第10話 ボス狼を、倒します!
広場にいる筋肉狼は全部で7頭。
改めて視認したルイスが大地を強く蹴って空を舞う。
まるで肉食獣である筋肉狼を屠る最高次捕食者かのような勢いだ。
筋肉狼の群れは、先ほどまで狩っていたのであろう動物の死体を食い漁っている最中だ。
「わりぃな。お前等がいるとここの生態系、ぶっ壊れちまうからな」
群れの中央に、一切臆する様子もなく軽やかな着地を決め込んだルイスは目にも止まらぬ速さで目の前の一体に拳を振り抜いた。
薄ピンクのポニーテールと、たわわなおっぱいが軽快に揺れた直後、一体の筋肉狼が宙を舞った。
ドォン――!!
そんな重低音と共に、木の枝に身体を打ち付けられた筋肉狼がピクピクと痙攣を起こした姿を見てルイスは「ふぅっ」と息を吐いた。
その、最大限の威嚇を本能的に受け取ったのか、残った6体はすぐさまルイスから連携的に距離を取る。
体長はおおよそ2メートル。
全身に隆起した鋼の堅さを持つ筋肉を武器に、俊敏さと力強さを兼ね備えた生物、それが
そんな奴等への有効打は、剣撃により筋肉同士のスジを断つことである。
だが、素早く動き回る狼の
更に、そんな一体でも面倒くさい狼が群れを為し、それを統率するボスとなれば討伐難易度は一気に跳ね上がる。
生息地がほとんど勇者領であっても、たまに魔王軍領に迷い込む群れもあった。
出会ってしまえば、元魔王軍の俺たちでさえも物音をなるべく立てずにその場からすぐに立ち去ったほどだ。
国の上層部からよほどの手練れを呼ぶか、森の中に餌を配置し、人のいない森まで誘導していくかくらいの対処法がない中で――。
「――次」
ルイスは定石の対処法を全て無視して、力技だけで一体を屠ったのだった。
「相変わらずですね、彼女の闘い方は……」
そう言いながら、シュゼットは巨大白銀銃を森の中の葉っぱに隠しつつ目で照準を合わせていた。
混乱をすぐに収めて、群れ同士で短い意思疎通を組んだのであろう筋肉狼が真っ白な犬歯を剥き出しにしてルイスに襲いかかる。
ルイスはそれを軽やかに交わしつつ、一撃必殺の拳を打ち込むその瞬間を伺っていた。
「照準、上に+2.5の修正……いえ、1.3。下方+3.4……」
赤縁眼鏡をクイと上げた直後、引き金を引いたシュゼットの前に走る光の一閃。
瞬間的に現れ、瞬間的に消えたその一筋の光を打ち込んだシュゼットは、後ろの大木に倒れかかる。
「しゅ、シュゼット? 大丈夫か……?」
くたりと沈む彼女の身体を支えると、シュゼットは「えぇ、何とか」と応えつつ呟いた。
「集中しすぎると、少しこうなってしまうのが難点です……。ですが、一体は倒しました」
そう言ってシュゼットが指さす先には、1頭だけルイスに向かわずにその場で静止した筋肉狼の姿があった。
俺が疑問に思っていた直後。
狼の胸にじわり、じわり筋肉の隙間から、口内から鮮血が流れ出してまもなくその場に倒れ伏してしまった。
「筋肉のスジの隙間を通して、心臓へ。光魔法の銃弾が上手く突き刺さってくれたみたいですね」
飄々とシュゼットは言うが、スジとスジの間を上手く交わして筋肉狼の心臓に直接銃弾をぶち抜いた……ってことなのか?
だとしたら、それこそ針の糸を通すほどの精密さが必要だぞ……?
