからせめて、わたしにかまわないでくれる?」

「えーっ、俺に2時間黙っていろっていうの?死んじゃうよ!」

「勝手に死んでてください。ジャマしたら、二度と口ききませんから」

 飯塚も、わたしが有言実行の人であることは分かっている。はずだ。

 これでも2年近く付き合ってきたのだ。わたしの本気はわかるだろう。

「はい…静かにしてます…」

 急にしゅんとして縮こまる飯塚。こうなると大きい身体も妙に可愛くみえるから不思議だ。


 飯塚を黙らせ、ちょっとかわいそうに思わなくもないけど、甘やかすとすぐつけ上がるのもよく知ってる。ここはこのまま黙っててもらおう。

 さてと、明日の試験のために小論文問題でもやっておこうかな。

 いつもなら、何か本でも読んでるとこだが、自分が本の虫なのもよく分かっている。読み始めると一冊読み終わらないと気が済まないたちなので、今日は持ってきていない。

 スマホで音楽かけながらやる友達もいるけど、わたしはだめだ。集中できない。


「……この文で著者の言いたいことって、結局シンギュラリティの定義が定まってない現状では、いつ機械が人間を越えたかはわからないってことでいいのかな?」

 飯塚が、わたしが読んでいた小論文を横から見ていたのはわかっていた。

 昔から、わたしの読んでいる本を「何読んでんの?」と知りたがっていたし、本の内容や感想なら、絶対にわたしが無視しないことを経験上知っている。

「うーん…ここはさらにすすめて、だからシンギュラリティを恐れる必要なく人類の可能性を信じたいって事なんじゃないの?」

「えーっ、そんなこと書いてある?どこに?」

「直接はないけど。でも『人類の叡智』とか『高い壁を技術と知識で越えてきたのが、人類の歴史』とかさ。そこかしこにそんなニュアンスがあるから、そこまで読み込むのが大学生じゃない?」

「それは読み手の思い込みだと思うけど。内容に関しては客観的に読むことが小論文の基本、と言われた気がする」

 ふぅん。こいつもちゃんと受験勉強してたんだ。サッカーバカのままかと思っていたよ。

「あ、今失礼なこと考えていたよね」

「いや、何も」

「はいダウトォ〜。そうして目をそらしたときのマミ子は、ウソついてるウソ子ちゃん」

 …腹立つ。

 確かにウソは下手だよっ。名前が真実なのは関係ないのに、コイツはいつも名前をもじってからかってきやがる。

「じゃ、じゃあ、模範解答見てみよう!負けた方はジュース奢りでっ」

 強引に話しを切り替えて、巻末の答えを見てみる。


「……痛み分け?」

 飯塚の言うように、模範解答自体は飯塚の論が近かったが、こういう答えも正解というのがわたしの言った通りだったのだ。

 まあ、小論文の答えはひとつではないので、こういうことはおこりうる。


「でもさ、なんかこうして2人で問題解いていると、3年前を思い出さない?中学の図書室での勉強会」

 ……不覚にも、同じこと思っていたよ。

「…あんたが邪魔しにきてたんだからね。図書室はわたしの静かな楽園だったのに」

「そういや、最初はロコツに嫌な顔してたよな」

 ククッと含むような笑い声。

「でも、そんな俺でも見捨てずに教えてくれたよね。進学校にも行けてホント感謝してる」

「…いいって、今更。あんたが本気で勉強してるのはわかったから。学年でも最下位近かった飯塚が、メキメキ学力つけていったのを見てるのは楽しかったし」


中学の先生たちの見る目がどんどん変わっていったのも面白かった。

 勉強出来ることを褒められるのは、まあ慣れていたけど、コミュ症気味で孤高を気取っていたわたし。

「人に教えることも上手なんだな!」「あの飯塚をこうまでするとは…」「知識の伝授ができる事こそ、本当に知っているという事だよ」

 こんな言葉で褒められたのは面はゆいけど、正直嬉しくもあった。

 …飯塚には絶対言わないけど。


「俺もだよ。最初こそめんどくせーって思ってたけど、勉強もサッカーと同じで、出来るようになると楽しくなるんだなーってわかったし。マミ子のことも」

「わたしのこと?」

「そそ。マミ子、『ティービー』って呼ばれてたじゃん。知ってる?」

 …知ってる。

 小さい体に純和風の顔だちから『座敷童子』と最初呼ばれ、図書室ばかりにいるから『図書室童子』となり、長かったせいか、アルファベットの頭文字でTWになったらしい。それがTVとなった理由は知らない。どーでもいい。