だが、シュゼットのその一撃でルイスにも余裕が出来た。
瞬間的に怯える筋肉狼を1頭、再び拳で打ちのめすと、残った狼たちは円陣を組みだしたのだ。
『ア――』
遠く、どこまでも遠く響き渡るような声が風に乗って突き抜けていく。
『――オォォォォォォォォォォンッ!!!』
森の中に木霊していく狼の遠吠え。
ルイスはそれを利いてにやりと笑みを浮かべる。
「来るぞ……ッ!!」
ルイスが直感的に呟いた、その時だった。
次の標的に狙いを定めるべく照準に向けて顔を覗かせたシュゼット
タッタッタッタッ。
どこからともなく軽快な足音が聞こえてくる。
数にして二つ。俺やシュゼットも周りを見渡すが、真っ先にその存在を視認したのは、意外にもナーシャだった。
「皆さん、後ろですっ!」
声の赴くままに後ろを振り返ると、そこには先の群れの狼を断トツに凌駕するレベルに大きいボスの姿があった。
それは前脚の爪を俺たちに向けて迫り来る。
大きさにして約3メートル。筋肉狼自体は見たことがあるものの、そのボスと一戦交えようとしたことなんて考えたこともなかった俺の身体は瞬間的に硬直してしまっていた。
気付けば、シュゼットも大銃を反転させて防御を作ろうとするが間に合わない。
「くっそッ!!」
咄嗟の判断で、俺はシュゼットを突き飛ばした。
耳を掠める熱い感覚に、迸る紅の液体。
俺とボス狼が交差する一瞬で俺は辛うじて脚に右腕を触れさせた。
「
右腕は熱く、激痛が走る。
だが破壊魔法は正常に動いてくれたらしい。
俺の腕から射出したのは魔力で物体化させた小型の蛇型龍だ。
破壊の魔力で覆って具現化させられた龍は、広場に向かうボス狼の1頭の左脚に大きく食らいついた。
パァンッ!!
強大な破裂音と共に弾け飛ぶボス狼の左後脚。
バランスをぐらりと揺らしながら、ボス狼は群れと交戦真っ只中にあるルイスの背後を狙った。
「んなッ!? エリク! 勝手に脚吹き飛ばすなよ!? 味落ちるじゃねぇか!」
「そんなこと言ってる場合か! そっち行ったぞ!」
右肩は深く抉られていた。
骨にまでは届いていないが、鋭利な刃物で深く斬られたようなその跡からは止めどなく血が流れている。
こんな怪我をするのは久しぶりかも知れない。
魔王軍でも俺の同僚にして、
「ルイス、後は頼みますね! ――ぅちますっ!」
時を同じくして、体制を崩しながらも後方からシュゼットの声と共に轟音が木霊した。
残りの全ての力を使い果たしたシュゼットは、巨大な銃にもたれかかって座り込んだ。
先ほどの精密射撃ほどの精度ではないが、その分光の魔法力とパワーを増大させた一発が、ルイスを攻撃しようとしていた最後の群狼を消滅させる。
「……任された」
そんなルイスの身体は、傷だらけだった。
ルイスの基本戦闘スタイルに防御、回避はあまりない。
殴って、殴って、殴りまくって、沈める。
そんな戦闘スタイルであれば、傷が多くなるのも無理はない。
「聖なる主よ、慈愛の心を
ナーシャがすぐさま胸の前で手を組んだ。
ナーシャを中心に円を描くように、淡い緑色の光が伝播していく。
みるみる内にルイスの傷口がなくなっていく。
まるで、それが最初からなかったものとでも言うように。
それは俺も同じだ。
肉がはみ出て血が止まらなかった俺の右肩も、あっという間に傷が塞がっていく。
心地の良い感覚と、温かい翡翠の光が身体全体を包んでくれる。
その発光源は、ナーシャが胸の前で組んだ手の指輪からだ。
「ありがとよ、ナーシャ。これで負ける気しねぇんだわ」
ルイスは「へへっ」と再び笑みを浮かべてボス狼を一瞥する。
そんなルイスと筋肉狼のボスが相対している時に、ふいに聞き覚えのある声が森の奥から聞こえてきた。
『エリクちゃんの……エリクちゃんの血の匂いだ! この近くにエリクちゃんがいる!』
草むらを掻き分ける音が徐々に大きくなる。
その音を打ち消すかのように雄叫びを挙げる1人と1頭。
「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
「アォォォォォォォォォォォォンッッ!!」
目の前の広場でルイスとボス狼との決着が付こうとしていたその直前に――。
「くんくんくんくんっ……くんくん……っ! あ、やっぱりエリクちゃんだーー!!」
ぴょこりと声を出して、回復した俺の右腕を掴んだその人物と目が合った。
「きゃ、キャロル……?」
幼さを隠そうともせずに俺の右腕にひっついてきたのは、見知った顔の少女。名をキャロル・ワムピュルスという。
その少女は、
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