「…‥嫌われてたからね」

「俺もさー、最初は取っ付きにくいかなと思ってたんだよ。ところが、話してみると結構よくしゃべるし、話面白くて。毒舌も言うんだなって」

 飯塚にだけだよ、こんな口調で話せるのは。


『三島〜、三島〜。お出口は左側です。なお、のぞみ通過のため、6分ほど停車します』


「さっきの話の続きだけど」

「ん?」

「中学校時代の話。実はもうあの頃から俺、マミ子が好きだったんだよ」

「!!!」

 ……なんで、そんなこと、恥ずかしげもなく、サラッと言えちゃうの⁈コイツは⁈

 あ、だめだ。顔が赤くなる。

「……知ってたわよ、それくらい」

 あえて何でもないかのように答えているけど、顔は窓に向けて合わせない。合わせられない。

「やっぱりかー。まあ、俺すぐ態度に出るからなあ!」

 何でちょっと自慢気なのか理解に苦しむけど、まあ言ってる事は間違ってない。

 色恋沙汰に疎いわたしでも、気がつくくらいには見え見えだったのだ。

「でも、マミ子だってまんざらでもなかったでしょ?」

 …ホント、腹立つ。図星だから尚更。


「だって仕方ないでしょ…」

 聞こえないように呟いたつもりだったけど、声に出てしまった。

「今なんて言った?ねぇねぇ、教えてよぉ〜」などと、飯塚の巨体が迫ってきて、キラキラした目がうっとおしい。

「だって仕方ないでしょ⁈」

 半ばやけ気味にキレ返すわたし。

「愛だの恋だの、本の中でしか知らない中3女子だよ⁈あんなに好き好きオーラ出されて気にならないわけないでしょ⁈飯塚、人気者だったしっ」

 背が高くて明るくてスポーツ万能で。裏表がなく誰にでも優しくて。

 いるだけで人を惹きつける磁力みたいなものを持っていて。


 毎日の勉強タイムを、いつの間にか心待ちにしている自分がいて。

 授業そっちのけで、飯塚のための勉強方法を考えて。

 一緒の高校に2人で並んで通学する姿を夢想して…。


 あ〜、ハズい。ハズいわ…。


「なーんだ、そうしそーあいだったんだなあ!」

 能天気な飯塚には相思相愛という漢字は似合わない。

「実は…実はさ」

 珍しく、飯塚が言いづらそうにしている。

「俺、相当強引なコクり方したからさ…。マミ子断りきれずに付き合いOKしてくれたのかもって…ずーっと思ってたんだ」

「!!」


 高校の合格発表の日。人生最大のドキドキで番号を探していた。

 わたしの、ではない。飯塚の、だ。

 自慢ではないが自分が落ちる心配はこれっぽっちもしてなかった。だが、飯塚は…。

「………あった…」

 あった…、あったぁ!


 思わず飯塚に抱きつこうとしたが、こいつは衆人監視のなか言いやがったのだ。

「山本真実さん!これで晴れて一緒の高校に行くことが出来ます‼︎付き合って下さい‼︎」

「!!!」


 ズササッと遠巻きにする受験生や保護者。2人を中心に、半径2mのサークルができあがる。

 そして、差し出された飯塚の手。


 わたしは覚悟をきめた。

「…はいっ」

 飯塚の手をとる。

「ウオォーッ‼︎」と咆哮する飯塚。つられて遠巻きのギャラリーからも「おーっ」「ほーう」などという、歓声ともため息ともとれる声。なぜか拍手。スマホのシャッター音。


 …思い出すだけで恥ずかしくなるわ。

 人生ワーストの恥ずかしい体験、ぶっちぎりの一位だよ…。









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